バッド君と私

星分芋

文字の大きさ
上 下
80 / 90

第三十九話『日常』

しおりを挟む


「彼氏、できちゃいました……!」

 翌日になると檸檬はいつもよりも口元を緩ませながらそんな嬉しい報告をしてくる。どうやら告白が上手くいったようだった。

「わ~!! おめでとう!!!」

「檸檬に彼氏か~勇気出したからだね、おめでとう」

 みる香と颯良々はそれぞれお祝いの言葉を発すると檸檬は嬉しそうにありがとうと言い、昨日の出来事を話してくれた。

 檸檬は終始嬉しそうに話しており、それを聞いているみる香も心が温まった。

 友達の幸せを喜べている自分にも嬉しさは増し、幸せな話はどれだけ聞いても飽きることなく、夢中で彼女の話を聞いていた。



「みる香ちゃん」

 休み時間になると桃田がみる香を呼び出した。

 彼女の声ですぐに駆け寄ったみる香は桃田と話せることが嬉しく自然と笑みが溢れる。

 桃田は特に用はないのだが少し話したくなったのだと嬉しい事を言ってくれた。彼女と話に花を咲かせながらみる香はふと考える。

(桃ちゃんとも、来年はこうして話せないんだ)

 桃田にとってみる香がどれほどの存在であるのかは定かではない。

 だが、こうして休み時間に会いにきてくれる。そういう存在になれたことがみる香は嬉しかった。

 誰がなんと言おうと、みる香が彼女の記憶を失おうと、桃田はみる香の大切な友達だ。

 そう思いながら、みる香は桃田との談笑を楽しんだ。



 檸檬に彼氏ができてから颯良々と二人で昼食を過ごすことが少し増えていた。お昼になると檸檬は彼氏と二人で食べるようになったからだ。

 檸檬は最初遠慮していたがみる香と颯良々は遠慮しなくていいと彼女を彼氏の元へと行かせていた。

 そんな日が何日か続いたある日、いつも昼食場を転々としているバッド君が珍しくみる香と颯良々の所までやってきて一緒に食べても良いかと聞いてきた。

 みる香にとってはそれはご褒美のようなものだ。

「んーまあいいよ、みるは平気?」

「あ、うんダイジョブ……」

 内心喜ぶところを悟られないようにと気を付けていると二人からの了承を得たバッド君は「やった、ありがとう」と爽やかに笑い、空席の椅子に腰掛け始める。

 机をくっ付ける訳ではなかったが、みる香の座席の隣の空席に座り始めたため、距離感がどことなく近い。決して近すぎる訳ではないのだが何だかとてもドキドキする近さだ。

 バッド君ともし隣の席であったら授業中は終始落ち着きが止まらないだろう。

 そんなことを考えながら三人でなんの取り留めもない雑談をした。バッド君には檸檬の話をしていたので彼女がここにいない理由を説明する必要はなかった。

 暫く話しながら昼食を食べ終えると颯良々はトイレに行ってくると席を立った。

 自然とバッド君と二人きりになる。

 周りは他のクラスメイトが騒がしく静かな沈黙は流れていないが、なんとなく緊張で言葉に詰まった。

 するとバッド君は突然こんな言葉を口にした。

「夕日さんに彼氏ができて寂しい?」

 檸檬の話だ。彼の質問に驚くもののみる香は素直に自身の気持ちを口に出す。

「え? うーん、寂しいといえばそうだけど嬉しいよ」

「そっか、みる香ちゃんは夕日さんの良い友達だねえ」

「そりゃ、檸檬ちゃんは大事な友達だよ。だからこそ嬉しいし」

「あははそっか、夕日さんカップル結構有名になってきたよねえ」

 確かに最近は檸檬達のカップルは少し噂になっている。二人の姿を遠目で見かけた時に周りの生徒がお似合いだと話していたのを耳にしていた。

 それを聞いてみる香も本当にお似合いのカップルだと思っていたのだ。

「そうだね、私もいつかあんな素敵な恋がしたいな~」

 なんとなくそう口にした。今はバッド君以外の男など全く目にないが、いつかはこの初恋を終えて、新たな恋をするのかもしれない。

 それは正直言うと寂しく、できれば彼だけをずっと思っていたいとは思う。

 しかし、記憶がなくなればそれも叶わぬ願いとなる。

「……ねえ、今の台詞、他の男の前では絶対に言わないで」

「…え?」

 すると唐突に、バッド君はそんな言葉をいつもとは違った雰囲気を纏って口にした。

 みる香は思わず聞き返す。

 そんなみる香の表情を余裕のなさそうな顔をして見つめてくる。

「君は無自覚なんだろうけど」

 言葉を口にしながら彼は自身の手で首筋を触っている。少し、いつもと空気感が違っていた。

「みる香ちゃん時々、ドキッとする事言うから……」

 少しむすっとしたような彼の表情は何だか新鮮だった。だがその一言にみる香はすぐに「そ、そんな事言わないよっ!」と言葉を返す。

 よく分からないが、勘違いをされている気がしたからだ。しかしバッド君の表情は変わらぬままでみる香を見つめたまま言葉を続けた。

「……男はそういう一言でコロッと落ちちゃう事もあるんだよ」

 その言葉はみる香の鼓動を速くさせた。そんなはずはないと思いつつもみる香は仄かに赤らんだ顔で彼に問いかける。

「…バッド君も……?」

 するとバッド君は一度離した目線をこちらに戻してくる。

 いつもと違う爽やかではない視線は彼がやけに大人びているようなそんな感覚を覚える。

「友達として可愛いとは思っちゃったよ。だから……気をつけてほしいな」

 その言葉でみる香の心臓は一気に跳ね上がった。ドキドキという心音がこれでもかと言うほどに煩い。

 心臓が高鳴る中、返す言葉を必死で考えていると「トイレ珍しく混んでた」という颯良々の声が聞こえてきた。彼女の登場にみる香は安堵する。

 バッド君はもう先ほどのような表情をしておらず、いつの間にかいつもの爽やかで涼しげな顔に戻っていた。

 みる香は僅かにまだ煩い心臓の音を誤魔化すように颯良々に唐突な話題を振ってみせると三人でそのまま話を続けた。



 その後も充実とした学校生活を送っていた。

 放課後になると檸檬や颯良々とカラオケに行ったり、休みの日には星蘭子と莉唯も加えた五人で映画を見に行ったり、様々なスポーツを楽しめるレジャースポットへ向かってみんなで遊びもした。

 運動が苦手なみる香でも皆と過ごすことでとてつもなく楽しい思い出を作ることができた。

 何も予定がない日には時々桃田から連絡が来ることもあり、みる香の家で恋バナをしたり桃田からバッド君の話を聞いたりと女の子同士での楽しい女子会をすることもできた。

 そして平日休日に関わらずバッド君から突然テレパシーがきたり、レインが届いたりすることは自然と増えていた。

 みる香はそれがくる度に彼に特別な友達だと言われた言葉を改めて実感し、それを嬉しく感じていた。

 彼への気持ちは変わらず桃田以外には話せずにいたが、何かあった時にはいつも桃田が話を聞いてくれておりそれがとても心強かった。

 バッド君への気持ちは高まるばかりであったが、気持ちを伝えない意志だけは変わらず持っていた。

 叶いようがないこの恋を知っているのは自分と、話を聞いてくれる桃田だけでいい。それでいいのだ。

 以前、桃田には気持ちを伝えないのか聞かれたことがあった。

 しかしみる香は彼に友達だと思われている事、自分を男として好きにはならないでと忠告されていた事を説明した。

 忘れてしまう恋だから、話したくないという理由は話せなかった。記憶の消去を知っている事だけは、絶対に誰にもバレたくなかったからだ。

 言われないということはきっと、その話を躊躇われているのだ。みる香が悲しい思いをするのを予想して話せずにいるのかもしれない。

 初めこそはなぜ記憶の消去を隠すのかと不思議に思っていたが、いつからかそう思うようになっていた。

 バッド君が友達として、自分を好いてくれている事はこの数ヶ月で十分に体感していたからだ。

 だからこそ記憶の話は記憶を消されるその日まで自分の中で閉まっておくつもりだ。



第三十九話『日常』終

             next→第四十話
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

処理中です...