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そしてケモノは愛される
33.志狼の不安
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穂積は心配になって志狼の顔を覗き込んだ。同じくらいの背丈なのですぐそこに志狼の顔がある。
目が合うと、志狼は視線を下ろし黙り込んでしまった。
穂積は急かさずに待った。
「………」
志狼は口にするのをしばらく迷ってから、ゆっくりと口を開いた。
「……俺、変なんだ。自分でもよく分からなくて……」
困惑の表情を浮かべ、志狼はゆっくりと続ける。穂積は黙って見つめた。
「斎賀様のことが好きなのに……。すっごく、すっごく好きなのに……」
掴んだ穂積の手を、志狼はさらにぎゅっと握った。
「なんでか、穂積先生のこと……気に…なって……」
予想もしていないことを言われ、穂積は驚いた。
視線を合わせないまま、志狼は言葉を綴る。
「斎賀様に触られたら、斎賀様で頭がいっぱいになって、斎賀様のことしか考えられなくなるのに……。何故か頭の片隅で、穂積先生のことを思い出してしまうんだ……。これって……穂積先生が変なことしたせい?」
志狼はさらに頭を俯かせ、ぽつぽつと呟く。
「それとも……俺、男なら誰でもいいのかな……。インバスに襲われたせいで、そんないやらしい体になっちゃったのかな……?」
「志狼……」
「初めてだったから、穂積先生のことを忘れられないだけなのかな……?」
ゆっくりと志狼が顔を上げる。苦しそうな表情だった。
「どうしてこんなに穂積先生のこと気になるのか……。斎賀様のこと大好きなのに、斎賀様以外を気になるなんておかしいよ。こんな気持ちでいることが、斎賀様に申し訳ないよ。嬉しくて幸せなのに……なんでこんなにもやもやして胸が苦しいんだろ……」
志狼の顔が歪む。
「こんなの……嫌だ。ど、どうしたら……俺、ちゃんと斎賀様の恋人になれるんだよ……っ」
胸の内を吐き出すように、志狼から言葉が溢れてくる。
穂積は言葉を失った。
志狼が悩んでいたのは、穂積のことだった。そんなことで悩んでいるなんて、思いもしなかった。
どう答えていいか分からず、穂積は志狼の体を引き寄せ抱き締めた。
「志狼……」
最近志狼がやたら病院に顔を出していたのは、自分の中に生まれた迷いのせいだった。気になるのが何故なのかを知るため故の行動だったのだ。志狼が頭で考えるより体が動くタイプだったことを思い出す。
志狼の中にある、まだ形が定まっていないその感情は、穂積と同じものだと思っていいのか。
そして、本人すら気付いていない、志狼が斎賀に抱いている感情は、もしかして敬愛なのではないのか。
あまりにも好きという気持ちが強すぎて、それを斎賀と同じ愛情だと思い込んでいるのだとしたら―――。
志狼は斎賀のことを恋愛という意味で好きなのだと、穂積も思っていたくらいだ。大好きな斎賀に愛を告げられ自分も同じだと、深く考えずに流されてしまったのではないか。
もしそうであれば、二人にとって辛い結果になる。
だが、真実は志狼の心の中にしかない。そしてそれを、志狼はまだ分かっていない。答えを出せるのは、志狼だけだ。
自分で自覚するならまだしも、第三者の穂積が指摘するわけにはいかないのだ。
「穂積先生……」
腕の中で、志狼が吐息のように小さく呟く。
最近やたらと穂積のことを気にしていたのは、頭の片隅で穂積がちらつくせいだったと言う。
もしかして、自惚れてもいいのだろうか。
しかし、それがどういう感情なのか、志狼はまだ気付くには至ってない。気付いてもらうには、どうすればいい。
穂積は志狼を抱き締める力を強めた。
「志狼……。俺は、今でも、お前が好きだ」
斎賀への想いが勘違いなのではないかと言えない代わりに、穂積はもう一度、噛みしめるように志狼に気持ちを告げた。
穂積の告白に、ハッとしたように腕の中の志狼の体が強張った。
返事はなく、身動きもなく、ただ静かな空気が流れる。
このままずっと志狼を抱き締めていたいと、穂積は思った。
柔らかで肉厚な女の体とは違う、硬くて引き締まった薄い男の体。それなのに、愛しい。
「……俺、斎賀様と恋人だよ」
ぽそっと呟くように、志狼が告げた。
「んなこた、嫌でも分かってる」
苦々しく穂積が応えると、変なの、と返ってきた。
また少し沈黙が流れる。
「だいたい、穂積先生と俺じゃ、先生すぐに死んじゃうだろ」
再び、ぽそぽそと志狼がぼやく。
年齢的にも穂積は十六歳も上だが、獣人の方が人間よりも寿命がやや長い。すぐというのは大袈裟で、随分と先を見据えた話だ。
「そういう意味では、ハンターの志狼の方が死んじまう可能性の方が高い」
町で過ごす穂積と違い、狩りは危険が伴うのだ。
「俺、強いもんね」
自慢気な答えが返ってくる。何の張り合いをしているのかと思ってしまう。
抱き締めているというのに、まったく色気も何もない。さきほどまでの色恋に悩む雰囲気はどこへ行ったのか。
鈍感な志狼は、優しく抱きしめる程度では何の気付きにもならないらしい。
「快感には弱いがな。またインバスに襲われたらやられちまうぞ。耐性をつけてやろうか」
「へっ?」
志狼を抱き締めたまま体の向きを変えると、穂積は診察台へと進んだ。
急に後ろ向きに歩かされ、志狼は足をもつれそうにしながらぎゅっと穂積の体にしがみ付いた。
目が合うと、志狼は視線を下ろし黙り込んでしまった。
穂積は急かさずに待った。
「………」
志狼は口にするのをしばらく迷ってから、ゆっくりと口を開いた。
「……俺、変なんだ。自分でもよく分からなくて……」
困惑の表情を浮かべ、志狼はゆっくりと続ける。穂積は黙って見つめた。
「斎賀様のことが好きなのに……。すっごく、すっごく好きなのに……」
掴んだ穂積の手を、志狼はさらにぎゅっと握った。
「なんでか、穂積先生のこと……気に…なって……」
予想もしていないことを言われ、穂積は驚いた。
視線を合わせないまま、志狼は言葉を綴る。
「斎賀様に触られたら、斎賀様で頭がいっぱいになって、斎賀様のことしか考えられなくなるのに……。何故か頭の片隅で、穂積先生のことを思い出してしまうんだ……。これって……穂積先生が変なことしたせい?」
志狼はさらに頭を俯かせ、ぽつぽつと呟く。
「それとも……俺、男なら誰でもいいのかな……。インバスに襲われたせいで、そんないやらしい体になっちゃったのかな……?」
「志狼……」
「初めてだったから、穂積先生のことを忘れられないだけなのかな……?」
ゆっくりと志狼が顔を上げる。苦しそうな表情だった。
「どうしてこんなに穂積先生のこと気になるのか……。斎賀様のこと大好きなのに、斎賀様以外を気になるなんておかしいよ。こんな気持ちでいることが、斎賀様に申し訳ないよ。嬉しくて幸せなのに……なんでこんなにもやもやして胸が苦しいんだろ……」
志狼の顔が歪む。
「こんなの……嫌だ。ど、どうしたら……俺、ちゃんと斎賀様の恋人になれるんだよ……っ」
胸の内を吐き出すように、志狼から言葉が溢れてくる。
穂積は言葉を失った。
志狼が悩んでいたのは、穂積のことだった。そんなことで悩んでいるなんて、思いもしなかった。
どう答えていいか分からず、穂積は志狼の体を引き寄せ抱き締めた。
「志狼……」
最近志狼がやたら病院に顔を出していたのは、自分の中に生まれた迷いのせいだった。気になるのが何故なのかを知るため故の行動だったのだ。志狼が頭で考えるより体が動くタイプだったことを思い出す。
志狼の中にある、まだ形が定まっていないその感情は、穂積と同じものだと思っていいのか。
そして、本人すら気付いていない、志狼が斎賀に抱いている感情は、もしかして敬愛なのではないのか。
あまりにも好きという気持ちが強すぎて、それを斎賀と同じ愛情だと思い込んでいるのだとしたら―――。
志狼は斎賀のことを恋愛という意味で好きなのだと、穂積も思っていたくらいだ。大好きな斎賀に愛を告げられ自分も同じだと、深く考えずに流されてしまったのではないか。
もしそうであれば、二人にとって辛い結果になる。
だが、真実は志狼の心の中にしかない。そしてそれを、志狼はまだ分かっていない。答えを出せるのは、志狼だけだ。
自分で自覚するならまだしも、第三者の穂積が指摘するわけにはいかないのだ。
「穂積先生……」
腕の中で、志狼が吐息のように小さく呟く。
最近やたらと穂積のことを気にしていたのは、頭の片隅で穂積がちらつくせいだったと言う。
もしかして、自惚れてもいいのだろうか。
しかし、それがどういう感情なのか、志狼はまだ気付くには至ってない。気付いてもらうには、どうすればいい。
穂積は志狼を抱き締める力を強めた。
「志狼……。俺は、今でも、お前が好きだ」
斎賀への想いが勘違いなのではないかと言えない代わりに、穂積はもう一度、噛みしめるように志狼に気持ちを告げた。
穂積の告白に、ハッとしたように腕の中の志狼の体が強張った。
返事はなく、身動きもなく、ただ静かな空気が流れる。
このままずっと志狼を抱き締めていたいと、穂積は思った。
柔らかで肉厚な女の体とは違う、硬くて引き締まった薄い男の体。それなのに、愛しい。
「……俺、斎賀様と恋人だよ」
ぽそっと呟くように、志狼が告げた。
「んなこた、嫌でも分かってる」
苦々しく穂積が応えると、変なの、と返ってきた。
また少し沈黙が流れる。
「だいたい、穂積先生と俺じゃ、先生すぐに死んじゃうだろ」
再び、ぽそぽそと志狼がぼやく。
年齢的にも穂積は十六歳も上だが、獣人の方が人間よりも寿命がやや長い。すぐというのは大袈裟で、随分と先を見据えた話だ。
「そういう意味では、ハンターの志狼の方が死んじまう可能性の方が高い」
町で過ごす穂積と違い、狩りは危険が伴うのだ。
「俺、強いもんね」
自慢気な答えが返ってくる。何の張り合いをしているのかと思ってしまう。
抱き締めているというのに、まったく色気も何もない。さきほどまでの色恋に悩む雰囲気はどこへ行ったのか。
鈍感な志狼は、優しく抱きしめる程度では何の気付きにもならないらしい。
「快感には弱いがな。またインバスに襲われたらやられちまうぞ。耐性をつけてやろうか」
「へっ?」
志狼を抱き締めたまま体の向きを変えると、穂積は診察台へと進んだ。
急に後ろ向きに歩かされ、志狼は足をもつれそうにしながらぎゅっと穂積の体にしがみ付いた。
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