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ケモノはシーツの上で啼く Ⅰ

8.朱貴との出会い

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 何の迷いもなく自然に唇から零れた言葉に、柴尾自身が驚いた。
 まるで、霧の中を歩いていて、突然視界が開けたようだった。

「……え? 僕は何を……」

 自分の発した言葉が信じられず、柴尾は咄嗟に口を塞いだ。
 しかし、零れた言葉が拾えるわけでもない。すでにその言葉は、柴尾の耳から脳へと届き刻まれてしまった。

「僕は……。斎賀様を……、抱き……たい?」

 噛みしめるように、もう一度呟く。赤い髪の青年は、何故か満足そうに笑った。

 銀の髪の、美しい人を脳裏に思い浮かべる。男らしいのに、とても綺麗な人を。

 行商人に迫られていた時の姿を思い出す。相手の男は自分に変貌した。斎賀に至近距離まで近づくと、そっと唇を奪い、ソファの上に体をゆっくりと押し倒す。
 白昼からそんな妄想をして、頬が熱くなった。

 斎賀の姿をずっと見ていたいと思うのも、その仕草に見惚れてしまうのも、熱に浮かされた姿を艶めかしいとすら感じてしまうことも、すべて斎賀のことを愛していた故だったのだ。

 すべてに納得がいった。
 こんなに単純な答えだったのに、男同士だということが答えに導く道をすべて塞いでいただけだった。

 しかし、もやもやとしていた原因が分かったところで、先行きは暗かった。

「とてもお世話になっている方なんです。僕はなんて恐れ多いことを言ってるんだ……」
 柴尾は寂しげな笑みを浮かべた。ボスである斎賀に対し、失礼にも程がある。

 赤い髪の青年が、小さく唸った。
「どんな高貴なお方か知らないけどさ。人を好きになるのに、恐れ多いも何もねーんだよ」

 この青年の言葉は柴尾にとって、斬新で新鮮だ。

 乾いた地面に水が染み入るように、柴尾の心に入り込んでいく。
 斎賀のことを好きだと、抱きたいと、そんな不埒な想いを抱いてもいいのだと言う。

 ただ、現実的には、男相手に好きだと告げたところで受け入れられるはずもない。
 斎賀を抱くなどという考えは、到底夢物語に過ぎなかった。

「何故こんなにもやもやするんだって……ずっと思っていたので、自分の気持ちが分かっただけでも良かったです。突然声を掛けたのに、こんな話を聞いて下さってありがとうございました」

 柴尾は二人に向かって礼を述べると、頭を下げた。上げた顔は、すっきりとして見えたに違いない。
 二人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。

「男同士は、尻に入れるんだ」

 話を終えたつもりだった柴尾に、赤い髪の青年がとんでもないことを告げた。
 柴尾は思わず青年を凝視した。

「し、尻!?」
 驚きすぎて、少し大きな声になった。

「し……尻って、まさかあの……」
「尻は尻だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 尻という言葉を、これほど自信ありげに言う者は見たことがない。赤い髪の青年は、得意げな顔をしていた。

 確かに、抱くか抱かないかということは、男女のような行為ができるということだ。だが、男同士で具体的な想像ができなかった。
 男女の行為とまったく同じことが男同士でも可能なら、使う場所は一つしかない。

「さ、斎賀様の……尻」

 想像もしたことがない。
 美しい斎賀の裸体の、そのさらに人目に触れるようなところではない場所―――。

 顔が熱く火照ってくる。きっと柴尾は今、真っ赤な顔をしているはずだ。

 赤い髪の青年が、隣に立つ男に声を掛けた。男はポケットから何かを取り出し、それを受け取った赤い髪の青年が樽から降りて柴尾に近づく。青年は意外に少し小柄だった。

「これ、やるよ」
 手渡されたのは、小さな容器だった。
「これは……?」

「軟膏だ。これを塗れば、挿れやすくなる」

「いっ」
 挿れるという生々しい言葉に、たじろぐ。

「上手くいくよう、応援してるからさ。……あ、ただし、無理強いはダメだからな。本来受け入れる場所じゃねーんだから、怪我しないよう気をつけろよ」

「えっ、あ、は……はい」
 動揺した返事を返す。

 柴尾は手の中の容器を、大事そうに両手で包んだ。
「本当に、ありがとうございました」
 二人に向かって、柴尾はもう一度礼を述べた。

 二人から、笑顔が返ってくる。
「俺、朱貴しゅき。そこの宿屋の息子だから。何かあったら、いつでも相談乗るからな」
 赤い髪の青年が、にかっと笑った。

 その笑顔が、心強く感じた。
 男を好きだなんて、誰にも打ち明けられない。この二人だけが、柴尾の恋を知っているのだ。
 今日この町に来て、彼らと出会えて良かったと、柴尾は心の底から思えた。

 最後にもう一度礼を述べると、柴尾は二人と別れて志狼の元へと戻った。



 黒くてふさふさした尾を振りながら去る獣人を、朱貴はにこやかに手を振りながら見送った。

「いいのか? せっかく小遣い貯めて買ったのに」
 隣に立つ男に訊ねられる。朱貴は、男を見上げた。
「いーのいーの。また買えばいいし」

 それに、と男は続ける。
「あの軟膏、インバス入りって言っておかなくて」

 一瞬だけきょとんとした後、朱貴は大きく口を開けて笑った。

「だって、面白ぇし! いやぁ、純情ですなぁ、若いですなぁ。つっても、俺より年上だったけど!」
 けらけらと朱貴が笑うと、男は呆れたような顔を向けた。

「真面目そうな奴だったから、心配だ」
 面白がる朱貴とは違い、男は真顔で呟いた。
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