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17 レティシア・リノス 王様視点
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「王様にご挨拶いたします。レティシア・リノスです。」
そう名乗りつたない作法でカーテシーをする少女。
これまで何度となく魔法での治療を受け、何本ものポーションを飲んだけど、こんな気分は初めてだ、どこも痛くないし苦しくもない。彼女の魔法は温かく僕の体を包み込む。
ふわふわと体が浮き上がるような感覚で目覚め、傍らに立つ彼女を見た時はやっと天使が迎えに来てくれたのかと思った。
僕はもう目覚めたくなかった。
生まれてからのほとんどをベッドの上ですごし、いつもどこか痛くて苦しかった。
母上はいつも泣いていたし、クロッカス夫人はいつも怒っていた。そしてそれは僕のせいだと侍女達が言う。
このまま同じ毎日が続くのならもう終わりにしてもいいじゃないか。そう思っていたのに。
この少女、レティシアはあんなに怖かったクロッカス夫人を退け、部屋を移動させた。
新しい部屋はずいぶん前から僕のために用意されていたようで何もかも揃っていた。
この部屋でこれからの治療方針を話し合うこととなったが、コンコンとドアをノックする音がした。
恐る恐る後宮の侍女が顔を覗かせる。
「あの、クロッカス夫人からいつもの薬湯をお持ちするようにと言われてまいりました。」
とても臭くてまずい薬だ。それを見たレティシアが、
「これはエバンス先生の処方ですか?」
「いいえ、王様のご婚約者であるロズウェル侯爵令嬢グロリア様が手を尽くして取り寄せた大変貴重な薬です。害は無いので…。」
レティシアはちょっと考えてから侍女に、
「あなた、飲んでみて。」
「えっ、貴重な物なので私などが…。」
飲みたくはないだろう。臭いを嗅いだだけで吐きそうだもの。
「お前、まさか毒を!」
エバンス先生の顔色が変わる。
「そんな!飲みます、飲みます。」
あわてて口をつけるが、
「うっ…うぇ…お…」
えづきながら飲みほした。
が、吐き出した。
「申しわけございません。申しわけございません。うっ…うぅ。」
泣きながら吐いた物を片付ける。
「もうこの薬は持って来ないで。大人でも吐くような物を飲ませるなんて拷問です。吐いたり咳をするということはそれだけで体力を消耗しますから。」
エバンス先生も頷く。
もう飲まなくてもいいのか。よかった。
「はい。」
泣きながら部屋から出て行こうとしたが、
「ちょっと待って、あなた名前は?」
「エミリと申します。」
「エミリはずっと王様のお世話をしていたの?」
「はい。王様がお生まれになった時からです。」
「では、明日からあなたも王様の専属メイドになってもらえないかしら?」
なぜ?
「王太后様が心配なさっているでしょうからあなたが報告して差し上げて。」
母上は心配しているだろうか?いつも僕なんかいないほうがいいのではないかと思っていた。
今後の治療方針はどうなったかというと、これといった治療はしないらしい。ただレティシアが常に側にいるだけ。
貴族特有の夜会中心の生活は止めて庶民のように朝早く起きて三食とおやつをきちんと食べる。
そして遊ぶ。ただそれだけだという。
「子供はね、食べて遊んで寝る。勉強はちょっとだけしてればいいのよ。」
勉強はずいぶん遅れていると思う。
いつもクロッカス夫人には「こんな程度では立派な王様にはなれません!」と言われていたから。
話しが終わる頃、晩餐はどうするかと侍女が聞いた。
「お部屋でお召し上がりになりますか?それとも食堂にご用意いたしますか?」
「食堂にして下さい。」
僕の意見ではなくレティシアが答える。
もともと僕が意見など言ったことはない。
クロッカス夫人がレティシアに変わっただけだ。
だが、この部屋から食堂までは遠い。後宮からの移動は車椅子だった。この車椅子はグロリアが考案し、作らせたものでとても便利だ。
「この車椅子は処分するか足の不自由な方に差し上げて下さい。」
なんだと?
「ですが、王様の体力では…。」
エバンス先生の言う通りだ。
「王様にはちゃんと動く足が二本もあります。歩いて下さい。」
身支度をする間エバンス先生とレティシアはとなりの別室へ。
不安がつのるがどうしたら。
新しい侍女達は無駄口をたたくことなく、速やかに作業をこなす。
寝間着以外の服を着たのはいつぶりだろう。
「うわぁーステキですね。」
着替え終えた僕を見てレティシアが言うが、誉め言葉など嬉しくもない。
長い廊下を歩き始めるとすぐに息が苦しくなってきた。
「大丈夫ですよ。」
そう言って手をかざす。回復だ。
少し歩いては回復魔法をかける。それを繰り返す。
「ところで王様は何をしている時が一番楽しいですか?」
楽しいとはどういうことだろう。
「…わからない。」
「んーじゃあ、何が好き?」
「…。」
わからない。
必要なものは要求しなくても与えられて不自由したことはないから自分から望んだことなどない。むしろ望むなどとは王として恥ずべきことだと教えられた。すべてを手にしているのが王なのだから。
「つまんない子ね。(ボソッ)」
は?今なんと言った?
「じゃあ、君の楽しい事は何?」
「んー、町の子供達とかけっこしたり、大人にまじって森を探検したりかな?」
僕にはできないことばかりだな。
「でも、一番楽しいのは悪巧みしてる時ね。」
は?
「レティシアは悪い子なの?」
「誰かを驚かせるのってすごく楽しいのよ。驚いた人もその後みんな笑顔になるし。」
意味がわからない。
「それにね、いい女はだいたいちょっと悪なのよ。」
本当に意味がわからない。
そう名乗りつたない作法でカーテシーをする少女。
これまで何度となく魔法での治療を受け、何本ものポーションを飲んだけど、こんな気分は初めてだ、どこも痛くないし苦しくもない。彼女の魔法は温かく僕の体を包み込む。
ふわふわと体が浮き上がるような感覚で目覚め、傍らに立つ彼女を見た時はやっと天使が迎えに来てくれたのかと思った。
僕はもう目覚めたくなかった。
生まれてからのほとんどをベッドの上ですごし、いつもどこか痛くて苦しかった。
母上はいつも泣いていたし、クロッカス夫人はいつも怒っていた。そしてそれは僕のせいだと侍女達が言う。
このまま同じ毎日が続くのならもう終わりにしてもいいじゃないか。そう思っていたのに。
この少女、レティシアはあんなに怖かったクロッカス夫人を退け、部屋を移動させた。
新しい部屋はずいぶん前から僕のために用意されていたようで何もかも揃っていた。
この部屋でこれからの治療方針を話し合うこととなったが、コンコンとドアをノックする音がした。
恐る恐る後宮の侍女が顔を覗かせる。
「あの、クロッカス夫人からいつもの薬湯をお持ちするようにと言われてまいりました。」
とても臭くてまずい薬だ。それを見たレティシアが、
「これはエバンス先生の処方ですか?」
「いいえ、王様のご婚約者であるロズウェル侯爵令嬢グロリア様が手を尽くして取り寄せた大変貴重な薬です。害は無いので…。」
レティシアはちょっと考えてから侍女に、
「あなた、飲んでみて。」
「えっ、貴重な物なので私などが…。」
飲みたくはないだろう。臭いを嗅いだだけで吐きそうだもの。
「お前、まさか毒を!」
エバンス先生の顔色が変わる。
「そんな!飲みます、飲みます。」
あわてて口をつけるが、
「うっ…うぇ…お…」
えづきながら飲みほした。
が、吐き出した。
「申しわけございません。申しわけございません。うっ…うぅ。」
泣きながら吐いた物を片付ける。
「もうこの薬は持って来ないで。大人でも吐くような物を飲ませるなんて拷問です。吐いたり咳をするということはそれだけで体力を消耗しますから。」
エバンス先生も頷く。
もう飲まなくてもいいのか。よかった。
「はい。」
泣きながら部屋から出て行こうとしたが、
「ちょっと待って、あなた名前は?」
「エミリと申します。」
「エミリはずっと王様のお世話をしていたの?」
「はい。王様がお生まれになった時からです。」
「では、明日からあなたも王様の専属メイドになってもらえないかしら?」
なぜ?
「王太后様が心配なさっているでしょうからあなたが報告して差し上げて。」
母上は心配しているだろうか?いつも僕なんかいないほうがいいのではないかと思っていた。
今後の治療方針はどうなったかというと、これといった治療はしないらしい。ただレティシアが常に側にいるだけ。
貴族特有の夜会中心の生活は止めて庶民のように朝早く起きて三食とおやつをきちんと食べる。
そして遊ぶ。ただそれだけだという。
「子供はね、食べて遊んで寝る。勉強はちょっとだけしてればいいのよ。」
勉強はずいぶん遅れていると思う。
いつもクロッカス夫人には「こんな程度では立派な王様にはなれません!」と言われていたから。
話しが終わる頃、晩餐はどうするかと侍女が聞いた。
「お部屋でお召し上がりになりますか?それとも食堂にご用意いたしますか?」
「食堂にして下さい。」
僕の意見ではなくレティシアが答える。
もともと僕が意見など言ったことはない。
クロッカス夫人がレティシアに変わっただけだ。
だが、この部屋から食堂までは遠い。後宮からの移動は車椅子だった。この車椅子はグロリアが考案し、作らせたものでとても便利だ。
「この車椅子は処分するか足の不自由な方に差し上げて下さい。」
なんだと?
「ですが、王様の体力では…。」
エバンス先生の言う通りだ。
「王様にはちゃんと動く足が二本もあります。歩いて下さい。」
身支度をする間エバンス先生とレティシアはとなりの別室へ。
不安がつのるがどうしたら。
新しい侍女達は無駄口をたたくことなく、速やかに作業をこなす。
寝間着以外の服を着たのはいつぶりだろう。
「うわぁーステキですね。」
着替え終えた僕を見てレティシアが言うが、誉め言葉など嬉しくもない。
長い廊下を歩き始めるとすぐに息が苦しくなってきた。
「大丈夫ですよ。」
そう言って手をかざす。回復だ。
少し歩いては回復魔法をかける。それを繰り返す。
「ところで王様は何をしている時が一番楽しいですか?」
楽しいとはどういうことだろう。
「…わからない。」
「んーじゃあ、何が好き?」
「…。」
わからない。
必要なものは要求しなくても与えられて不自由したことはないから自分から望んだことなどない。むしろ望むなどとは王として恥ずべきことだと教えられた。すべてを手にしているのが王なのだから。
「つまんない子ね。(ボソッ)」
は?今なんと言った?
「じゃあ、君の楽しい事は何?」
「んー、町の子供達とかけっこしたり、大人にまじって森を探検したりかな?」
僕にはできないことばかりだな。
「でも、一番楽しいのは悪巧みしてる時ね。」
は?
「レティシアは悪い子なの?」
「誰かを驚かせるのってすごく楽しいのよ。驚いた人もその後みんな笑顔になるし。」
意味がわからない。
「それにね、いい女はだいたいちょっと悪なのよ。」
本当に意味がわからない。
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