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ストーリーテラー

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薄暗い部屋に置かれているのは、昔ながらのブラウン管テレビ。
もちろん映っているのは恋模様。
明らかに目に悪そうな青白い光を放ち、静かに恋を映している。
「えー!なになに??」
「だから、目に悪いって。離れて観なさい」
テレビの目の前で座り込み、一時停止された画面をじっと眺め、ブルーライトを一身に浴び続けている幸福そうな少女。
それを注意し、少女を持ち上げて、テレビから一定の距離が保たれているソファに座らせる、唇が薄く、少しだけ不幸そうな青年。
「これってどういうこと?あの女の人は男の人の事を好きになっちゃったの?」
幸福そうな少女が、隣に座っている不幸そうな青年に問いかける。
先程まで観ていた恋模様の話のことを。
「どう思う?」
微笑みに近い表情で、青年は少女に問い返す。
「うーん、好きなのかな」
「どうしてそう思ったの?」
「だって、男の人にドキドキしてるんでしょ?」
「うん。そういう風に映ってるね」
「じゃあ、好きってことでしょ?ハグしてる時も、とっても嬉しそうだったし」
ハグなんて言葉、いったい何処で覚えたのだろう。
「じゃあ、好きってことなんだろうね」
青年は、少女の言ったことをしっかりと聞き、丁寧に肯定した。
「でも……」
しかし、少女はあまり納得していない様子である。
「でも?」
「どうして好きになっちゃったの?」
少女の口からそんな質問がくるとは思いもしていなかった、そんな様子で青年は少女を見つめる。
しかし、直ぐに笑顔になった。
少し不幸そうな青年は、笑うととっても不幸そうな青年に見える。
「少しだけ難しい話になるけど、知りたい?」
泣き笑いにも似た表情で少女に向けている青年の顔には、一切の負の感情が見られなかった。
「知りたい!!」
無垢なる少女は、不幸など知りもしない表情で青年に答える。
「あれはね。本当は好きって言うのとは少し違う感情なんだよ」
「え?違うの?」
「大まかには同じなんだけどね。少しだけ特殊って言うか」
男は少しの間考える素振りを少女に見せる。
「あの女の人が男の人に向けている感情は、依存っていうものなんだ」
「いぞん?」
「そう、依存。簡単に言うと、好きっていうのは、あの人と離れたくないっていう気持ち。でも依存は、あの人がいなくなっちゃうと生きていけないっていう気持ち」
解りやすいように、丁寧に教えたつもりだったが、少女は算数の問題を解く様な表情になり、明らかに困惑していた。
「……なにが違うの?」
「そうだよね。基本的には変わらないんだ。好きも依存も」
微笑しながら、少女の頭をポンポンと撫で、青年は説明を続けた。
「でもね、その少しの違いは、恋にとっては大きな分かれ道なんだよ」
「………?」
「今までの男の人の行動は、とてもじゃないけど、普通の人からしてみればおかしなことだよね?」
そう聞かれて、少女は少し考える仕草をする。
「えっと、いきなり結婚したいとか言ったり、抱きついたり、あと、変な人形を作ってたり」
「そうそう。全部上げればキリがない。でもさ、その変な行動のどれもが全部あることに繋がってるって考えたら、どこに繋がると思う?」
「繋がってるの?全部?」
「うん。全部」
「……うーん?」
見よう見まねの様に腕を組み、宙を仰いで見せる少女。
「えっとね。全部、女の人が好きって言う愛情表現に繋がってるんだ」
「あー、本当だ!!じゃあ、男の人は、女の人の事が好きってことだ!!」
「うーん、ははは、実は男の人も依存なんだけどね」
「ええー??」
なにがなんだか解らなくなってきたという様子で、頭を抱える少女。
「まあ、男の人は後になって解ってくる事だから、今は気にしなくていいよ」
「うーん?」
青年は様々な表情で笑ってみせ、少女を楽しませる様に、からかう様に続ける。
「そして、その愛情表現を受けていた女の人は、最初は男の人を不審がって怖がってたんだけど、でも、あることに気づいて、男の人を少しだけ受け入れることにしたんだ」
「あること?」
解らないなりに、少女は少しでも理解しようとしているらしく、身を乗り出して食いついてくる。
「うーん、解りやすく言うと、男の人と私は同じなんだって気づいたんだ」
「同じ?」
「そう。ああ、この人も私に依存したいんだってね」
「……うーん」
「女の人は生まれてからずっと酷い扱いを受けてきたって言ってたでしょ?気にしていない様子だったけど、腕のない自分に対しての周りからの態度に、いつも疲れてたんだと思う」
「…うん」
少女は悲しそうな顔をして、軽く頷いた。
「だから女の人は気づいたんだ。この男は私と同じだってね。だから、必然的に受け入れてしまった」
「……………」
「あ」
ウトウトと眠たそうに頭を上下に揺らしている少女を見て、思わず苦笑する。
悲しそうな表情ではなく、ただ眠たかっただけの様だ。
この頃の年の子は、急に眠ってしまうから困る。
「難しすぎたね」
ゆっくりと少女を横にして、優しく頭を撫でる。
「でもね、依存の先には、必ず好きがあるものだから、大丈夫」
ブラウン管テレビに映る映像は、もちろん恋模様。
両腕のない女と、おかしな男の、恋。
それは大きく歪んでいて、支離滅裂で、いい加減で、愛が深く、多様性のある、恋。
「多様性の事を考えれば腕だよね。恋は」
女は、男に出会うことによって、初めて両腕を手に入れることが出来るのかもしれない。
しかし、それは当分先の話で、今は男を少しだけ受け入れただけの、共依存でしかない。
それでいいのならそこまでの行為。
それは恋ではない。
隣で眠っている少女を見つめ、ため息をひとつ漏らす
「……おやすみ、ティー」
不幸そうな青年は、テレビのリモコンらしきものを手に取り、ボタンをひとつ押した。
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