お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第二十九話②『放課後』

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 直球でそのような言葉を口にする形南あれなを前に平尾は顔を赤らめながら「う、うん」と言葉を返している。

 彼の様子からして満更でもなさそうだ。何やらいい雰囲気のこの二人と行動を共にしてもお邪魔ではなかろうかと思うのだが、形南がそれを望んでいる事は普段お世辞を言わない彼女の性格からも理解できているため同行を拒否する選択は考えなかった。

嶺歌れかさん、平尾様ご無沙汰しております。どうぞこちらへ」

 すると会話が落ち着いた所を見計らったのであろう優秀な対応を見せた兜悟朗とうごろうがこちらに向かって綺麗な一礼をしてきた。そうしてリムジンの中に入るように案内される。

 校門付近でこのようなやり取りを行なっているため下校する数多の生徒達から様々な視線を浴びていたが、形南や兜悟朗は慣れているようで全く動じていない様子だ。

 しかしこのような事に慣れていない嶺歌と平尾は周囲の目線が気になり早々にリムジンへ乗車をする。

 平尾ほどではないが、嶺歌もこのような形で目立つのは慣れていなかった。

 人前に立つ分には全く支障のない嶺歌も高貴な者との対面の場を多数の人から見られる事は何だか慣れない。目立つのは嫌いではないが、ベクトルが違うのだ。

 リムジンの中に乗り込むと形南あれな嶺歌れかと平尾の後に乗ってきて尚も嬉しそうにこちらに目を向けている。今日の形南はいつも以上にご機嫌な様子に見えた。

「本日実は、わたくしやってみたい事がありますの」

「やってみたい事?」

 兜悟朗とうごろうの素早い動きであっという間にリムジンが動き出し、嶺歌たちは形南の言葉に耳を傾ける。

 形南は嶺歌の問い掛けにそうですのと声を返すと車内の端に置かれていたとある紙袋を持ち上げて中身を取り出した。そこには、嶺歌たちが通う秋田湖あきでんみずうみ高校の制服が入っていた。

「実はわたくし、本日こちらを着用して、お二方と放課後お出掛けを実行したいのですの! お付き合いいただけるかしら?」

 何と形南は嶺歌の高校の制服を着用して一緒に三人でお出掛けを堪能したいと言う。

 嶺歌は驚きつつも形南もこちらの制服を着ることで三人が同じ学校であるという疑似的な体験をしたいのだと理解し、それを素直に面白そうだと感じた。

 いいねと直ぐに言葉を返すと平尾も「お、俺もいいと思う……」と同意の声を出す。

 平尾は何を想像しているのか顔を赤らめて窓の方へ視線を逃がしていた。形南の制服姿を想像して赤くでもなっているのだろうか。

(両片思いってもどかしいな)

 そんな二人の様子を見ながら嶺歌れか形南あれなと試験の話をして時間を過ごした。

 平尾も途中途中で会話に加わっていたが、いまだに顔の赤みが抜けないのか顔を背けることが多く、しかしそんな彼の様子を形南は終始微笑ましそうに見つめていた。

 暫くするととあるデパートに到着し、形南は嶺歌を連れてそこで着替えをしたいのだと二人でデパートの中へと入り更衣室を借りる事になった。

 デパートの更衣室を借りると言うのも何だか不思議な話であったが、形南の立場を考えると日常的な事なのかもしれない。

 形南は更衣室に嶺歌も招き入れると制服の着方が間違っていないかを確認してきた。特に複雑な構造の制服でもないため着替えは直ぐに終了し、嶺歌が鏡の前で形南の髪型を少し整えてから一緒に更衣室を出る。

 秋田湖あきでんみずうみ高校の制服を着用した形南はとても新鮮で、普段膝より上を見せない彼女が短いスカートを履きこなしている姿はとても様になっていた。

「めっちゃ似合うじゃん! すごい新鮮」

 嶺歌がそう素直に褒めると形南は嬉しそうに口元を緩めてありがとうですのと声を返す。

 形南はどこからどう見ても秋田湖高等学校の生徒にしか見えない。嶺歌は貴重な形南のその姿を見て思わずスマホを取り出し一緒に写真を撮ろうと提案の声を上げた。

 形南は嬉しそうに頷きツーショットを撮り終えると待たせている兜悟朗とうごろうと平尾の元へ戻り始める。

 今二人にはリムジンに残ってもらっている状況だ。

 上機嫌の形南と共に黒いリムジンまで戻るといつものように迅速な動きで兜悟朗が降車し、嶺歌と形南を迎え入れる。

「おかえりなさいませ形南お嬢様、嶺歌さん」

「ええ、兜悟朗。お留守番ご苦労様ですの」

「ただいまです」

 嶺歌は照れながらもそう答えると兜悟朗は柔らかな笑みを溢して直ぐに二人をリムジンの中へと誘導してくれた。

 平尾がリムジンの中で待っており、彼が形南の姿を見た瞬間に一時停止するのを嶺歌は見逃さなかった。

「平尾様っ! お待たせしましたの。どうでしょうか? 平尾様と同じ御校の制服ですの」

 形南あれなは頬が落ちてしまいそうな程に顔を緩めて満面の笑みで平尾に問い掛ける。

 しかし平尾はあまりの衝撃のせいか、形南を見つめたまま口を開けて静止を続けていた。

「ちょっと、聞いてる女の子に感想もなし?」

 嶺歌れかが痺れを切らして彼にそう口を出すと平尾はハッとした様子で「ご、ごめん」とようやく言葉を発し始める。

 しかし形南は全く問題がないといった様子でうふふと声を漏らしながら笑顔を維持していた。形南はきっと平尾のこのようなところにも好意を持っているのだろう。

 そう気が付いた嶺歌は口を挟むのは止めにしてしばらくは時の流れに二人を任せる事にした。自分が口を挟むのはここまでだろうとそう感じたのだ。

「あ、あれちゃん似合ってる……か、可愛い…ね」

 しばらくの沈黙の後、平尾はそんな言葉を彼女に向ける。それを聞いた形南は心底嬉しそうに「ありがとうございますの」と声を返すといつもとは違った様子で顔を下に向けて何やら照れているようだった。

 形南が顔を赤らめているのは、平尾の前ではいつもの事であったが、このように恥じらいを見せているのは初めてのように感じられる。

 嶺歌はいい雰囲気になっている二人をそっと離れた位置から見守っていると兜悟朗とうごろうが小声でこちらの名を呼んだ。そしてこのような言葉を口に出す。

「微笑ましいご様子で御座いますね」

 形南と平尾の事を言っているのだろう。彼の声色は穏やかでどこか嬉しそうだ。

 嶺歌も同じ事を感じていたため運転席の近くまで移動すると兜悟朗に目を向けて言葉を返す。形南と平尾には聞こえないように嶺歌も声を顰めて声を発していた。

「あたしもそう思います。あとひと押しだと思うんですけど……」



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