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第二十六話②『ダブルデート』
しおりを挟む兜悟朗達は数分してから戻ってきた。平尾は先程よりも遥かに顔色が良くなり、兜悟朗の介抱のおかげかすっきりとした表情をしていた。
「平尾様! もう大丈夫ですの?」
彼の姿を目にした形南は即座に平尾の元へ駆け寄ると周囲の目を気にせず彼の身を案じる。
平尾はそんな形南に視線を向けながらも小さく頷き「うん、ごめん。迷惑かけて」と言葉を返していた。
「そのような事はお気になさらず! 私の方こそ、貴方様をお辛くさせてしまい申し訳ありませんの」
「そ、そんなの全然……もう大丈夫だし」
そんなやり取りをする二人を静かに見守っていると兜悟朗が再び嶺歌の名を呼んで声を掛けてくる。
「お嬢様を落ち着かせて下さり、有難うございます」
「いえ、それは友達として当然ですから」
嶺歌は未だに慣れない心臓の高鳴りを感じながらも彼の好意的な言葉を無視したくはなかった。
しかし照れてしまう自分を見られる事は恥ずかしく、普段通りの対応ができていない。兜悟朗からしたら、顔を変に赤らめる不思議な人間に見えてしまっている事だろう。
「平尾君の介抱、ありがとうございます。兜悟朗さんはやっぱり何でもできるんですね」
嶺歌は赤らんだ顔のまま彼へのお礼を告げた。現に平尾の体調が良くなったのは紛れもなく兜悟朗が側でついてくれていたおかげだろう。
すると兜悟朗はそんな嶺歌の言葉に微笑みを返しながら「とんでも御座いません」と返答する。
兜悟朗とのやり取りに度々顔が赤らんでしまう嶺歌は彼のその返しで限界が来ていた。そろそろ移動して気分を落ち着けたいところだ。
そんな事を思いながら形南と平尾に目を向けると二人も移動の話をしていたのか、ちょうど嶺歌と視線が通い合った。
「嶺歌、そろそろ移動しましょう」
「うん、そうしよ」
形南の言葉に大きく頷くと嶺歌は平尾に視線を送って「次は無理しないでね」と声を掛けた。先程の話を思い出させたかったからだ。
形南の事を想っているのなら、自分ができる境界線をきちんと理解して行動しろという意味を込めて彼にそう告げていた。平尾も平尾で嶺歌の言葉には納得をしている筈だ。
嶺歌の言葉を耳に入れた平尾は「う、うん。もうしないよ」と言葉を返す。その返しを受けて嶺歌は口元が緩んだ。これできっと問題は起きないだろう。
「ふふ、平尾様も嶺歌も仲良くなって下さって嬉しいのですの」
形南は嶺歌と平尾のやり取りを見ていたのか途端に笑みを溢すと、本当に嬉しそうに表情を緩めながらそんな言葉を発した。
それを見て、形南が本当に心から嶺歌と平尾の友好関係を望んでくれているのだと嶺歌は再認識する。優しい女の子だ。
そのまま四人で平尾の負担にならなさそうなエリアに向かい遊園地を満喫した。
途中で遊園地の名物でもあるポップコーンを頬張りながら3Dシアターを観に行ったり、ゴールに辿り着くのが困難だと言われている迷路に挑戦したり、SNS映えすると反響のある噴水ショーを観たりと様々なエリアを回り、とても充実した時間を過ごす。
昼になると遊園地の中でも有名なハンバーガー屋さんで昼食を摂り、他愛もない話を四人でした。
平尾も言葉をつっかえさせてはいるものの、朝より緊張がほぐれているようで会話にも積極的に参加していた。形南もいつもの調子で楽しげに言葉を口に出し、終始笑っている。
兜悟朗は皆の話に相槌を打ち、話の中心になる事はなかったが、きちんと全員の話を微笑みながら聞いてくれていた。
そうして時間はあっという間に夕方となり、解散の前に最後に観覧車に乗ろうという話になる。
形南は平尾も好きだと言っていた観覧車を最後にあえて取っておいたようだ。
組み合わせは必然的に形南と平尾、嶺歌と兜悟朗になる。
形南が平尾との距離を縮めたいと思っている事は既に分かっている為この組み合わせに不満などはない。だが、嶺歌にも思うところはある。
(兜悟朗さんと二人きり……)
なんと言っても彼への恋心を自覚したばかりであるのだ。
そんな相手と密室で二人きりと言うのは中々に中々である。
しかし形南たち二人だけに楽しんでこいと言うのも変な話なので嶺歌は平静を装いながら観覧車に乗車する事を心に決めた。
兜悟朗はいつものような柔らかな笑みをこちらに向け「お嬢様と平尾様が乗車されました。僕達も参りましょうか」と誘導してくれる。
(僕……)
嶺歌は彼が一人称を使い分けている事に嬉しい気持ちを感じていた。
彼にとって嶺歌がどのような存在なのかは分からない。だがそれでも少なくとも普段の一人称を崩してしまう程には心を開かれているという点は自惚れてもいいのかもしれない。
(絶対そんな対象には見られてないだろうけど)
兜悟朗がこちらをそのような目で見ることは現時点では皆無だろう。嶺歌は十一歳も年下の小娘だ。
それに以前彼は恋愛感情が分からないのだと話をしていた。
そんな兜悟朗が歳の離れた子どものような女を恋愛対象として見てくれる可能性はないに等しい。
嶺歌はそう自覚して、しかし自覚をしながらも兜悟朗への想いを自身の中で消したいとは思わなかった。
彼との関係を進展させたいとは思うが、それはまだ今の嶺歌の望む段階ではない。今はただ彼を好きだと、好きであると分かったこの感情を楽しみたい。
(兜悟朗さんが好き)
そう自分で理解出来たことが、とてつもなく嬉しかった。
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