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きゅう
しおりを挟む会場の端のベンチに腰掛けながら、小分けに取り分けられた皿を片手に舌鼓を打つ。
元々、頭数合わせで呼ばれているのは自覚しているのだ。せっかくなら美味しいものを勉強させてもらおうと、色気よりも食い気に開き直っている。もちろん、視界の端にアンナを入れておくことは忘れていない。夫人に挨拶に行く順番がきたら呼ばれるだろうから。
アンナは社交が苦手とはいいつつ、それなりに対応ができているようにみえる。もちろん、被っている猫の数が半端ないのと、それを長時間キープしておくのが難しいのだろうけど。
昼用のドレスって大人しいのね、と、目の保養とばかりにあたりを見回す。ミシュリーヌと同様に、すすんで壁の花になっている女性も少なくはない。違いといえば、彼女たちは少なくとも二人以上で固まっているし、手には料理の載った皿ではなくドリンクの入ったグラスを持っている。
「楽しんでいらっしゃいますか」
そろそろ新しいものをいただこうかしら、と立ち上がった瞬間に声をかけられた。
「……えぇ、もちろん」
振り返り、微笑んで返す。
悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたい。急に背後から肩を叩かれれば、それは驚いても無理はないだろう。
「素敵なお庭ですし、お料理も美味しいですもの」
本人はスマートに声をかけたつもりなのだろう、グラスを片手に揺らしながら佇んでいる。
落ち着いた色合いの正装に、精悍なというには少し幼い顔立ち。積極的なのはいいが、私は出会いを求めているわけでない。
角が立たないように、お呼びではないのですよと返してみたのだが。
「先ほどからお一人でいらしたので、よければあちらでご一緒にいかがですか」
通じなかったみたい。好きでお一人様をしているので、そっとしておいてくれないかしら。
あちらで、と示された先で軽く手を挙げているのは、おそらく彼の友人たち。ほどほどの距離でアンナの近くにいたいので、そこまで移動するのは本意ではない。
大変ありがたいのですが、と目を伏せながら素直に断ろう。
「本日は友人の好意で参加させていただいているものですので、高貴な方の会話に混ざるには教養も足りない身かと存じます。ご容赦くださいませ」
恥の上乗せをさせてくれるなと言外に込める。
「残念ですね。では機会があればまた」
意を汲み取ってくれたようで、彼は背を向けて離れていった。
安堵で深い息をつき、こんな対応を毎回のらりくらりとしていくとなると、アンナの猫が剥がれていくのにも納得。できなくはないけど、疲れる。
「可愛い顔してたのに、もったいない」
「うん、いつの間にこっちまで来てたのかしらアンナってば」
「ミミが名残惜しそうに彼を見送ってるあたりから」
「ないから。とんだ見間違いだからね」
ありえない。ほんとお呼びでない。見ていたのなら助け舟だしてくれてもいいのに。
「呼びにきたけど、声かける前に対処されちゃってたから出る幕がなかったのよ。ミミ、怒らないで?」
「怒るつもりはないけど。もうご挨拶に行くのね。思ったより早い気がするけど」
「なんだろうね? 二組前の人たちが会場に戻ってくるのが早かったのよ。だから、ちょっと早めに向かってましょう。遅れるよりは断然いいから」
近くにいた給仕の人に、手持ちのお皿とグラスを預けて屋敷側へ向かう。
アンナに連れられて、公爵夫人の元へ。
向かったのは中庭の会場から緩やか階段を登り、小高いスペースだった。生垣で区切られているから、会場からはわからなかったけれど、ここからなら下の風景もよく見える。
公爵夫人はすでに席についていらして、私たちを目にすると、どうぞ近くから埋めていってと声をかけてくださった。
楕円形のテーブルで夫人の右側に並んで座らせてもらう。あと十人くらいは参加されるのかな。
「お招きにあずかりました、ランカスター領のアンナ・ベクトルと申します。本日は晴天のなか開催の運びとなり参加できましたこと感謝申しあげます」
「堅苦しくしなくてもいいわよ。まだ苦手な子も多いだろうし、この会では雰囲気を楽しんでもらえればそれでいいの。その分、おしゃべりを聴かせて?」
砕けてくれないと、楽しい話も出てこないでしょう?
そう言ってにっこりと微笑む夫人。
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