64 / 123
ケモノはシーツの上で啼く Ⅰ
8.朱貴との出会い
しおりを挟む
何の迷いもなく自然に唇から零れた言葉に、柴尾自身が驚いた。
まるで、霧の中を歩いていて、突然視界が開けたようだった。
「……え? 僕は何を……」
自分の発した言葉が信じられず、柴尾は咄嗟に口を塞いだ。
しかし、零れた言葉が拾えるわけでもない。すでにその言葉は、柴尾の耳から脳へと届き刻まれてしまった。
「僕は……。斎賀様を……、抱き……たい?」
噛みしめるように、もう一度呟く。赤い髪の青年は、何故か満足そうに笑った。
銀の髪の、美しい人を脳裏に思い浮かべる。男らしいのに、とても綺麗な人を。
行商人に迫られていた時の姿を思い出す。相手の男は自分に変貌した。斎賀に至近距離まで近づくと、そっと唇を奪い、ソファの上に体をゆっくりと押し倒す。
白昼からそんな妄想をして、頬が熱くなった。
斎賀の姿をずっと見ていたいと思うのも、その仕草に見惚れてしまうのも、熱に浮かされた姿を艶めかしいとすら感じてしまうことも、すべて斎賀のことを愛していた故だったのだ。
すべてに納得がいった。
こんなに単純な答えだったのに、男同士だということが答えに導く道をすべて塞いでいただけだった。
しかし、もやもやとしていた原因が分かったところで、先行きは暗かった。
「とてもお世話になっている方なんです。僕はなんて恐れ多いことを言ってるんだ……」
柴尾は寂しげな笑みを浮かべた。ボスである斎賀に対し、失礼にも程がある。
赤い髪の青年が、小さく唸った。
「どんな高貴なお方か知らないけどさ。人を好きになるのに、恐れ多いも何もねーんだよ」
この青年の言葉は柴尾にとって、斬新で新鮮だ。
乾いた地面に水が染み入るように、柴尾の心に入り込んでいく。
斎賀のことを好きだと、抱きたいと、そんな不埒な想いを抱いてもいいのだと言う。
ただ、現実的には、男相手に好きだと告げたところで受け入れられるはずもない。
斎賀を抱くなどという考えは、到底夢物語に過ぎなかった。
「何故こんなにもやもやするんだって……ずっと思っていたので、自分の気持ちが分かっただけでも良かったです。突然声を掛けたのに、こんな話を聞いて下さってありがとうございました」
柴尾は二人に向かって礼を述べると、頭を下げた。上げた顔は、すっきりとして見えたに違いない。
二人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。
「男同士は、尻に入れるんだ」
話を終えたつもりだった柴尾に、赤い髪の青年がとんでもないことを告げた。
柴尾は思わず青年を凝視した。
「し、尻!?」
驚きすぎて、少し大きな声になった。
「し……尻って、まさかあの……」
「尻は尻だ。それ以上でもそれ以下でもない」
尻という言葉を、これほど自信ありげに言う者は見たことがない。赤い髪の青年は、得意げな顔をしていた。
確かに、抱くか抱かないかということは、男女のような行為ができるということだ。だが、男同士で具体的な想像ができなかった。
男女の行為とまったく同じことが男同士でも可能なら、使う場所は一つしかない。
「さ、斎賀様の……尻」
想像もしたことがない。
美しい斎賀の裸体の、そのさらに人目に触れるようなところではない場所―――。
顔が熱く火照ってくる。きっと柴尾は今、真っ赤な顔をしているはずだ。
赤い髪の青年が、隣に立つ男に声を掛けた。男はポケットから何かを取り出し、それを受け取った赤い髪の青年が樽から降りて柴尾に近づく。青年は意外に少し小柄だった。
「これ、やるよ」
手渡されたのは、小さな容器だった。
「これは……?」
「軟膏だ。これを塗れば、挿れやすくなる」
「いっ」
挿れるという生々しい言葉に、たじろぐ。
「上手くいくよう、応援してるからさ。……あ、ただし、無理強いはダメだからな。本来受け入れる場所じゃねーんだから、怪我しないよう気をつけろよ」
「えっ、あ、は……はい」
動揺した返事を返す。
柴尾は手の中の容器を、大事そうに両手で包んだ。
「本当に、ありがとうございました」
二人に向かって、柴尾はもう一度礼を述べた。
二人から、笑顔が返ってくる。
「俺、朱貴。そこの宿屋の息子だから。何かあったら、いつでも相談乗るからな」
赤い髪の青年が、にかっと笑った。
その笑顔が、心強く感じた。
男を好きだなんて、誰にも打ち明けられない。この二人だけが、柴尾の恋を知っているのだ。
今日この町に来て、彼らと出会えて良かったと、柴尾は心の底から思えた。
最後にもう一度礼を述べると、柴尾は二人と別れて志狼の元へと戻った。
黒くてふさふさした尾を振りながら去る獣人を、朱貴はにこやかに手を振りながら見送った。
「いいのか? せっかく小遣い貯めて買ったのに」
隣に立つ男に訊ねられる。朱貴は、男を見上げた。
「いーのいーの。また買えばいいし」
それに、と男は続ける。
「あの軟膏、インバス入りって言っておかなくて」
一瞬だけきょとんとした後、朱貴は大きく口を開けて笑った。
「だって、面白ぇし! いやぁ、純情ですなぁ、若いですなぁ。つっても、俺より年上だったけど!」
けらけらと朱貴が笑うと、男は呆れたような顔を向けた。
「真面目そうな奴だったから、心配だ」
面白がる朱貴とは違い、男は真顔で呟いた。
まるで、霧の中を歩いていて、突然視界が開けたようだった。
「……え? 僕は何を……」
自分の発した言葉が信じられず、柴尾は咄嗟に口を塞いだ。
しかし、零れた言葉が拾えるわけでもない。すでにその言葉は、柴尾の耳から脳へと届き刻まれてしまった。
「僕は……。斎賀様を……、抱き……たい?」
噛みしめるように、もう一度呟く。赤い髪の青年は、何故か満足そうに笑った。
銀の髪の、美しい人を脳裏に思い浮かべる。男らしいのに、とても綺麗な人を。
行商人に迫られていた時の姿を思い出す。相手の男は自分に変貌した。斎賀に至近距離まで近づくと、そっと唇を奪い、ソファの上に体をゆっくりと押し倒す。
白昼からそんな妄想をして、頬が熱くなった。
斎賀の姿をずっと見ていたいと思うのも、その仕草に見惚れてしまうのも、熱に浮かされた姿を艶めかしいとすら感じてしまうことも、すべて斎賀のことを愛していた故だったのだ。
すべてに納得がいった。
こんなに単純な答えだったのに、男同士だということが答えに導く道をすべて塞いでいただけだった。
しかし、もやもやとしていた原因が分かったところで、先行きは暗かった。
「とてもお世話になっている方なんです。僕はなんて恐れ多いことを言ってるんだ……」
柴尾は寂しげな笑みを浮かべた。ボスである斎賀に対し、失礼にも程がある。
赤い髪の青年が、小さく唸った。
「どんな高貴なお方か知らないけどさ。人を好きになるのに、恐れ多いも何もねーんだよ」
この青年の言葉は柴尾にとって、斬新で新鮮だ。
乾いた地面に水が染み入るように、柴尾の心に入り込んでいく。
斎賀のことを好きだと、抱きたいと、そんな不埒な想いを抱いてもいいのだと言う。
ただ、現実的には、男相手に好きだと告げたところで受け入れられるはずもない。
斎賀を抱くなどという考えは、到底夢物語に過ぎなかった。
「何故こんなにもやもやするんだって……ずっと思っていたので、自分の気持ちが分かっただけでも良かったです。突然声を掛けたのに、こんな話を聞いて下さってありがとうございました」
柴尾は二人に向かって礼を述べると、頭を下げた。上げた顔は、すっきりとして見えたに違いない。
二人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。
「男同士は、尻に入れるんだ」
話を終えたつもりだった柴尾に、赤い髪の青年がとんでもないことを告げた。
柴尾は思わず青年を凝視した。
「し、尻!?」
驚きすぎて、少し大きな声になった。
「し……尻って、まさかあの……」
「尻は尻だ。それ以上でもそれ以下でもない」
尻という言葉を、これほど自信ありげに言う者は見たことがない。赤い髪の青年は、得意げな顔をしていた。
確かに、抱くか抱かないかということは、男女のような行為ができるということだ。だが、男同士で具体的な想像ができなかった。
男女の行為とまったく同じことが男同士でも可能なら、使う場所は一つしかない。
「さ、斎賀様の……尻」
想像もしたことがない。
美しい斎賀の裸体の、そのさらに人目に触れるようなところではない場所―――。
顔が熱く火照ってくる。きっと柴尾は今、真っ赤な顔をしているはずだ。
赤い髪の青年が、隣に立つ男に声を掛けた。男はポケットから何かを取り出し、それを受け取った赤い髪の青年が樽から降りて柴尾に近づく。青年は意外に少し小柄だった。
「これ、やるよ」
手渡されたのは、小さな容器だった。
「これは……?」
「軟膏だ。これを塗れば、挿れやすくなる」
「いっ」
挿れるという生々しい言葉に、たじろぐ。
「上手くいくよう、応援してるからさ。……あ、ただし、無理強いはダメだからな。本来受け入れる場所じゃねーんだから、怪我しないよう気をつけろよ」
「えっ、あ、は……はい」
動揺した返事を返す。
柴尾は手の中の容器を、大事そうに両手で包んだ。
「本当に、ありがとうございました」
二人に向かって、柴尾はもう一度礼を述べた。
二人から、笑顔が返ってくる。
「俺、朱貴。そこの宿屋の息子だから。何かあったら、いつでも相談乗るからな」
赤い髪の青年が、にかっと笑った。
その笑顔が、心強く感じた。
男を好きだなんて、誰にも打ち明けられない。この二人だけが、柴尾の恋を知っているのだ。
今日この町に来て、彼らと出会えて良かったと、柴尾は心の底から思えた。
最後にもう一度礼を述べると、柴尾は二人と別れて志狼の元へと戻った。
黒くてふさふさした尾を振りながら去る獣人を、朱貴はにこやかに手を振りながら見送った。
「いいのか? せっかく小遣い貯めて買ったのに」
隣に立つ男に訊ねられる。朱貴は、男を見上げた。
「いーのいーの。また買えばいいし」
それに、と男は続ける。
「あの軟膏、インバス入りって言っておかなくて」
一瞬だけきょとんとした後、朱貴は大きく口を開けて笑った。
「だって、面白ぇし! いやぁ、純情ですなぁ、若いですなぁ。つっても、俺より年上だったけど!」
けらけらと朱貴が笑うと、男は呆れたような顔を向けた。
「真面目そうな奴だったから、心配だ」
面白がる朱貴とは違い、男は真顔で呟いた。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる
すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。
第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」
一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。
2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。
第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」
獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。
第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」
幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。
だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。
獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる