上 下
5 / 21

5.

しおりを挟む

 大の大人が三人も入ればぎゅうぎゅうになってしまいそうなコンパクトな転移陣の中に二人で立つ。
 レーシーよりも背の高いロクが近くに立つと、軽く圧迫感を感じる。
 ロクの匂いが鼻をついて、何十年経っても人の体臭というのは変わらないものなんだなと思う。
 ロクの匂いは石けんの匂いににているが、どこか甘さのある匂いが混ざっている。いい匂いだ。自分で調合しているのかな。
 このままロクに抱きついてめいっぱい匂いを吸い込んでみたい気持ちに駆られたが、さすがに今のこの状況でそれをするのはどうなのよ、と思ったので自重した。
 偉いぞ、レーシー。
 レーシーは心中で自分を褒める。
 手持ち無沙汰さにレーシーは自分の髪をくるくると指先に巻き付けては解くのを繰り返した。
 慣れた様子でロクが魔力を行使すると、足元から流れた魔力が魔法陣の文字に染み渡り、床に描かれていた転移陣がうっすらと発光する。
 そうこうしている間にぐにゃりと視界が歪み、脳が揺れる。
 近場で何十年も生きていたレーシーは転移するのも久しぶりだ。転移する時のこの脳への振動が嫌いだった、と思い出した。
 レーシーは目を閉じて胃からせりあがってくるような、嘔吐感をやり過ごす。黙って転移による気持ち悪さに耐えていたが、周りの空気が変わったことに気づいて瞼を上げた。
 ロクの家の一室から王都へ移動したはずの視界は大して変わり映えがない。
 さびれた部屋の中にあるのは転移陣と部屋の隅に丸められた古びたマットだけだ。
 陣があることを知られたくないのだろう。
 人の住んでいる気配はない。陣の周り以外はほこりが積もっている。

「着いたんだよね?」

 失敗したとは思っていないが、思わず確認する言葉が口をついてでてきてしまう。

「着いた。ほら行くぞ」
 
 ロクがごく素気なく言う。
 勝手知ったる他人の家とばかりにロクはずかずかと歩いて行く。

「もぅ、待ってよ!」

 ロクがせっかちなのは相変わらずだ。
 広い背中を追うように家の外に出た。

「う、わ」

 遠くに王城が見える。
 手入れされた大きな木がほとんど見えない高さの塀の中に堅牢な城が聳え立っている。
 古き良き時代に積まれたものに似せて作ったであろう味わい深い色彩のレンガ造りのソレはレーシーか昔見た城の形状とは異なっている。しかし城の奥にかろうじて見える一部の塔はそのままのようだ。
 新旧合わさったチグハグな印象を受ける城だが、レーシー以外の人間は特に違和感を覚えないようだ。
 このチグハグさに慣れてしまったのだろう。

「おねーちゃんって、まだあそこで働いてるよね?」

 小走りで追いつき、ロクの隣に並ぶ。
 ふと気づけば靴も変わっている。
 服を変えたときに一緒に変えてくれていたらしい。歩きやすい。3センチばかりヒールがあるが、太目のもので安定感があった。

「たぶんな。引っ越ししたってのは聞いてない」

 おねーちゃんは王都で魔女の店を持っている。
 裏路地にひっそりとある店だが、おねーちゃんの作る薬を必要としている人間だけが立ち寄れるようになっている。
 王都に店を構えているのは、おねーちゃんの作る薬を求める人間が王都に自由を求めて逃げてくることが多いからだ。 
 魔女によって得意な分野は各々違う。
 かなりのご長寿なおねーちゃんの場合は、得意なものがいくつかあり、その一つが「縁切り」と言うものだ。
 夫からの家庭内暴力や、凄惨な虐待、職場での上司による虐め等その対象は多岐にわたる。
 とはいえそうほいほいと縁切りさせてしまうと、問題も起こりやすいので、おねーちゃん自ら縁切りするにふさわしい問題なのか精査しているのである。
 かなり使い勝手のいいものだが、魔女への報酬は莫大である。普通にいじめられてる人間には手が届かない。
 基本貴族御用達となってしまっている。

 人と関わると疲れるタイプのレーシーからすればいちいち話しを聞いているというのは信じがたいが、おねーちゃんはかなりのおしゃべりだし、人の噂などを集めるのが趣味でもあるので一石二鳥なんだろう。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

処理中です...