上 下
33 / 123
そしてケモノは愛される

33.志狼の不安

しおりを挟む
 穂積は心配になって志狼の顔を覗き込んだ。同じくらいの背丈なのですぐそこに志狼の顔がある。
 目が合うと、志狼は視線を下ろし黙り込んでしまった。

 穂積は急かさずに待った。

「………」
 志狼は口にするのをしばらく迷ってから、ゆっくりと口を開いた。
「……俺、変なんだ。自分でもよく分からなくて……」

 困惑の表情を浮かべ、志狼はゆっくりと続ける。穂積は黙って見つめた。

「斎賀様のことが好きなのに……。すっごく、すっごく好きなのに……」
 掴んだ穂積の手を、志狼はさらにぎゅっと握った。
「なんでか、穂積先生のこと……気に…なって……」

 予想もしていないことを言われ、穂積は驚いた。

 視線を合わせないまま、志狼は言葉を綴る。
「斎賀様に触られたら、斎賀様で頭がいっぱいになって、斎賀様のことしか考えられなくなるのに……。何故か頭の片隅で、穂積先生のことを思い出してしまうんだ……。これって……穂積先生が変なことしたせい?」

 志狼はさらに頭を俯かせ、ぽつぽつと呟く。
「それとも……俺、男なら誰でもいいのかな……。インバスに襲われたせいで、そんないやらしい体になっちゃったのかな……?」

「志狼……」

「初めてだったから、穂積先生のことを忘れられないだけなのかな……?」
 ゆっくりと志狼が顔を上げる。苦しそうな表情だった。

「どうしてこんなに穂積先生のこと気になるのか……。斎賀様のこと大好きなのに、斎賀様以外を気になるなんておかしいよ。こんな気持ちでいることが、斎賀様に申し訳ないよ。嬉しくて幸せなのに……なんでこんなにもやもやして胸が苦しいんだろ……」

 志狼の顔が歪む。
「こんなの……嫌だ。ど、どうしたら……俺、ちゃんと斎賀様の恋人になれるんだよ……っ」
 胸の内を吐き出すように、志狼から言葉が溢れてくる。

 穂積は言葉を失った。

 志狼が悩んでいたのは、穂積のことだった。そんなことで悩んでいるなんて、思いもしなかった。

 どう答えていいか分からず、穂積は志狼の体を引き寄せ抱き締めた。
「志狼……」

 最近志狼がやたら病院に顔を出していたのは、自分の中に生まれた迷いのせいだった。気になるのが何故なのかを知るため故の行動だったのだ。志狼が頭で考えるより体が動くタイプだったことを思い出す。

 志狼の中にある、まだ形が定まっていないその感情は、穂積と同じものだと思っていいのか。

 そして、本人すら気付いていない、志狼が斎賀に抱いている感情は、もしかして敬愛なのではないのか。
 あまりにも好きという気持ちが強すぎて、それを斎賀と同じ愛情だと思い込んでいるのだとしたら―――。

 志狼は斎賀のことを恋愛という意味で好きなのだと、穂積も思っていたくらいだ。大好きな斎賀に愛を告げられ自分も同じだと、深く考えずに流されてしまったのではないか。

 もしそうであれば、二人にとって辛い結果になる。

 だが、真実は志狼の心の中にしかない。そしてそれを、志狼はまだ分かっていない。答えを出せるのは、志狼だけだ。
 自分で自覚するならまだしも、第三者の穂積が指摘するわけにはいかないのだ。

「穂積先生……」
 腕の中で、志狼が吐息のように小さく呟く。

 最近やたらと穂積のことを気にしていたのは、頭の片隅で穂積がちらつくせいだったと言う。
 もしかして、自惚れてもいいのだろうか。
 しかし、それがどういう感情なのか、志狼はまだ気付くには至ってない。気付いてもらうには、どうすればいい。

 穂積は志狼を抱き締める力を強めた。
「志狼……。俺は、今でも、お前が好きだ」

 斎賀への想いが勘違いなのではないかと言えない代わりに、穂積はもう一度、噛みしめるように志狼に気持ちを告げた。

 穂積の告白に、ハッとしたように腕の中の志狼の体が強張った。
 返事はなく、身動きもなく、ただ静かな空気が流れる。

 このままずっと志狼を抱き締めていたいと、穂積は思った。
 柔らかで肉厚な女の体とは違う、硬くて引き締まった薄い男の体。それなのに、愛しい。

「……俺、斎賀様と恋人だよ」
 ぽそっと呟くように、志狼が告げた。

「んなこた、嫌でも分かってる」
 苦々しく穂積が応えると、変なの、と返ってきた。
 また少し沈黙が流れる。

「だいたい、穂積先生と俺じゃ、先生すぐに死んじゃうだろ」
 再び、ぽそぽそと志狼がぼやく。

 年齢的にも穂積は十六歳も上だが、獣人の方が人間よりも寿命がやや長い。すぐというのは大袈裟で、随分と先を見据えた話だ。

「そういう意味では、ハンターの志狼の方が死んじまう可能性の方が高い」
 町で過ごす穂積と違い、狩りは危険が伴うのだ。

「俺、強いもんね」
 自慢気な答えが返ってくる。何の張り合いをしているのかと思ってしまう。
 抱き締めているというのに、まったく色気も何もない。さきほどまでの色恋に悩む雰囲気はどこへ行ったのか。
 鈍感な志狼は、優しく抱きしめる程度では何の気付きにもならないらしい。

「快感には弱いがな。またインバスに襲われたらやられちまうぞ。耐性をつけてやろうか」
「へっ?」

 志狼を抱き締めたまま体の向きを変えると、穂積は診察台へと進んだ。
 急に後ろ向きに歩かされ、志狼は足をもつれそうにしながらぎゅっと穂積の体にしがみ付いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

そんなお前が好きだった

chatetlune
BL
後生大事にしまい込んでいた10年物の腐った初恋の蓋がまさか開くなんて―。高校時代一学年下の大らかな井原渉に懐かれていた和田響。井原は卒業式の後、音大に進んだ響に、卒業したら、この大銀杏の樹の下で逢おうと勝手に約束させたが、響は結局行かなかった。言葉にしたことはないが思いは互いに同じだったのだと思う。だが未来のない道に井原を巻き込みたくはなかった。時を経て10年後の秋、郷里に戻った響は、高校の恩師に頼み込まれてピアノを教える傍ら急遽母校で非常勤講師となるが、明くる4月、アメリカに留学していたはずの井原が物理教師として現れ、響は動揺する。

異世界に転生したけど魔力0だったので、1000年間剣技を鍛えてみた ~自分を低級剣士だと思い込んでいる世界最強は無自覚に無双するようです〜

八又ナガト
ファンタジー
↑お気に入り登録をお願いします!↑ 主人公・出水悠里(いずみゆうり)はある日、とあるきっかけで命を落とし異世界転生を果たすことに。 しかし女神曰く、悠里の魔力は0。異世界で生きていくにはあまりにも脆弱だと言われてしまう。 そこで悠里は異世界に転生する前に、修行の時間をもらうことにした。 しかし本来なら低級剣士になれるまで修行するはずが、女神の手違いで1000年間も修行する羽目に。 1000年の修行で世界最強になった悠里。 だけど当の本人はようやく低級剣士になれたと勘違いしたまま、異世界に旅立った。 そこで悠里はただの犬と勘違いしてフェンリルを配下にしたり、 ただの鳥と間違えて最強のドラゴンを瞬殺したり、 国中に名を轟かせる美少女Sランクパーティーを影から救ったりするのだった(本人に自覚なし)。 これは魔力を持たない最強剣士による、無自覚無双の物語。

VRMMOのキメラさん〜雑魚種族を選んだ私だけど、固有スキルが「倒したモンスターの能力を奪う」だったのでいつの間にか最強に!?

水定ユウ
SF
一人暮らしの女子高生、立花明輝(たちばなあきら)は道に迷っていた女性を助けた後日、自宅に謎の荷物が届く。開けてみると、中身は新型の高級VRドライブとプレイヤーがモンスターになれると言う話題の最新ゲーム『Creaturess Union』だった。 早速ログインした明輝だったが、何も知らないまま唯一選んではいけないハズレキャラに手を出してしまう。 リセットができないので、落ち込むところ明輝は持ち前の切り替えの速さと固有スキル【キメラハント】で、倒した敵モンスターから次々能力を奪っていって……。 ハズレキャラでも欲しい能力は奪っちゃえ! 少し個性の強い仲間と共に、let'sキメラハント生活! ※こちらの作品は、小説家になろうやカクヨムでも投稿しております。 個性が強すぎる仲間のせいで、かなり効率厨になる時があります。そういう友達が劇中に登場するので、ゲーム的な展開からかけ離れる時があります。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

孤高のぼっち王女に見いだされた平民のオレだが……クーデレで理不尽すぎ!?

佐々木直也
ファンタジー
【素直になれないクール系美少女はいかが?】 主人公を意識しているくせにクールを決め込むも、照れすぎて赤面したり、嫉妬でツンツンしたり……そんなクーデレ美少女な王女様を愛でながら、ボケとツッコミを楽しむ軽快ラブコメです! しかも彼女は、最強で天才で、だからこそ、王女様だというのに貴族からも疎まれている孤高のぼっち。 なので国王(父親)も彼女の扱いに困り果て、「ちょっと外の世界を見てきなさい」と言い出す始末。 すると王女様は「もはや王族追放ですね。お世話になりました」という感じでクール全開です。 そうして…… そんな王女様と、単なる平民に過ぎない主人公は出会ってしまい…… 知り合ってすぐ酒場に繰り出したかと思えば、ジョッキ半分で王女様は酔い潰れ、宿屋で主人公が彼女を介抱していたら「見ず知らずの男に手籠めにされた!」と勝手に勘違い。 なんとかその誤解を正してみれば、王女様の巧みな話術で、どういうわけか主人公が謝罪するハメに。親切心で介抱していたはずなのに。 それでも王女様は、なぜか主人公と行動を共にし続けた結果……高級旅館で一晩明かすことに!? などなど、ぼっち王女のクーデレに主人公は翻弄されまくり。 果たして主人公は、クーデレぼっち王女をデレデレにすることが出来るのか!? ぜひご一読くださいませ。

処理中です...