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ヴィーナス 3
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捨てられた。
うん、この響きが一番しっくりくる。
私は、生まれてすぐに親に捨てられたのだ。
理由は、言うまでもない。
両親は、私を親戚の夫婦の家に押し付けた。
この子はティーという名前だということと、お金は毎月振り込むということを約束して去っていったのだという。
それから約19年間、その親戚の家でお世話になっていた。
その夫婦には子供が出来なかった。
しかし、おじさんやおばさんは、私に絶対にお父さんとかお母さんとは呼ばせなかった。
赤ん坊の時からその家にいるのにだ。
私を愛することなどしなかった。
むしろ邪魔者扱いに近い。
2人は私の体を洗ったことなどないし、食事も与えてくれた記憶もない。
全てヘルパーさんに任せっきりだった。
そのヘルパーも私を嫌っていた。
会話をする時といえば、話題は常に私の両親の愚痴や、私の悪口ばかりだった。
よく言っていたのは、『お前の”ティー”は足りないの”T”だ』だった。
それでも私を住まわせていたのは、月に貰えるお金のためだったのだろう。
それなりの額だったらしい。
しかし、それも我慢の限界だったようで、私が19歳の夏、つまりは一か月前にとうとう家を追い出された。
1人の人間が生活できるくらいの金はやるから、どこか遠くへ行ってくれ。
最後まで変わらぬ態度で、命令された。
県を2つほど跨いだ安いアパートを2人が決め、ヘルパーを雇い、めでたく私の追い出しに成功した。
正直、私は嬉しかった。
2人とは仲は良くなかったし、その周辺の地域も好きではなかったから。
小学校から高校まで気持ち悪がられた思い出しかなかった。
小学校低学年の頃に、年上の男の子に言われた言葉を今でも憶えている。
『腕がなくても幸せなの?』
その頃の私は弱かったから、わんわん泣いた。
男の子は逃げ出した。
今なら幸せだと言える。
たとえ本心ではなくても、堂々と。
虚勢を張るのは得意だ。
それに今は自由だ。
どんな時間に出歩いても構わない。
近所の目を気にする2人はいないのだから。
だから散歩を始めた。
もしかすると私は、自分は自由だという意思表示をしたかったのかもしれない。
朝の時間帯に散歩をするのに深い意味はない。
夜でもいいのだ。
ただ、夜より朝が好きなだけ。
壁掛け時計を見ると、時刻は午前12時を少し過ぎた頃だった。
……散歩しようか。
そう、別に朝じゃなくてもいいのだ。
夜も人通りは少ない。
朝じゃないとダメな理由などないのだ。
自分に制限をかけなくても、もうよいのだ。
座っていた椅子から腰を浮かせ、狭いリビングから抜け出し、玄関でサンダルを履き、足でドアを開けた。
目の前に黒い闇が見える。
朝の暗さとは違い、真っ黒だ。
一歩前に進み、自分が闇に侵食していくのを感じ、視界が慣れていくのも感じた。
その時、ふと妙なことを考えた。
あの男は、朝の時のように玄関の前にいるのだろうか。
こんにちはではなく、こんばんはと言うのだろうか。
どうやら、私はあの男にかなり恐怖しているらしい。
うん、この響きが一番しっくりくる。
私は、生まれてすぐに親に捨てられたのだ。
理由は、言うまでもない。
両親は、私を親戚の夫婦の家に押し付けた。
この子はティーという名前だということと、お金は毎月振り込むということを約束して去っていったのだという。
それから約19年間、その親戚の家でお世話になっていた。
その夫婦には子供が出来なかった。
しかし、おじさんやおばさんは、私に絶対にお父さんとかお母さんとは呼ばせなかった。
赤ん坊の時からその家にいるのにだ。
私を愛することなどしなかった。
むしろ邪魔者扱いに近い。
2人は私の体を洗ったことなどないし、食事も与えてくれた記憶もない。
全てヘルパーさんに任せっきりだった。
そのヘルパーも私を嫌っていた。
会話をする時といえば、話題は常に私の両親の愚痴や、私の悪口ばかりだった。
よく言っていたのは、『お前の”ティー”は足りないの”T”だ』だった。
それでも私を住まわせていたのは、月に貰えるお金のためだったのだろう。
それなりの額だったらしい。
しかし、それも我慢の限界だったようで、私が19歳の夏、つまりは一か月前にとうとう家を追い出された。
1人の人間が生活できるくらいの金はやるから、どこか遠くへ行ってくれ。
最後まで変わらぬ態度で、命令された。
県を2つほど跨いだ安いアパートを2人が決め、ヘルパーを雇い、めでたく私の追い出しに成功した。
正直、私は嬉しかった。
2人とは仲は良くなかったし、その周辺の地域も好きではなかったから。
小学校から高校まで気持ち悪がられた思い出しかなかった。
小学校低学年の頃に、年上の男の子に言われた言葉を今でも憶えている。
『腕がなくても幸せなの?』
その頃の私は弱かったから、わんわん泣いた。
男の子は逃げ出した。
今なら幸せだと言える。
たとえ本心ではなくても、堂々と。
虚勢を張るのは得意だ。
それに今は自由だ。
どんな時間に出歩いても構わない。
近所の目を気にする2人はいないのだから。
だから散歩を始めた。
もしかすると私は、自分は自由だという意思表示をしたかったのかもしれない。
朝の時間帯に散歩をするのに深い意味はない。
夜でもいいのだ。
ただ、夜より朝が好きなだけ。
壁掛け時計を見ると、時刻は午前12時を少し過ぎた頃だった。
……散歩しようか。
そう、別に朝じゃなくてもいいのだ。
夜も人通りは少ない。
朝じゃないとダメな理由などないのだ。
自分に制限をかけなくても、もうよいのだ。
座っていた椅子から腰を浮かせ、狭いリビングから抜け出し、玄関でサンダルを履き、足でドアを開けた。
目の前に黒い闇が見える。
朝の暗さとは違い、真っ黒だ。
一歩前に進み、自分が闇に侵食していくのを感じ、視界が慣れていくのも感じた。
その時、ふと妙なことを考えた。
あの男は、朝の時のように玄関の前にいるのだろうか。
こんにちはではなく、こんばんはと言うのだろうか。
どうやら、私はあの男にかなり恐怖しているらしい。
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