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そしてケモノは愛される

22.好きだ

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「―――…」
 呆然とした顔で、志狼が口を小さく動かす。だが、驚きすぎたせいか声になっていない。

「……あ、の。……俺、その……えっと……」
 困ったように、見上げる瞳が揺れ始める。

 突然告白をされたうえ、相手は男なのだから、戸惑うのも無理はない。

 好意は持たれている。ただ、志狼の心を埋め尽くしているのは斎賀だ。
 しかし、それは本人の中で恋という形になっておらず、気付いていても今は一方通行なはずだ。

 もしまだ斎賀のものになっていないなら、その前に穂積が欲しい。

 穂積は唇を志狼の首に這わせた。
「ひゃ」
 驚いた志狼が声を上げる。

「俺じゃ、ダメか?」
「………」
 鎖骨を甘噛みしながら囁く。
「お前をもっと可愛がりたい。俺のものにしたい。……俺の恋人になってくれ」

「えっ、あ……っ」
 驚いておろおろするばかりで、断りの返事すら返ってこない。

 志狼の脇腹に手を這わすと、服の裾から鍛えられた腹筋を撫でた。
 びくりと志狼の体が強張る。
「な、何もしないって……っ」

 初めて抱いた時は、合意ではなかったが志狼も快感を得ていたので、強姦にならないと思った。
 人として、本気で嫌がる相手をどうこうしようとは考えていない。だから、本気で志狼が抵抗すれば、手を引くつもりはある。

 今こうして性的な行為をされようとして、鈍感な志狼は意味をどれほど理解しているのか。きっと、今の自分の身の危険をよく理解していない。

 穂積は志狼の服の裾をめくっていく。中に手を這わすと、小さな尖りに当たった。
 あんなに豊満な胸が好きだったのに、今はこの小さな粒がやたら愛おしい。

 穂積が指先で粒を摘まむと、志狼の体がびくりと揺れた。
「あ……っ、やっ、だ」

 早く返事をくれないと、このまま抱いてしまいそうだ。

 すでに斎賀のものなのか、まだなのか。
 斎賀のものになっているなら出来ないが、まだならこの程度の抵抗であれば抱いてしまいたい。
 それとも、斎賀のものだと聞きたくないから、口を塞いでしまおうか。

「志狼……」
 囁いて、穂積は志狼の唇に唇を近づけた。


「志狼!!」

 突然耳に飛び込んできた斎賀の声に、穂積は動きを封じられた。

 振り返ると、開け放していた診察室の入口に斎賀が立っていた。息を乱し、驚くことに髪も乱れている。

「さ、斎賀様……!?」
 体の下で、志狼が驚きの声を上げる。男に襲われているところを見られ、動揺していた。

 何をしているのかが明らかな様子に、斎賀の顔が強張る。
「穂積、お前……!」

 燃えるような目で睨むと、斎賀は診察室の中に飛び込んできた。志狼の体から穂積を引き剥がし、服を乱された状態の志狼を見て驚愕する。

「帰るぞ、志狼!」
「さ、斎賀様っ」
 志狼の腕を掴むと、斎賀は診察台から引きずり下ろす。志狼の手を引き、颯爽と出口に向かった。

 診察室から連れて行かれる時、扉の所で志狼が一瞬振り返った。何か言いたげに、穂積を見る。しかし斎賀に腕を引っ張られ、その姿はすぐに消えてしまった。
 まもなくして、病院の扉の閉まる音がして、二人が出て行ったことを知らせる。

「………」

 まるで嵐のようだった。
 穂積は静まり返った診察室で突っ立っていた。

 まさか、斎賀が現れるとは思いもしない。
 しばらくして脱力すると、穂積は診察台の上に仰向けに転がった。

「返事、聞きそびれたな……」

 最後の志狼の顔を思い浮かべる。
 あれは、返事をしようとしてくれていたのかもしれない。結果は分かってはいるけれど、ちゃんと答えようとしてくれたのだ。

「それにしても、斎賀のあの顔……」
 思い出して、ふっと口許が緩んだ。

 先に戻った仲間から、志狼が穂積の元へ寄ってから帰ってくるのだと聞きつけたというところか。先日のことがあって、居てもいられなくなったのだろう。
 あんな血相を変えた斎賀を見るのは、ハンターをしていた頃以来だ。ハンターをしていた頃でも、滅多に見ることはなかった。

「ぷっ……。くっくっ……はは」

 ひとしきり笑った後、穂積は天井に向かって深く息を吐いた。
「そうか……。ついに斎賀は動いたんだな」
 口は笑っているが、表情はそうではなかった。

「……まったく、遅えんだよ」

 穂積が気持ちに気付く前に動きやがれ。届くことのない文句を言う。
 誰もいない診察室に、ぽつりと寂しげな独り言だった。
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