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第12章 領主の日常

第168話 暴君エミリス

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「こんなに人がいっぱいいるんですね……」

 買った水着を持った3人が砂浜に行くと、思った以上に遠くまで続く砂浜に、多くの人がいるのを目にしたエミリスが目を丸くする。
 もちろん、ほとんどの人が水着で、シートを敷いて寝転がっている者もいれば、浮き輪で波間に漂っている者もいた。

「夏の休みで一番人が多い時期だからな。……とりあえずパラソルを借りるか」
「そうですわね」

 大きめの貸しパラソルとシートを借りたあと、アティアスは荷物を置き2人に言った。

「俺が荷物見てるから、先に着替えてきたらいい。あそこの小屋が更衣室になってるみたいだから」
「いいんですか? アティアス様」
「ああ、俺はすぐ着替えられるからな」
「わかりました」

 彼に促されて、2人は水着と大きなタオルを持って更衣室に向かった。
 それを待っている間、アティアスはシートに座って海を眺める。

「……久しぶりだな」

 よく考えると、海で泳ぐのはもう7年ぶりくらいだった。
 そのときは長兄のレギウス、それとナターシャとで来たことを思い出した。

「あの頃の俺が今のウィルセアのちょっと上くらいで、姉さんがエミーくらいか。……落とし穴に落とされたんだったか」

 まだ子供といえる時期に、ナターシャと一緒に、成人したレギウスに連れてきてもらったのだ。
 そのとき、悪戯でナターシャが掘った落とし穴に、見事に落とされたことを思い出して、苦笑いをした。
 そんなことも今やいい思い出だ。

「おまたせしましたー」
「遅くなりました」

 ぼーっとしていると、2人が着替えてきたようで、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
 振り返ると、少し恥ずかしそうにしているエミリスと、あまりに気にしていなさそうなウィルセアが立っていた。

「へー、よく似合ってるじゃないか。ふたりとも可愛いな」

 アティアスは素直に感嘆の声を漏らした。
 エミリスは少し地味だが髪の色と同系色の色の水着が、日焼けしていない真っ白の肌によく映えていた。
 逆に、ウィルセアは健康そうな肌と、エミリスよりも凹凸のあるボディラインが、真っ赤な水着で強調されていた。
 正反対に近いが、どちらも人目を引くのは間違いない。

「ありがとうございます」

 それに先に反応したのはウィルセアだった。

「それじゃ、俺も着替えてくるよ。適当に遊んでても良いけど、エミーはウィルセアから目を離さないでくれよ?」
「はい。おまかせください」

 軽い調子で答えたエミリスは、シートの上にぺたんと座り込んだ。

「ウィルセアさんは泳いできてもいいですよ? 私、目は良いですから」
「いえ、アティアス様が戻られるまで、私も待ちますわ」
「……だ、そうですよ? アティアス様」

 エミリスに振られて、アティアスは頷いた。

「そうか、なら早めに着替えてくるよ」
「時間はありますから、ごゆっくりどうぞ」

 ウィルセアの言葉に頷きながらも、アティアスは早足で更衣室に向かった。
 それを見届けてから、エミリスはウィルセアに話しかけた。

「ウィルセアさん、泳げるんです?」
「……実は泳げないんです。以前来たときはまだ子供でしたし、浮き輪で浮かんでいただけで……」
「なるほど……。私も魔力使わないと泳げませんから、同じですね……」
「泳げてもほとんど意味ないですからね」

 そう言い訳をしながらウィルセアはエミリスの隣に座った。
 彼女の言う通りで、泳げることにほとんど意味はなく、こうして遊びに来た時にどうか、というところだけだった。
 ウィルセアの話にエミリスが頷いたときだった。

「――お嬢ちゃん達、可愛いね。暇なら俺らと遊ばない?」

 横から声を掛けられて、ふたりが振り向いた。
 そこにはアティアスよりは少し年下だろうか、若い3人組の男が水着で立っていた。

「お嬢ちゃんって、私たちのことですか?」
「そりゃそうさ。暇そうにしてるからさ。どう?」

 エミリスがキョトンとした顔で答えると、左端の男が言った。

「……連れ合いがいますので、すみません」
「そんなこと言わずにさ、俺たちの方がいい男だろ?」

 エミリスがやんわり断ったことに対して、男たちは食い下がってきた。
 夫のアティアスを常に第一に考えるエミリスは、少しむっとした顔でウィルセアに聞いた。

「――だ、そうですよ? ウィルセアさん」
「……遊んであげたらいかがでしょうか?」

 ウィルセアは少し含みのある言い方でそのまま返した。
 男達の言う『遊ぶ』とウィルセアの言う『遊ぶ』が違う意味を持っていることに、エミリスはすぐわかった。

「……えっと、はい。わかりました。それじゃ……あなた達の言う『遊び』にお付き合いしましょうか」

 そう言ってエミリスは口角を上げた。

 ◆

「……で、何遊んでるんだよ」

 着替えが終わって戻ってきたアティアスが、その惨状を見て呆れて呟いた。

「えー、暇だったのでちょっと……」

 そう言って口を尖らせたエミリスの前には大きな穴が空いていて、そこに男3人がすっぽり収まってもがいていた。
 アリ地獄のようにすり鉢状に空いた穴の壁を、男達は登ろうとするが、エミリスが魔力で砂を崩して登ることができないようにしている様子。
 そこから「くっそー!」や「なんだこりゃ!」といった声が聞こえていた。

「罪があるわけじゃないんだろ。出してやれって」
「……私たちに話しかけてきた罪は重いですー」
「んな訳ないだろ。エミーはどっかの暴君か」

 そう言って彼女の額を指で突く。

「あうぅ。……こ、この方達が遊びたいって言ってきたから、お付き合いしただけなんですっ」
「そうは言っても、こんな遊びのつもりはなかっただろ……」
「遊びの内容は私が決めますー」
「だから暴君かよって」

 アティアスが苦い顔をして言うと、エミリスは渋々魔力を緩めた。

「遊びはおしまいだそうです。アティアス様のご命令ですから……」

 その後、ようやく息も切れ切れに這い出てきた男達は、そのまま何も言わずにすごすごと立ち去った。
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