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第十八話②『翌日』
しおりを挟む「ふふっ嶺歌ったら。兜悟朗がそのような事で気を悪くする訳がありませんの」
「その通りで御座います。嶺歌さんが謝罪される事など何一つ御座いません。貴女様は昨日、体力を消耗する程に形南お嬢様の復讐に向き合って下さったのです。どうか、謝罪は私に」
そう告げると兜悟朗は深々と綺麗な角度で頭を下げてくる。嶺歌は予想外の展開に目を見開いた。なぜ彼が謝っているのだ?
「ええ!? いや謝られる理由が分からないっていうか……てか、あたしが自分で魔力の消費量を見誤っただけなんで」
嶺歌が倒れたのは完全に自業自得だ。自分の能力の限界を管理できていなかったのだから自己責任としか言いようがない。
「いやもう頭上げてください! ほんと大丈夫なんで! 兜悟朗さんにはあたしの方が謝りたかったくらいですから!!」
嶺歌が再度そう言葉を告げると兜悟朗はようやく顔を上げてくれた。そして彼は柔らかく微笑み、こちらに向けて言葉を放つ。
「お優しいお心遣い感謝申し上げます。嶺歌さん、本日は形南お嬢様と共に私めからもどうかお礼をさせて下さい」
そう言って嶺歌に一礼した。まだここはマンションのエントランスだと言うのに、何故か豪華な邸宅に訪れたような感覚に襲われる。
嶺歌は多少のむず痒さを覚えながらもそれが自身の照れ隠しだということをよく理解していた。二人にこのように感謝される事が、とんでもなく嬉しいのだ。
それから三人でリムジンに乗車すると、形南の家に招待された。
彼女の豪邸の中に赴くのはこれが二回目だ。事前に用意された食卓のある部屋へと連れていかれ、形南と対面する形で食事をしながら昨日の話をすることになった。
昨日嶺歌が意識を失った後の出来事はこのような感じだったらしい。
形南が中庭グラウンドにいた生徒全員に竜脳寺へ危害を加えない約束を取り付け、それを裏切った際には一人一人の個人的な秘匿事項を世間にばら撒くと脅しをかけたようだ。
可愛らしい見た目のこの形南がそのような物騒な言葉を口に出すのは中々にギャップがあるものだが、これが高円寺院形南なのだと今は強く納得している。
そして竜脳寺には口約束だけではなく、本当に二度と形南の前に現れぬよう誓約書を書かせたようだ。
あの後竜脳寺の父親も出動し、話し合いの結果そうなったらしい。そうして改めて竜脳寺から謝罪を受けたようだった。
彼はその日、しっかりとスーツを着用し、形南の前に跪いて正式な土下座を何度もしたらしい。
「本当に夢のようですの。あの元コン野郎が謝るだなんて、何度考えても驚きでしたわ」
形南は彼の謝罪を受け、本当に心のモヤが晴れたのだと嬉しそうに口にする。
彼女の正直な感想を耳にして嶺歌も嬉しい思いが再び込み上げてきた。しかし一つだけ懸念点もある。
「だけど、結局あたしが倒れたから高円寺院家が復讐をしたって印象を持たせることになったよね」
そうだ。嶺歌があの時倒れていなければ、きっと形南が前に出てくることもなかった。だからこそ、自分の力不足さに悔いは残っていた。
「それは違うのですのよ」
「え?」
しかし形南は否定の声を上げた。思わず彼女を凝視した嶺歌はどういうことなのかと目線で訴える。
すると形南はすぐにその言葉の意味を教えてくれた。
「嶺歌が倒れてしまわれたから前に出たという解釈は間違いですの。私は貴女が倒れていなくても大衆の前に顔を出すおつもりでしたわ」
「ええっ!?」
そんなのは聞いていない。初耳だ。何故なら嶺歌が人気のないところで隠れて竜脳寺の謝罪を見ていてくれと彼女に話した時、形南はただ頷きそのようにすると言っていただけだった。
しかしそうではなかったのかと、嶺歌は衝撃を受けていた。
「申し訳ありませんの。ですが私は、嶺歌を巻き込むと決めた瞬間から、考えておりましたのよ」
その一言でハッと思い出す。嶺歌が倒れかけ形南が目の前に現れた瞬間、彼女は確かに言っていたのだ。
――――――『私の大切なご友人が、一人で頑張られているのにこちらは何もしないだなんて、そんなの嶺歌の前でお友達だととても名乗れませんわ!』
そうか。形南はこのような人間だ。
「ですが私も決断するのが遅すぎました。結果的に嶺歌の体力を限界まで奪ってしまう形となってしまいましたの」
「本当に、ごめんなさい」
形南は急に立ち上がり、その場で深く頭を下げる。瞬間先程の兜悟朗を思い出し、嶺歌も思わず席を立った。
「待って! もう! 違うって! 謝るのはあたしの方! 高円寺院の名に傷を付けるきっかけをあたしが……」
「嶺歌、この世に大切なものはごまんとありますの。ですが私は…………」
そこまで言葉を口に出すと形南はこちらを今にも泣き出しそうな目で見つめてきた。
「何よりも、人との繋がりを大切にしたいとそう思っておりますの」
彼女は一粒の涙を零すとその場で目を伏せる。これは紛れもない本心だとこれまでの彼女とのやり取りで確信していた。
形南がいかに純情で優しく、慈悲深い女の子であるのかを今再び実感する。高円寺院家の誇りの件に関して嶺歌が気に病む事はないのだと、彼女はそう強く嶺歌に訴えている。
「ですからどうか、ご自分を責めないで下さいな。私は、嶺歌が躊躇いもなく他でもない私のために動いてくれた事に本当に、感激致しましたの」
「あれな…」
形南がこちらを見て笑みを溢す。兜悟朗が一枚のハンカチを彼女に手渡し、形南が涙を拭い終えるともう一度こちらに頭を下げてきた。
「高円寺院家として和泉嶺歌様に心から感謝申し上げますの」
形南は自身の長いスカートを両手で持ち上げるとひらりとスカートが舞う中で目を惹くほどに綺麗なお辞儀をしてきた。そうして彼女に続くように兜悟朗も胸元に手を当て深いお辞儀をしてくる。いや、兜悟朗だけではない。
唐突にしかし丁重に部屋の扉が開かれると中へ何人もの執事やメイドが入り始め、全員が嶺歌に向き合う形で深いお辞儀を披露した。
「……あの、どゆこと」
嶺歌はひたすらに混乱する。流石にこの人数ではやりすぎではなかろうか。
自分がいい事をした自覚はあるもののここまで盛大に謝礼をもらうなどと、誰が予想した事だろう。
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