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第十二話①『過去の存在』
しおりを挟む嶺歌と形南の前に現れた男女は身長も高く見た目からして良いところの学生感を雰囲気から醸し出している。だがその見た目に削ぐわず、男の方の口調は荒々しかった。
「何だよ形南。何も言ってくれねえのか?」
「…………」
横にいる嶺歌には目もくれず、形南だけに焦点を当てた男は好意的ではない態度で彼女を見据えていた。
対して形南はいつものような天真爛漫な態度とは正反対にただ静かに彼を見つめ、黙っている。
すると男に親しげに腕を絡めた背の高い女は彼の言葉に同調するように言葉を発し始めてきた。
「まあだんまりですか? 冷たいお方ですね」
そう言って口角を上げると続けて言葉を放ち始めてくる。
「ただ財閥に生まれたというだけで他には何の魅力もないお方ですものね。お可哀想」
「蘭乃、言ってやるな。こいつは自分が可哀想な女だなんて思いたくもないだろうよ。誰もが思ってる事だけどな」
女の言葉に男は口を挟み、しかしその自身の台詞に対し何が面白いのか一人で笑い出す。男に続くように女の方も「そうですわね」と同調するとそのまま二人で楽しげに笑い始めた。
その光景を見ていた嶺歌は、あまりにも不快なその態度に自身の中からドス黒い感情が込み上げるのを感じていた。たまらず嶺歌は凄むように声を上げる。
「ちょっと」
黙ったまま彼らを睨みつける形南の前に立ちはだかるように嶺歌は前に出た。彼らはそこで初めて嶺歌という人物を認識した。
「さっきから何なの? あれなに対して失礼にも程がある」
「何だこいつは。無礼だな」
「無礼なのはお前らでしょ」
「ま、お前だなんて。何て低俗な言葉遣いなのかしら」
男と女に野次を飛ばされるも、そんなところで引く嶺歌ではなかった。嶺歌は寄り添い合う二人を睨みつけるとそのまま言葉を放ち返す。
「あんたのさっきの発言は下等生物以下だったけどね」
「なっ……!」
途端に女の方は表情を一転させ、先程の余裕な態度が覆る。嶺歌はわざとらしく両手を持ち上げ肩をすくめて見せると再び言葉を繰り出してやった。
「低俗なのはあんたも同じじゃない? 棚を上げる人間って自分勝手だよね」
「何ですのあなたはっ……!! 恥を知りなさい!!!」
女はカッとした様子で嶺歌に手を伸ばす。髪の毛でも掴んできそうなその手を嶺歌は瞬時に交わした。
魔法少女の姿でない今の状態は、身体能力が高くはなかったが、だからと言って人間の姿の嶺歌も全く動けない訳ではない。
それに昔から反射神経だけは魔法少女に関係なく自信があった。
平手打ちを交わされた女は悔しげな表情を向けるとこちらを憎悪に満ちた目で睨みつけ、上品な制服に似合わない顔を顕にする。
「このっ……!」
「ていうか二対一であれなに詰め寄って、非常識だと思わないの?」
嶺歌がそう言い返してやると、今度は男の方が露骨に不機嫌な表情を見せ、口を開く。
「お前さっきから……」
そうして嶺歌より身長の高い男はこちらを見下ろしてくる。
「うぜえぞ、何様だ?」
だが嶺歌がたじろぐ事はなかった。強がりではなく、恐怖を感じないのだ。
彼の様子は一般的な女の子ならば怖がってしまうような威圧感を持ってはいるが、普段からこのような容赦のない悪人を嶺歌は魔法少女の依頼で何度も受けてきた。
今嶺歌にある感情はただ一つだけである。
――――――よくもあれなを馬鹿にしたな
この感情だけで、嶺歌は目の前にいる自分より遥かに体格の大きい男に立ち向かっていた。暫し男と睨み合い、嶺歌はとどめの一言を口にした。
「早く立ち去ってよ。あれなはあたしの大事な友達だから二度目の暴言は許さない」
「チッ下民の分際で。覚えてろ」
そう捨て台詞を吐くと男はその場を立ち去る。女はこちらに馬鹿にしたような表情を向けてから男の後に続いて消えていく。
非常識な二人の離脱に小さくため息を吐くと背後から「大丈夫で御座いますか」と兜悟朗の声が聞こえてきた。どうやら城から戻ってきたらしい。
兜悟朗は普段の倍近く息が上がっており、急いでこちらに向かってきてくれた事が分かる。
しかし彼はすぐに息を整え、嶺歌と形南に「間に合わず大変申し訳御座いません」と深くお辞儀をしながら謝罪の言葉を口にした。
嶺歌は「大丈夫です!」と言葉を返し、形南の方へと目を向ける。先程から黙りこくっていた形南の様子はどう考えても普通ではなかったからだ。
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