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そしてケモノは愛される
38.進展
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「だ、だって……。斎賀様と顔合わせづらくなる……」
志狼は困った表情を浮かべた。
ついこの前まで恋人だった者と同じ屋敷に住むというのは、円満に別れていようと気まずさはあるものだ。しかも、嫌いになって別れたのではなく、志狼が斎賀のことを大好きなことに変わりはないのだから。
「ファミリーを出て俺のところに嫁に来るか?」
一緒に住むのは気まずいであろうという考えからだったが、穂積はつい嫁に来るかと言ってしまった。
ファミリーを出る者は、結婚して家族を持ち出て行くからだ。それとも、この前の祖母の話の影響か。人生を決める言葉だというのに、意外にさらりと口にしてしまった。
驚いた顔で志狼が穂積を見返す。
「……やだ。出たくない」
志狼の返事に思わず力が抜けて、腕を掴んでいた手が落ちた。
穂積の人生初めての結婚の申し出だったのに、拒絶されてしまった。
確かに男同士で何言ってるんだとか、結婚以前の問題が色々とあるのは分かってはいるが、さすがにショックを隠せない。
「俺、斎賀様の傍にいたい。まだ、恩返しだってろくにできてない」
真剣な顔で、志狼が答えた。
「……お前は、俺より斎賀の方が好きなのか?」
溜め息をついて、穂積は自虐的な質問をする。
志狼は戸惑いを見せた。
「斎賀様は特別だから……。俺にとって唯一無二の大切な人だから、好きに決まってるけど……意味が違うよ」
「その斎賀に、やっぱり恋人になってくれって言われたらどうするんだ? 俺より斎賀を選ぶのか?」
くだらない嫉妬だと思いながらも訊ねる。
志狼は顔を赤くして首をぶるぶると横に振った。
「む、無理。特別過ぎて、恋人なんて関係、頭爆発しそう。俺、そういうのは穂積先生でいい。てか、穂積先生がいい……です」
何とも複雑な気分だ。
穂積の方が恋人として好きだと言われているのに、何故か斎賀に負けているような気がしてしまう。
恋人としては穂積が勝った。
だが志狼にとっては、すべてにおいて斎賀は絶対的な存在なのだ。きっと一生、勝てはしない。
穂積がちょっかいを出さなければ、志狼は斎賀しか目に入らず、きっと二人は結ばれていたはずだ。
特別に想われ過ぎているせいで、もし本当は相思相愛なのに恋人になってもらえないのなら、斎賀は不憫な男だ。
「本当に、斎賀への気持ちは恋愛感情じゃないんだな?」
「……う、うん」
じっと見据えると、志狼がこくりと頷く。
心が見えないのが、これほど厄介だと感じたことはない。
でも、と志狼が続ける。
「相手が変わったからって、気持ちまですぐに切り替えられないよ……。恋人は、穂積先生だと思ってるけど、ついこの前まで斎賀様のことそう思ってたんだから……」
志狼が正直な気持ちを告げた。
穂積は大人げなかったと少し反省した。
早く志狼が欲しいという気持ちに焦ってしまい、志狼の感情をないがしろにしていた。
ただでさえ色事にも疎く、斎賀のことが大好きなのだ。そう簡単に切り替えろというのも無理な話だ。
やっと自分のものになって、浮かれていたようだ。
穂積は大きく息を吐きイスから立ち上がる。正面からそっと志狼を抱き締めた。
「待つ。急かして悪かったな」
「穂積先生……」
腕の中の志狼の体が、寄り添うように少し体重がかかる。
「でも、あんまり待たされ過ぎたら診察台の上で抱くぞ。初めては、ふかふかのベッドの上で抱いてやりたいと思ってるんだからな」
ぴくりと腕の中の体が動いた。
肩に預けられていた志狼の顔が、ゆっくりと穂積の方を振り向く。何故か、じとっとした目で見られた。
「……俺、初めてはたらいの上だったんだけど。しかも、合意でも何でもなかった」
至近距離でそう告げられると逃げ場がない。穂積は、うっと呻いた。
確かに間違いなく事実だ。身動きのとりづらい体勢で、快感で思考が定まらない状態の志狼を、無理矢理抱いた。
大の大人が、十六歳も歳の離れた青年に、あるまじき行為だ。それについては言い返す言葉もない。
そして、志狼の初めてを奪ってしまったことを、決して忘れていたわけでもない。
「それについては、本当に反省してる。悪かったって!」
穂積は顔の前で両手を合わせ、頭を下げた。
「あの時のことを、ど忘れしてるとかじゃなくてだな……。とにかく、恋人は優しく抱きたいと思ってるんだ」
言い訳がましいようだが、反省の気持ちと、志狼を大事にしたいということを訴える。
顔を上げると、痛かった視線は拗ねたような表情に変わっていた。
「俺そんな、やわじゃねえ。男だし頑丈だし。別に乱暴されたいわけじゃないけど……たらい痛かったし」
うっと穂積は胸を押さえた。
まさか今後、いやらしいことをしようとするたびに言われてしまったらどうしよう。完全に分が悪い。
「猛烈に反省してる。だからもう……たらいは言うな」
「わ、わぁっ」
強く抱き締めると、驚いた志狼が声を上げた。
「……お前は色気がないな」
「男なんだから、あるはずないだろっ」
当たり前だと言わんばかりに、即文句が返ってくる。
「それに、こういうことされるのはあまり慣れてないから…っ」
おずおずと志狼の両手が穂積の白衣を掴んだ。
抱き締め返そうとして、思い切れずに途中で断念したような感じだ。それが分かり、小さく笑った。
この体は何度、斎賀に抱かれたのか。いくら大事にしていようと、ようやく想いを吐き出した斎賀が、この体を抱いていないとは考えにくい。相手の顔を知っているだけに、どんなふうに抱いたのかと簡単に嫉妬してしまう。
「早く、俺のものになれ……」
志狼の後ろ髪をくしゃりと掴み、聞こえないくらいの声で穂積は呟いた。
志狼は困った表情を浮かべた。
ついこの前まで恋人だった者と同じ屋敷に住むというのは、円満に別れていようと気まずさはあるものだ。しかも、嫌いになって別れたのではなく、志狼が斎賀のことを大好きなことに変わりはないのだから。
「ファミリーを出て俺のところに嫁に来るか?」
一緒に住むのは気まずいであろうという考えからだったが、穂積はつい嫁に来るかと言ってしまった。
ファミリーを出る者は、結婚して家族を持ち出て行くからだ。それとも、この前の祖母の話の影響か。人生を決める言葉だというのに、意外にさらりと口にしてしまった。
驚いた顔で志狼が穂積を見返す。
「……やだ。出たくない」
志狼の返事に思わず力が抜けて、腕を掴んでいた手が落ちた。
穂積の人生初めての結婚の申し出だったのに、拒絶されてしまった。
確かに男同士で何言ってるんだとか、結婚以前の問題が色々とあるのは分かってはいるが、さすがにショックを隠せない。
「俺、斎賀様の傍にいたい。まだ、恩返しだってろくにできてない」
真剣な顔で、志狼が答えた。
「……お前は、俺より斎賀の方が好きなのか?」
溜め息をついて、穂積は自虐的な質問をする。
志狼は戸惑いを見せた。
「斎賀様は特別だから……。俺にとって唯一無二の大切な人だから、好きに決まってるけど……意味が違うよ」
「その斎賀に、やっぱり恋人になってくれって言われたらどうするんだ? 俺より斎賀を選ぶのか?」
くだらない嫉妬だと思いながらも訊ねる。
志狼は顔を赤くして首をぶるぶると横に振った。
「む、無理。特別過ぎて、恋人なんて関係、頭爆発しそう。俺、そういうのは穂積先生でいい。てか、穂積先生がいい……です」
何とも複雑な気分だ。
穂積の方が恋人として好きだと言われているのに、何故か斎賀に負けているような気がしてしまう。
恋人としては穂積が勝った。
だが志狼にとっては、すべてにおいて斎賀は絶対的な存在なのだ。きっと一生、勝てはしない。
穂積がちょっかいを出さなければ、志狼は斎賀しか目に入らず、きっと二人は結ばれていたはずだ。
特別に想われ過ぎているせいで、もし本当は相思相愛なのに恋人になってもらえないのなら、斎賀は不憫な男だ。
「本当に、斎賀への気持ちは恋愛感情じゃないんだな?」
「……う、うん」
じっと見据えると、志狼がこくりと頷く。
心が見えないのが、これほど厄介だと感じたことはない。
でも、と志狼が続ける。
「相手が変わったからって、気持ちまですぐに切り替えられないよ……。恋人は、穂積先生だと思ってるけど、ついこの前まで斎賀様のことそう思ってたんだから……」
志狼が正直な気持ちを告げた。
穂積は大人げなかったと少し反省した。
早く志狼が欲しいという気持ちに焦ってしまい、志狼の感情をないがしろにしていた。
ただでさえ色事にも疎く、斎賀のことが大好きなのだ。そう簡単に切り替えろというのも無理な話だ。
やっと自分のものになって、浮かれていたようだ。
穂積は大きく息を吐きイスから立ち上がる。正面からそっと志狼を抱き締めた。
「待つ。急かして悪かったな」
「穂積先生……」
腕の中の志狼の体が、寄り添うように少し体重がかかる。
「でも、あんまり待たされ過ぎたら診察台の上で抱くぞ。初めては、ふかふかのベッドの上で抱いてやりたいと思ってるんだからな」
ぴくりと腕の中の体が動いた。
肩に預けられていた志狼の顔が、ゆっくりと穂積の方を振り向く。何故か、じとっとした目で見られた。
「……俺、初めてはたらいの上だったんだけど。しかも、合意でも何でもなかった」
至近距離でそう告げられると逃げ場がない。穂積は、うっと呻いた。
確かに間違いなく事実だ。身動きのとりづらい体勢で、快感で思考が定まらない状態の志狼を、無理矢理抱いた。
大の大人が、十六歳も歳の離れた青年に、あるまじき行為だ。それについては言い返す言葉もない。
そして、志狼の初めてを奪ってしまったことを、決して忘れていたわけでもない。
「それについては、本当に反省してる。悪かったって!」
穂積は顔の前で両手を合わせ、頭を下げた。
「あの時のことを、ど忘れしてるとかじゃなくてだな……。とにかく、恋人は優しく抱きたいと思ってるんだ」
言い訳がましいようだが、反省の気持ちと、志狼を大事にしたいということを訴える。
顔を上げると、痛かった視線は拗ねたような表情に変わっていた。
「俺そんな、やわじゃねえ。男だし頑丈だし。別に乱暴されたいわけじゃないけど……たらい痛かったし」
うっと穂積は胸を押さえた。
まさか今後、いやらしいことをしようとするたびに言われてしまったらどうしよう。完全に分が悪い。
「猛烈に反省してる。だからもう……たらいは言うな」
「わ、わぁっ」
強く抱き締めると、驚いた志狼が声を上げた。
「……お前は色気がないな」
「男なんだから、あるはずないだろっ」
当たり前だと言わんばかりに、即文句が返ってくる。
「それに、こういうことされるのはあまり慣れてないから…っ」
おずおずと志狼の両手が穂積の白衣を掴んだ。
抱き締め返そうとして、思い切れずに途中で断念したような感じだ。それが分かり、小さく笑った。
この体は何度、斎賀に抱かれたのか。いくら大事にしていようと、ようやく想いを吐き出した斎賀が、この体を抱いていないとは考えにくい。相手の顔を知っているだけに、どんなふうに抱いたのかと簡単に嫉妬してしまう。
「早く、俺のものになれ……」
志狼の後ろ髪をくしゃりと掴み、聞こえないくらいの声で穂積は呟いた。
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