お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第十六話③『露見』

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「急に大人しくなってどうしたの? さっきまでの勢いはどこいったんだよ」

 嶺歌れかは自身の胸ぐらを掴んだまま硬直する竜脳寺りゅうのうじに言葉を放つ。

 奴はそれでも尚、事態に混乱しているのか、はたまた自分のとんでもない醜態を大衆の前で晒してしまった事に対して絶望しているのか言葉を返さない。

「いい加減離してくれる?」

 嶺歌は冷たくそう言い放つとこちらの胸ぐらを掴んでいた竜脳寺の胸元をドンと押して距離を取る。奴は抵抗する気力もないのかそのままよろけると、膝をついて固まった。

 そんな竜脳寺の姿を見下ろしながら嶺歌は言葉を続けて放った。

「あれなに謝る気になった?」

 ざわざわと騒ぎ出す野次馬の声にかき消されないように嶺歌は声を出す。

 しかしそれでも竜脳寺にはまだ僅かな意地が残っているようだ。

「するわけねえ……こんなもの……俺様が……」

「……意地汚い奴」

 嶺歌は尚も認めない竜脳寺の返答に心底呆れながらも次の行動に出る。

 奴がここで形南あれなに謝罪をするのなら、嶺歌もここまでするつもりはなかった。だが悪を悪と認めず、反省しない輩を放っておく事は絶対にしない。

 嶺歌は魔力の消耗を感じながらも、透明ステッキを振るって魔法の力によって具現化されたスピーカーを手に取る。同時にそこにはないはずのモニターも設置した。そうしてそのまま事を始める。

『ここに集まってる皆さんは少なくとも彼の記事の真相を知りたくてきた方達だと思います。このモニターをご覧ください』

 嶺歌は中庭グラウンドの踏み台に立ち、スピーカーを持ってグラウンド内に集まった生徒たちに言葉を投げる。

 そうしてもう一度透明ステッキを振るうとモニターの画面が再生され始めた。周りは先程よりも一気に騒がしさをみせる。


「あんなところにモニターなんてあったっけ?」
「竜脳寺ってほんとにあんな事をしたのか?」
「あの女の子誰?」
「真相気になるなあ……嘘だと信じてる」
「あの記事が嘘でも今見た竜脳寺くんの態度は紛れもなく本当だよね」


 外野が騒ぎ始めているが嶺歌はそれにモニターの音量を最大にしてグラウンド内の全員が目にできるように演出をしてみせた。

 モニターの画面は竜脳寺が形南を裏切った当時の映像だ。

 画面上には竜脳寺と、竜脳寺と浮気した女――野薔薇内のばらうち蘭乃らんのの姿がある。二人は密室に入った途端口付けを交わしそのままベッドに傾れ込む。

「やっ、やめろ!!!!!!!」

 途端に竜脳寺りゅうのうじの悲痛な叫びが流れた。それもそのはずだ。画面は瞬き一つも映し出す鮮明でハイクオリティな映像である。

 そんな映像に、二人の生々しくも醜い交尾が大画面で大衆の前に流れているのだ。当の本人が目にしたら叫びたくもなるだろう。

 映像は流れ続ける。映像を目にする多くの生徒たちは非難の声を上げる。


「うわあ……」
「これ、婚約者じゃないんでしょ? 最低」
「まじか……失望したわ」
「ありえねー……キモ」
「ちょっとこれ以上みるの無理、吐き気が」


 非難の声は次第に大きくなっていく。そして次第に、竜脳寺へ向ける周りの視線は穢らわしいものを見るかのような目つきに変わっていた。

「ち、ちがう……これは…」

 モニターは尚も再生を続ける。生々しい二人の交尾の後は、今回の被害者である形南あれなの登場だ。プライバシー保護のため顔は隠し音声は変えている。

 形南が二人の現場を目にして、呆然と立ち尽くしているところに気付いた竜脳寺が歩いてくる。そうして彼のとんでもない台詞が再生された。

『帰れ』

 途端にざわざわと再び外野が五月蝿くなる。竜脳寺が裏切った婚約者に対して放った常識外れの言葉に、周囲の者達は非難の声をあげていた。


「いやお前何言ってんだよ案件だろこれ」
「裏切ったくせに謝罪もないの?」
「帰れってどういう神経?」
「竜脳寺ないわ」
「まじ糞」


 最初こそは竜脳寺を庇う声もあったもののこれらが流れた事で過半数の生徒達が、竜脳寺を責め始める。そうしてとどめの映像が再生された。

 画面は切り替わり、形南が竜脳寺と対面した場面だ。婚約破棄を受理した事を直接伝えるため竜脳寺が高円寺院家に訪れた時のものである。

『久しぶりだな』

『何被害者面してんだァ?』

 竜脳寺の外道と言えるその発言が、中庭グラウンド内に大音量で響く。奴の失言すぎる台詞に野次馬の生徒達は再び一気にざわめき出した。


「これはない」
「いや裏切った奴が何言ってんの」
「謝罪は?」
「何様だよ」
「竜脳寺はクソ御曹司だったんだ」


 止む事はない周囲の声に、竜脳寺の表情はみるみる青ざめていき、奴が映り込んでいたモニターの画面が終了すると周囲の目線は竜脳寺本人へと向き始めた。

 不穏な空気に奴の身体は次第に震え始める。


「謝りなよ」
「謝罪するべき」
「謝罪してないってほんと? 謝れ」
「土下座でしょ」
「反省して償え」


「ちが……ちがう……僕は…俺は…………」

 いくら竜脳寺りゅうのうじが強靭な精神力を持っていたとしても、一斉に多くの崇拝者達を敵に回したのだ。

 百人以上はいるこの中庭グラウンドの生徒達から敵意を向けられれば、物怖じしない訳がなかった。ましてや、これまで崇拝の声だけを集めていた男なのだ。

 そんな人間が、一瞬にしてその場にいる全員から軽蔑の眼差しを向けられてしまうというのは、辛くない訳がないだろう。

 跪く竜脳寺に対し周囲の目線は氷のように冷たく冷徹な言葉が放たれていく。

 竜脳寺を蔑む者、謝罪しろとせがむ者、騙されたと責める者。そんな彼らの精神的攻撃を、嶺歌れかは静かに見ていた。

(もう、いいか)

 竜脳寺の顔は真っ青だ。もうどこにも自分は悪くないと抵抗の声を上げる気力を持っているようには見えない。

 嶺歌はそのまま竜脳寺のすぐ近くまで歩いていくと言葉をかける。

「竜脳寺外理、あれなに謝罪する?」

 嶺歌の声が奴に響いたのか、竜脳寺は死んだ目をしたまま小さく言葉を発する。

「はい……謝罪………します……」

 もうこれで終わりだ。



第十六話『露見』終

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