19 / 164
第七話③『忠実な執事』
しおりを挟む「お嬢様は平尾様とのご連絡で和泉様とご友人になられた事をお知りになられました。その際のお嬢様はとても嬉しそうで、大変喜んでおられたのです。私はあの方に仕える従者として形南お嬢様の笑顔を守りたく思います」
兜悟朗が嘘をついているとは思えない。彼の人柄もまだ信用し切るには時間が足りていなかったが、彼の形南に対する忠誠心だけは本物であると疑いようのない確信が既に生まれていた。
それゆえ彼が敬愛してやまない形南の性格を、侮辱とも取れる偽りの言葉で他者へ口外するとは思えなかったのだ。
嶺歌は形南の事を考えた。彼女がお人好しなお嬢様である事は分かっていたが、今回の話を聞くとその印象は更に増していた。お人好しというより、友人思いと言うべきだろうか。
自分に出来るだろうか。例えば嶺歌には今心から好きな人がいたとして、その相手と自分の友人を仲良くさせる。
それを想像するとその先に自身がどのような感情に苛まれるのかは、恋愛を経験していなくとも予想ができた。
(あれなも可能性がある事はわかってるんだ。それでも……)
そうだとしても彼女が望むのならこれ以上悩む必要はないと、そう感じた。
嶺歌は顔を上げて未だに柔らかな姿勢でこちらに向き合う兜悟朗に言葉を告げる。
「あれなの気持ちはよくわかりました。あの子がいいって言うなら……あたしも今後は気にするのを止めます」
勿論平尾と意図的に接触を図ったり、気を持たせそうな言動をしないよう一層注意する腹積りだ。
だが形南が友人として仲良くしてほしいと願うのなら、それで彼女が喜ぶのなら平尾との友人関係を肯定的に捉えたい。そう思うように考え方が変わり始めていた。
「有難う御座います。お嬢様も喜ばれます」
兜悟朗は心から微笑んでいるのであろう穏やかな笑みを嶺歌に向け、突然立ち上がったかと思えば胸元に手を添え一礼した。
嶺歌は彼の丁重な感謝の印に驚き戸惑いながらも、口を挟む事はせずそれを受け入れる。この感謝を否定することだけはしたくない。そう思ったのだ。
兜悟朗との話が終わり、二人は喫茶店を後にする。宣言通りに嶺歌の分まで会計を持ってくれる兜悟朗に嶺歌は深く頭を下げて感謝の言葉を口にした。
兜悟朗は「私がお誘いした立場ですから当然の事で御座います。どうか、お気になさらず」と律儀な回答をしてくる。
嶺歌はそんな彼の言動に温かな気持ちを抱きながら自宅に到着した。彼は最後まで丁重に嶺歌をマンションの前まで送ってくれていた。
喫茶店からは一分とかからない距離であるためあのまま喫茶店で解散をしても良かったというのに、本当に律儀な方だ。
そう思い、マンションの入口前で彼に身体を向けると改めてお礼の言葉を口に出す。
そうしてそのまま扉に入るため身体を反転させたようとした所で「先日、お嬢様が恋仲にと仰られていた件に関してですが」と背後から彼の声が降りかかってきた。
嶺歌はその事を話題にされるとは思わず、咄嗟に振り返る。兜悟朗は嶺歌から少し離れた場所で言葉を放っていた。
「どうかお気になさらず願います。お嬢様は和泉様と私を慮ったばかりにあのような話を口にされましたがあのお方に他意は御座いません。ですが和泉様には当然ながらお選びになる権利が御座います。
ですからそちらの件に関してはご自分の意思を大事になさっていただければと思います」
兜悟朗は形南の事を尊重した上で、彼女の言った事は気にせず嶺歌は嶺歌の好きな恋愛をしてほしいとそう言葉にしている。
彼のその予想外の気遣いの言葉に嶺歌は気持ちが軽くなる思いを感じた。そしてその兜悟朗の心遣いが嬉しいと、無意識にそう思った。
「お気遣いありがとうございます。大丈夫です。あれなも強要してるわけじゃないって事は分かってますので」
そう言って苦笑いを溢す。兜悟朗とはあの形南の言葉以来、顔を合わせる事を多少なり躊躇っていたのは事実だ。
しかし形南も兜悟朗も誰にも非はない。それはよく理解していた。
嶺歌は「だから執事さんも気にしないで下さい」と言葉を付け加えると彼は優しげに口角を上げて微笑み、お辞儀をしてきた。
「思慮深い御心、感謝申し上げます」
兜悟朗はそう言うともう一度だけ丁寧に一礼をしてからマンションを後にする。今の今まで気づかなかったが、彼はいつものリムジンではなく徒歩でここまできたようだった。
形南の家までどのくらいの距離なのかは分からないが彼が車を利用しなかった事に不思議な思いが生まれた。
嶺歌はそのまま立ち去っていく彼の姿が見えなくなるまで目で追っていると数秒と経たない内に兜悟朗の姿は見えなくなっていった。
第七話『忠実な執事』終
next→第八話
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
私の日常
アルパカ
青春
私、玉置 優奈って言う名前です!
大阪の近くの県に住んでるから、時々方言交じるけど、そこは許してな!
さて、このお話は、私、優奈の日常生活のおはなしですっ!
ぜったい読んでな!
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる