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恋人ごっこのはじまり

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「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」

目の前の剣士、レイン君はそう言った。
さわやかな青い髪をしたこのイケメンは、剣を振る姿がとても艶やかなのだ。

それに引き換え、私ユーリルは平凡そのものだ。先ほどレイン君と出逢わなければ、こうして話す事もないだろう。

15分ほど前に遡る。

ここは、この国において唯一の国立の学び舎であり、貴族のみならず才能のある者であれば、出自年齢を問わず入学が可能の王立学園だ。

たまたま貴族の、軽そうな御曹司に声をかけられた事で、その婚約者の女生徒に目をつけられてしまった。

先ほども噴水のそばで突き飛ばされた。背中から水をかぶる覚悟を決めた時、クラスメイトのレイン君が走ってくるのが見えた。

彼は右手をパチンと鳴らし、風を操り、私の背を噴水とは反対側に押し返した。

呆然とする私に彼は言った。

「大丈夫か!」
「あ…ありがとう」

女生徒はとっとと逃げ去り、私たち二人だけになった。

魔法で抵抗することもできず、突き飛ばされただけで軽く倒れそうになるなんて。我ながら情けなくて俯くと、レイン君がこう言った。

「あのさ…ユーリル、俺の…婚約者のフリをしてくれないか」

聞き間違いかと思い首をコテンと傾ける。彼はしまった、という顔をして口元に手を当てた。

「ええと、君が嫌がらせを受けていることは知っている。そして俺は、いろんな令嬢から声をかけられて困っている」
「?」
「俺の家はそこそこ名のある貴族だ。さっきの奴もお前には迂闊には手を出せなくなる。そして俺は令嬢達からのアプローチが減る。お互いに利点があると思わないか?」
「でもそれでは、レイン君のご家族をも騙す事に…」
「卒業まででいい。必ずユーリルにとって有利な形で別れると約束する」

私はしばらく黙り込んで考えた。

誠実で真面目なレイン君なら約束をたがえることはしないだろう。

我が家は平民だがそこそこ大きな商家だ。貴族との繋がりは、多いに越したことはない。レイン君の名を出せば親もきっと大喜びするだろう。

「わかった、その話に乗る事にする」

そう言うとレイン君はほっとした表情で微笑んだ。

普通ならこんな提案に乗る方がおかしいだろうが、相手が彼だからこそ受け入れた。私はレイン君に、少なからず好意を抱いていたからだ。

こうして二人の『恋人ごっこ』がスタートした。

レイン君は同じ学園に通う王族を守る近衛騎士として、朝から鍛錬をしている。

放課後もほぼ鍛錬場にいて、私がそれを見学する日も増えた。
流れるような剣捌きと、それに追随する彼の青色の髪がとても美しい。

「見ていても楽しくないだろ?」
と汗を拭きながらレイン君は言うが、私は彼が鍛錬をしているのを見るのがとても好きだった。

昔はちらっと陰から見ていたのだが、今は堂々と見に行ける。

嫌がらせはピタリと止まった。以前とは周囲の反応がまるで違う。学園ではとても過ごしやすくなった。

レイン君が周囲に公言したのだ。
「ユーリルに嫌がらせをする生徒は把握している、次に嫌がらせをした時は我が一族の名で抗議させていただく」と。

そんなある日、留学生が来る事になった。

名前はエリアナといい、同性から見ても美しい少女だった。

キラキラと光り輝く銀糸の髪も、ルビー色の瞳も、可愛らしい声を紡ぎ出すピンクの唇も、何もかもが美しく人の目をひいた。

レイン君がエリアナさんを見ながら「ああやって何人もの男をダメにしていくのか…」と遠い目をして言った。

なぜそんなことを言うのかと尋ねてみたが、レイン君は「姉が、彼女は危険だと言うんだ」と言葉を濁すだけだった。

しかし日常の中で、エリアナさんはレイン君に話しかけるきっかけを探しているようだった。

あらゆる場所でエリアナさんを目撃する。レイン君の行く場所を先回りしているようにも見えるほどに。

本当は知り合いなのかと聞いてみたが、彼女が留学してくるまでは会ったこともないよとレイン君ははっきりと断言した。

また、エリアナさんはレイン君だけでなく複数の男子生徒に声をかけていると友人から聞いた。しかも身分や肩書きで男を選んでいるらしい。

同学年の第5王子や彼の近衛騎士、文官の息子など、女生徒なら誰もが憧れる存在に片っ端から声をかけているのよ、と友人は憤慨していた。そこには友人の婚約者も含まれていたからだ。

エリアナさんを取り巻く環境は、あっという間に泥沼化していった。

皇族を含め、複数人の男性と仲良くする姿は学校側でも問題になったが、なぜか停学などにはならなかった。

一体なんの権力がエリアナさんに働いているのだろうかと思うと、生徒たちは怖くて近づくことすらままならない状況だった。

レイン君の方はというと、徐々に私への態度が変わっていった。

とにかく人前でのスキンシップが多くなったのだ。まるでいろんな人に見せつけるかのようだった。

今日はカフェテラスで二人きり。私の好きなものを2つオーダーして半分こしようと提案してきた。

放課後に王都中のカフェを2人で巡ろうと言い出したのも彼だ。

「ほら、ユーリルの好きないちごだろ?」
クリームをたっぷり乗せたいちごをスプーンに乗せて、私の口元へ運んでくる。

レイン君ってこういう事もするんだ、と新たな一面に驚きつつ、私はただただ顔を真っ赤にするのみ。

「赤くなるなよ…こっちも照れるだろ…」
レイン君も頬を赤くしている。

二人でモジモジして、甘酸っぱい空気を作っているのがなお一層恥ずかしすぎる。

通りすがりの学園の生徒に見られて、さらに顔が熱くなる。この恋人ごっこが、レイン君の評判を落としてなければいいけれど。

「レイン君、放課後、鍛錬しなくていいの?」
「同期に遅れは取らないよ」

にっこり微笑む彼の、前髪の隙間で揺れる瞳に気付いていたが知らないふりをした。

これは勘だが、きっとレイン君はエリアナさんとの接触を避けるために、私と一緒にいる。最近は放課後に訓練場にいると、必ずエリアナさんを見かけたのだ。

私が委員会の仕事で鍛錬場に不在の時、エリアナさんはレイン君に周囲が引くほど猛アピールしたらしい。

きっとそれで、レイン君は訓練場に行きづらくなったのだと思う。

時々エリアナさんがレイン君を見ている事には気づいていた。

でも残り少ない学校生活で、あとどれくらいレイン君と一緒にいられるだろうと思うと、彼の隣は譲れなかった。

私は卒業式最後の日まで彼女でいたい。
それきり彼との関係が断たれようとも。

空になったパフェグラスを眺めながら、私はそう考えていた。


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