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第三十九話『日常』
しおりを挟む「彼氏、できちゃいました……!」
翌日になると檸檬はいつもよりも口元を緩ませながらそんな嬉しい報告をしてくる。どうやら告白が上手くいったようだった。
「わ~!! おめでとう!!!」
「檸檬に彼氏か~勇気出したからだね、おめでとう」
みる香と颯良々はそれぞれお祝いの言葉を発すると檸檬は嬉しそうにありがとうと言い、昨日の出来事を話してくれた。
檸檬は終始嬉しそうに話しており、それを聞いているみる香も心が温まった。
友達の幸せを喜べている自分にも嬉しさは増し、幸せな話はどれだけ聞いても飽きることなく、夢中で彼女の話を聞いていた。
「みる香ちゃん」
休み時間になると桃田がみる香を呼び出した。
彼女の声ですぐに駆け寄ったみる香は桃田と話せることが嬉しく自然と笑みが溢れる。
桃田は特に用はないのだが少し話したくなったのだと嬉しい事を言ってくれた。彼女と話に花を咲かせながらみる香はふと考える。
(桃ちゃんとも、来年はこうして話せないんだ)
桃田にとってみる香がどれほどの存在であるのかは定かではない。
だが、こうして休み時間に会いにきてくれる。そういう存在になれたことがみる香は嬉しかった。
誰がなんと言おうと、みる香が彼女の記憶を失おうと、桃田はみる香の大切な友達だ。
そう思いながら、みる香は桃田との談笑を楽しんだ。
檸檬に彼氏ができてから颯良々と二人で昼食を過ごすことが少し増えていた。お昼になると檸檬は彼氏と二人で食べるようになったからだ。
檸檬は最初遠慮していたがみる香と颯良々は遠慮しなくていいと彼女を彼氏の元へと行かせていた。
そんな日が何日か続いたある日、いつも昼食場を転々としているバッド君が珍しくみる香と颯良々の所までやってきて一緒に食べても良いかと聞いてきた。
みる香にとってはそれはご褒美のようなものだ。
「んーまあいいよ、みるは平気?」
「あ、うんダイジョブ……」
内心喜ぶところを悟られないようにと気を付けていると二人からの了承を得たバッド君は「やった、ありがとう」と爽やかに笑い、空席の椅子に腰掛け始める。
机をくっ付ける訳ではなかったが、みる香の座席の隣の空席に座り始めたため、距離感がどことなく近い。決して近すぎる訳ではないのだが何だかとてもドキドキする近さだ。
バッド君ともし隣の席であったら授業中は終始落ち着きが止まらないだろう。
そんなことを考えながら三人でなんの取り留めもない雑談をした。バッド君には檸檬の話をしていたので彼女がここにいない理由を説明する必要はなかった。
暫く話しながら昼食を食べ終えると颯良々はトイレに行ってくると席を立った。
自然とバッド君と二人きりになる。
周りは他のクラスメイトが騒がしく静かな沈黙は流れていないが、なんとなく緊張で言葉に詰まった。
するとバッド君は突然こんな言葉を口にした。
「夕日さんに彼氏ができて寂しい?」
檸檬の話だ。彼の質問に驚くもののみる香は素直に自身の気持ちを口に出す。
「え? うーん、寂しいといえばそうだけど嬉しいよ」
「そっか、みる香ちゃんは夕日さんの良い友達だねえ」
「そりゃ、檸檬ちゃんは大事な友達だよ。だからこそ嬉しいし」
「あははそっか、夕日さんカップル結構有名になってきたよねえ」
確かに最近は檸檬達のカップルは少し噂になっている。二人の姿を遠目で見かけた時に周りの生徒がお似合いだと話していたのを耳にしていた。
それを聞いてみる香も本当にお似合いのカップルだと思っていたのだ。
「そうだね、私もいつかあんな素敵な恋がしたいな~」
なんとなくそう口にした。今はバッド君以外の男など全く目にないが、いつかはこの初恋を終えて、新たな恋をするのかもしれない。
それは正直言うと寂しく、できれば彼だけをずっと思っていたいとは思う。
しかし、記憶がなくなればそれも叶わぬ願いとなる。
「……ねえ、今の台詞、他の男の前では絶対に言わないで」
「…え?」
すると唐突に、バッド君はそんな言葉をいつもとは違った雰囲気を纏って口にした。
みる香は思わず聞き返す。
そんなみる香の表情を余裕のなさそうな顔をして見つめてくる。
「君は無自覚なんだろうけど」
言葉を口にしながら彼は自身の手で首筋を触っている。少し、いつもと空気感が違っていた。
「みる香ちゃん時々、ドキッとする事言うから……」
少しむすっとしたような彼の表情は何だか新鮮だった。だがその一言にみる香はすぐに「そ、そんな事言わないよっ!」と言葉を返す。
よく分からないが、勘違いをされている気がしたからだ。しかしバッド君の表情は変わらぬままでみる香を見つめたまま言葉を続けた。
「……男はそういう一言でコロッと落ちちゃう事もあるんだよ」
その言葉はみる香の鼓動を速くさせた。そんなはずはないと思いつつもみる香は仄かに赤らんだ顔で彼に問いかける。
「…バッド君も……?」
するとバッド君は一度離した目線をこちらに戻してくる。
いつもと違う爽やかではない視線は彼がやけに大人びているようなそんな感覚を覚える。
「友達として可愛いとは思っちゃったよ。だから……気をつけてほしいな」
その言葉でみる香の心臓は一気に跳ね上がった。ドキドキという心音がこれでもかと言うほどに煩い。
心臓が高鳴る中、返す言葉を必死で考えていると「トイレ珍しく混んでた」という颯良々の声が聞こえてきた。彼女の登場にみる香は安堵する。
バッド君はもう先ほどのような表情をしておらず、いつの間にかいつもの爽やかで涼しげな顔に戻っていた。
みる香は僅かにまだ煩い心臓の音を誤魔化すように颯良々に唐突な話題を振ってみせると三人でそのまま話を続けた。
その後も充実とした学校生活を送っていた。
放課後になると檸檬や颯良々とカラオケに行ったり、休みの日には星蘭子と莉唯も加えた五人で映画を見に行ったり、様々なスポーツを楽しめるレジャースポットへ向かってみんなで遊びもした。
運動が苦手なみる香でも皆と過ごすことでとてつもなく楽しい思い出を作ることができた。
何も予定がない日には時々桃田から連絡が来ることもあり、みる香の家で恋バナをしたり桃田からバッド君の話を聞いたりと女の子同士での楽しい女子会をすることもできた。
そして平日休日に関わらずバッド君から突然テレパシーがきたり、レインが届いたりすることは自然と増えていた。
みる香はそれがくる度に彼に特別な友達だと言われた言葉を改めて実感し、それを嬉しく感じていた。
彼への気持ちは変わらず桃田以外には話せずにいたが、何かあった時にはいつも桃田が話を聞いてくれておりそれがとても心強かった。
バッド君への気持ちは高まるばかりであったが、気持ちを伝えない意志だけは変わらず持っていた。
叶いようがないこの恋を知っているのは自分と、話を聞いてくれる桃田だけでいい。それでいいのだ。
以前、桃田には気持ちを伝えないのか聞かれたことがあった。
しかしみる香は彼に友達だと思われている事、自分を男として好きにはならないでと忠告されていた事を説明した。
忘れてしまう恋だから、話したくないという理由は話せなかった。記憶の消去を知っている事だけは、絶対に誰にもバレたくなかったからだ。
言われないということはきっと、その話を躊躇われているのだ。みる香が悲しい思いをするのを予想して話せずにいるのかもしれない。
初めこそはなぜ記憶の消去を隠すのかと不思議に思っていたが、いつからかそう思うようになっていた。
バッド君が友達として、自分を好いてくれている事はこの数ヶ月で十分に体感していたからだ。
だからこそ記憶の話は記憶を消されるその日まで自分の中で閉まっておくつもりだ。
第三十九話『日常』終
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