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そしてケモノは愛される

40.森へ

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 町を出てしばらくずっと広い草地があり、やがて森が見えてくる。ほとんど町から出ることがなくなったので、久しぶりに見る景色だった。

 森に入ると、当たり前だが辺り一面が樹木だ。むしろ、それしかない。
 こんな中で子ヤギ一匹を見つけることができるのかと、穂積は途方に暮れそうになった。

 しかし、日が暮れるまでに何とか探し出さないとならない。
 穂積は奥へと足を進めた。


 子ヤギが通りやすそうな広さの道を選びながら、森の中を歩いた。

 足跡があればいいが、森の中ではそんなものは当てにならない。
 森はすぐにうっそうとした姿へと変化する。

 一時間近くうろうろと歩いたが、やはりそう簡単には見つからなかった。

 森の奥へと行くほど、魔族が出没する。獣は本能で魔族のいるような場所には近づかないので、それほど奥には行ってはいないはずだ。
 だが、もう少し奥の方へも足を伸ばしてみる必要がありそうだ。

「ったく、世話がかかる。見つけたら、ヤギのチーズもらうからな」
 何かご褒美でもないと挫折しそうだ。頭の中で、ミルクかチーズか、と思案した。

 ふいに、カサリと右手の茂みから音がして、穂積は音のした方を振り返った。

 子ヤギであれば良いが、凶暴な野生の獣の可能性もある。念のため、腰に下げた剣の柄に触れた。

 ガサガサと次第に音が近付いてくる。
 いつでも剣を抜ける構えの穂積の前に、それはようやく姿を現した。

 予想もしない人物だった。

「柴尾……?」
「えっ? 穂積先生じゃないですか」
 互いにぽかんとした顔で向き合う。気が抜けて、剣の束から手を離した。

 柴尾に続き、十五歳ほどの獣人の少年が二人、茂みから姿を現した。二ヶ月ほど前にファミリーに来たという兄弟だった気がする。

「どうしたんだ? お前ら」
 穂積が訊ねると同時に、さらに茂みが揺れ、三人に遅れて志狼が顔を出した。

「あれっ。穂積先生?」
 きょとんとした顔で、志狼は四人を見た。思いがけずこんな場所で志狼に出会ってしまい、内心喜んだ。

 だが、四人とも魔族狩りというには随分と軽装だ。
 穂積の問いには柴尾が答えた。
「僕たちは、この兄弟が狩猟に出れる年齢なので、食材調達を兼ねて森に慣れる練習に来てます」

 ファミリーでは、全員が魔族狩りをするわけではない。若いうちはまだ魔族狩りには出ず、素材を売りに行く役目や、森で狩猟をする。
 何しろ人数が多いので、ある程度は自給自足なのだ。森も慣れないと迷子になってしまう。

「先生はお休みですか? こんな所にいらっしゃるなんて珍しいですね」
 柴尾に訊ねられた。

「それがじつは……」
 穂積は経緯を説明した。

「こんな森の中で探してるんですか……」
 それは大変ですね、と柴尾の目が語っている。

 森に出入りする者なら、大変さは分かるのだ。
 もちろん、子ヤギは目にしていないということだった。

「茶色い毛並みのシロならここにいるんですけどね」
 ほんのり口元に笑いを浮かべながら、柴尾が志狼を見た。

「言うと思った。ペット扱いすんな」
 揶揄われ、即座にむくれた顔で志狼が応戦する。
 さすが仲良しだ。息が合っている。思わず穂積も笑ってしまった。

 そうだ、と柴尾が声を上げる。
「志狼、穂積先生と一緒に探してきたら?」
 思いがけない柴尾の提案に、穂積は驚いた。

 もしかしたら、志狼は二人の関係を仲の良い柴尾に話したのかもしれない。
 それで柴尾が、二人に気を回してくれているのだと思った。

「僕たちはこのへんウロウロしてるだけですけど、穂積先生は人手があった方がいいでしょう?」
「それはそうだが……」

「斎賀様には、穂積先生がお困りの時は手助けして差し上げるよう仰せつかってますから。それに志狼は、荷物持ち要員なだけだし。そんなに奥に行くつもりはないので、こちらは僕がいれば何とかなりますから」

 そういうことか、と穂積は理解した。
 二人の関係を知っているのかと思ったが、そうではないようだ。

 斎賀は随分と、穂積のことを大事な友人だとファミリーの皆に言ってくれているらしい。

 確かに人手があると探しやすい。
 穂積は柴尾の申し出を、ありがたく受け取ることにした。
「正直、助かる。ありがとうな」

 ぴこんと志狼の耳が反応する。
「じゃあ、俺手伝う!」

 もし柴尾たちが見つけた場合は、シロが首に付けている赤いリボンを森の出口の樹に結んでおくということになった。
 もし穂積たちが見つけられなくても、柴尾たちが連れ帰っていればファミリーへ引き取りに行けばいい。

 おかげで、広範囲を捜索できることとなった。
 柴尾たちに別れを告げ、穂積は志狼とさらに森の奥へと進むことにした。

 子ヤギのくせにこんな奥まで来れるものなのかと考えつつも、念を入れて探すしかない。
 穂積は左手を、志狼は右手を、特に気に掛けながら進んだ。

 そういえば、と思い出したように志狼が呟いた。
「この先に池がある。もしかしたら、水を飲みにそこにいるかもしれない」
「ああ、確かに可能性としてはアリだな。行ってみよう」

 池の周辺は拓けているため、森の中よりも留まりやすい。
 やみくもに探すよりいいかもしれない。志狼が先に歩き、二人は少し進行方向を変えることにした。

 途中、茂みから獣が近づく音がしては、子ヤギではないかと期待させられる。だが、出会うのはウサギやリスなどだった。

 捜索しながらふと志狼を見ると、何故か楽しそうな顔をしていることに気付いた。

「どうしたんだ?」
 不思議に思い穂積は訊ねた。

「え?」
「さっきから、楽しそうだ」
 少し緩んだ顔を指摘すると、笑顔が返ってきた。

「だって、まさか穂積先生とこうして一緒に森を歩いてるなんて」
 志狼は少し振り返った。

 穂積と同じく、思いがけずこんな場所で出会えたことを、志狼も嬉しく思ってくれているようだ。

「旅じゃないけどさ、まるで斎賀様と同じことしてるみたい」
「………」

 どうやらぬか喜びだったと、すぐに気付かされた。

 穂積と一緒にいることが嬉しいのではなく、穂積と一緒にハンターをしていた斎賀と同じ行動をしていることが嬉しいらしい。
 恋人としては、悲しいやら呆れるやら複雑な心境だ。

 本当に、斎賀という男は、悔しいことにどこまでも志狼の中では一番なのだ。
 穂積の男心にまったく気づきもせず、志狼は周囲を見回しながらにこにこと笑っていた。



 ほどなくして、目の前の木々が姿を消し視界が開ける。開けた場所に出た。

 二人に気付き、木の枝を食んでいた鹿がぴょんと逃げて行った。
 池の周囲は草むらになっていて、ところどころに岩や小ぶりな木が生えている。森の中よりはゆっくりとヤギが草を食べやすい場所だ。

 ずっと歩きっぱなしだったせいで、少し休憩したい気もした。何しろ、長時間歩くのは久しぶりなのだ。

「なあ。ちょっと休まないか」
 穂積は周囲をきょろきょろと見回し、提案した。

「いた……かも。白っぽいの見えた気がする」
「なにっ」
 先に歩いていた志狼の言葉に、休憩どころではなくなった。

 志狼に続き、池をぐるりと回るように静かに歩く。
 木の陰で見えなかったが、志狼の指差す方にその姿が見えた。

 首に赤いリボンを巻いた子ヤギが、池の周囲の草をはみはみと食べている。
 間違いなく、シロだ。

 まさか本当に見つかるとは思わず、穂積は驚いた。
 池に行こうと言ってくれた志狼のおかげだ。志狼と会わなければ見つからなかった。運がいい。

 とても元気に走り回り人慣れしていると星也が言っていたが、こんな遠くまで来るとは相当元気な子ヤギのようだ。

 シロを驚かせないように、二人は静かに近づいた。

 少し離れた位置で、志狼が穂積を制止する。
「俺に任せて」
 そう言うが早いが、志狼の体が俊敏な動きで池の方へ移動した。

「あ、そんなことしなくても……」
 志狼の動きの方が早すぎて、穂積の言葉は間に合わなかった。

 背後からシロに近づくと、志狼はその小さな体に抱きついた。力技ではなかったものの、驚いたシロが志狼の腕の中で暴れる。

「えっ!? わぁっ」

 志狼の驚く声の次に、派手な水音が聞こえた。
 穂積は思わず言葉を失う。

 シロは驚いたようだが、逃げずにその場にいた。メェと鳴いて、志狼を見る。

 穂積はシロの警戒を解くため、腰につけていた袋の中から取り出した小さなベルを鳴らした。星也はこれで離れた場所にいるシロを呼ぶらしい。

 ベルの音に反応したシロが振り向いた。
 ベルを小さくちりちりと鳴らしながらゆっくりと近づき、少し離れた場所でしゃがむ。

 星也が言った通り、しばらくするとシロの方から近づいてきた。寄ってきたところで額を撫でてやると、大人しく撫でられている。

 穂積はほっとした。
 これで、何とか依頼は完了だ。

 逃げられてしまわないようにシロの首に結ばれていた紐を掴むと、さてと池の方を見た。

「………」
 どうやら、狩るのは得意でも、確保するのは向いていないようだ。池に落ちたまま座り込んで、全身びしょ濡れの志狼が穂積の方を見ていた。

「このベルがあれば、シロを呼べるんだ」
 穂積がくっと笑うと、先に言ってよと志狼が文句を言った。
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