上 下
7 / 9

なな

しおりを挟む


「ここだよー、この部屋にライいるよー!」

 リューナの借りていた部屋と反対側の廊下を進み、何度が曲がった先の扉の前でピステルは声をあげた。
 道を覚えようと進んでいたはずなのに、たどり着くまでの道順を全く理解できなかった。
 確かに廊下を進んでいたのだ。廊下のはずなのに、ピステルに指示されるままカーテンの裏側を通ったり、花瓶を飾っている飾棚の下をくぐったり、階段を後ろ向きに登ったり。この建物、二階建てじゃなかったんだ。

「案内ありがとう、お願いだから元の部屋にも案内してね……」

 正直、一人で戻れる気がしない。

 コンコンと扉を叩く。中からの反応はない。続けて、コンコン。

「ほんとに中にいるの?」

「さっきいたの見たもの。ラーイー!」

 コンコンコンコンッ! と、ピステルは小さい手を力一杯振り上げて扉を連打する。中からの反応はない。

「これだけ叩いて気づかないはずないんだから! いいよ、入っちゃおう」

 言うが早い、ピステルは取手に近づき全身で引っ張る。小さい隙間が開くのかと思いきや、しっかりリューナも通れるだけ開いた。
 そのまま先行して、ラーイー! と声を上げなら中へと進んでいく。
 廊下に取り残されても困るので、その後ろをリューナもついていく。

 入った瞬間から、別世界へと紛れ込んだようだった。
 書物を痛めないように明かりを抑えた薄暗い中で、絶妙に背表紙の文字は判別できる。奥の明るい方、薄いカーテンのかかった窓際のソファで、彼はピステルに突かれながらも手にしている書物から目を離さない。
 あぁ。とか、うん。とか、のらりくらりと相槌をしながら、髪も引っ張られている。
 さすがに、リューナが目の前までくると顔をあげた。

「やっと起きてきたのか」
「おかげさまで、ぐっすりよ。遅くなってごめんなさいね」
「せっかくの玩具が早々にダメになったのかと思ったが……壊れてるところもないなら別に構わない。まだ寝てなくていいのか?」
「普段以上によく眠れた気がするし、ありがとう。ご心配おかけしました?」
「お前一人、居てもいなくても変わらないからな。心配ならピスが十分してるだろうから俺はしない」

 もー! またそんなこと言って! ずっと不機嫌だったくせに!
 ピステルが大声で否定するのにも、表情を変えずにそんなんことないと否定する。

 たぶん、これが普段通りの二人のやりとりなのだろう。
 ちょっと微笑ましくなって、つい笑ってしまった。

「ところで。私まだ、自己紹介もしてなかったわね。改めまして、リューナです。これからよろしくお願いします」
「ライだ。散々ピスが叫んでるからすでに知ってるだろうけど。日々に飽きてる悪魔だ」
「その悪魔だって自称、ほんとなの?」

 改めて対峙しても、牙やツノがあるわけでもない。
 人間離れした精巧さは確かにあるが、違いといえばそれくらいに見える。

「ヒトとしての理を離れてるんだ、悪魔と称されても間違いじゃないだろう」
「ヒトよりもちょっと長生きしてるだけなのにね」

 なんでもないことのように、ピステルが相槌を打つ。

「そんなに年寄りなの?」

 せいぜい、リューナよりも少し上、三十代にも見えない。童顔なの?

「聞いてるだろうけど、ここは外の世界とは時間の流れがまず違う。基本的に関わりも遮断してるから、今更何を言われようが正直どうでもいいが。今は神歴何年だ?」
「八〇九年」
「俺の生まれは二五八年だ」
「五五一歳!?」
「お、計算早いんだな」
「ありがと。……っていや、そうじゃなくて! 見えない! 仙人か何かなの!?」
「だから悪魔だってば」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...