お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第四十七話②『放課後のデート』

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 特にどこかへ行くという話は出ておらず、嶺歌れか兜悟朗とうごろうがこれからどこに向かおうとしているのかを知らされていなかった。

 ただ嶺歌としては兜悟朗にこうして会えている事自体が嬉しい話であり、それ以上を望んでもいなかった。

 ゆえにこのままドライブで終わったとしても不満になる筈もなく、きっと喜んで今日の一日を悔いなく終えられる事だろう。

 車に乗車してから三十分ほどが経過した。何気ない会話を繰り広げていた嶺歌と兜悟朗だが、兜悟朗は突然話題を変えてくる。

「本日はこちらにお付き合いいただければと思うのですが、いかがでしょうか」

 そう言って兜悟朗が「片手で失礼致します」と一言添えて嶺歌に手渡してきたのは映画館のチケットだった。

 これは以前嶺歌が行きたいと形南あれなに話していたマニアックなカンフー映画だ。

 形南は興味がない分野の為一緒に行く約束はしていなかった。嶺歌はその時の事を思い出し兜悟朗を見る。

「お、覚えててくれたんですか……?」

 すると兜悟朗は正面を見たまま穏やかに微笑んで「差し出がましい真似で御座いますが、どうぞお許し下さい。ですが喜んで頂けたのなら何よりです」と口を溢す。こんな嬉しいことをされて、喜ばない人間はきっとどこにも存在しないだろう。

 嶺歌は凄く嬉しいという気持ちを素直に彼に向けるようにしてお礼を述べると、兜悟朗も嬉しそうに口元を緩めながらもう少しで到着する事を教えてくれた。

「映画館は地元じゃないんですね」

 嶺歌れかの暮らす地元にも映画館はいくつかある。

 だが今回三十分かけても到着しないという事は少し離れたところに連れて行こうとしてくれているのだろう。

 嶺歌がそう口に出すと彼はその言葉を肯定する。

「こちらの作品の4DXが近場ではそちらしかないようでしたので、少しお時間を取らせていただきました」

 兜悟朗とうごろうは当然のようにしれっとそんな言葉を口にする。嶺歌は驚いて思わず彼を見た。そこまで彼は気を遣ってくれたのか。

「あたし普通に2Dしか頭にありませんでした……そこまで考えてくれてたんですか」

 これも形南あれなと何気ない映画の話をしていた時の事だ。

 4DXで映画を見たらどんな感じなのか気になるが、まだそこまで見たいと思う作品に出会えていないと形南に以前話した事があった。あれは夏休みに入る前の話だ。

 その時嶺歌達は食事をしながら話をしていたので、その場で食事の用意をしていた兜悟朗も聞いていたのだろう。そしてそれを兜悟朗は覚えてくれていたのだ。

「はい。嶺歌さんが今回の映画を4DXでご所望かどうかまでは推測できませんでしたが、今回の作品で御体験いただければと」

 気遣いが凄すぎる。お金のかかる4DXを選出してくれた事に喜んでいる訳ではない。

 ただ彼が嶺歌が以前言っていたことを聞いて覚えてくれていたというその事実が嬉しかった。

 兜悟朗の万能さを改めて感じていると車はとある建造物の立体駐車場に入っていき、目的地に到着した事が分かる。

 兜悟朗と初めての映画館に行く事と初めての4DX体験というドキドキの初体験が二つ重なり、嶺歌の心はまるで幼い子どものようにワクワクとした高揚感で満たされていた。



 建物の中に入り、飲食物を購入してから映画館の館内に足を踏み入れると兜悟朗とうごろうにエスコートされ、指定の席へと座る。

 真隣に彼が座るというこの状況に、先程の車内でも緊張はしていたが、更に気持ちは緊張感で胸が高鳴っていた。

(デートみたい……)

 いや、これはもはやデートと呼んでもいいのではないだろうか。

 そう思うものの兜悟朗からすれば迷惑な話かもしれない。しかしそこで嶺歌れかは最近考えていたある考えを頭に映し出す。

(兜悟朗さんて……あたしの事、好き?)

 間違いなく好意的に見てくれているのは確かだ。

 それが異性としてなのか、主人の大切な友人に向ける親愛的な意味合いなのかは分からない。

 だが彼に向けられるそれが形南とはまた別の感情であろう事は理解していた。根拠としては彼が以前そう口にしていたからだ。

 嶺歌が海で溺れたあの日、兜悟朗が口にしていたとある言葉を思い出す。

―――――『形南あれなお嬢様には感じなかったこの気持ちが、僕には……特別以外に言葉が出てこないのです』

 あの台詞の真意が何度考えても分からなかった。

 嶺歌を以前よりも慈愛の籠った目線で見てくれる事が増えているのは知っていた。嬉しくて仕方がないのも確かだ。

 しかし兜悟朗が恋愛的な思いから、嶺歌を見ているのかどうかは本当に未知の領域なのである。

(兜悟朗さんは好きって感情を知らないんだよね)

 嶺歌れかはまだ兜悟朗とうごろうへの想いを秘める前に、彼が恋心を学び損ねた話をしてくれた時の事を思い出した。

 学生時代は数名の異性と交際をしていたものの、結局恋心が分からなかったのだと彼は話してくれていた。だからこそ形南あれなの平尾をまっすぐに思う気持ちに感銘を受けているのだと、彼は本心からそう口にしていたのだ。

(あたしを……恋愛対象として見てはくれてるのかな)

 嶺歌を一人の女として見てくれていなくとも、その対象になる可能性自体はあるのだろうか。

 十一歳も離れている子どものような嶺歌を兜悟朗は恋人対象として認識することが出来るのだろうか。そう考えると、怖い思いがどうしても襲いかかってくる。

(やっぱ、振られたら嫌だから、告白はまだ…したくないな)

 本当は今すぐにでも兜悟朗に思いを伝えたいという気持ちに変わりはない。

 だが彼に拒否された時の事を考えると嶺歌は勇気を出せずにいる。

 それはずっと兜悟朗が好きだと自覚してから持っている嶺歌にしては珍しい消極的な感情であった。

 嶺歌はナーバスになった自分を律するように首を小さく振ると映画に集中する。

 兜悟朗の気持ちは分からないが、今はせっかくのこの時間を存分に楽しみたい。他でもない、大好きな男の人と一緒に見られる映画なのだから。

 そう思い直した嶺歌は思考を切り替え、初の4DXを楽しむのであった。


第四十七話『放課後のデート』終

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