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第三十六話②『真冬の話』
しおりを挟む彼はみる香に手渡した手袋からそっと手を離すとそんな言葉を漏らして柔らかく笑った。その温かくも優しい笑みはみる香の速まる鼓動を更に加速させる。
みる香は再び照れ隠しに「勘違い?」と声を出すとバッド君はうんと言葉を返した。
「俺ね、君の事、ただの契約者だとは思ってないよ」
「え……」
「君のこと、特別に思ってるんだ。特別な存在、普通とは違う凄く特別な………もちろん、友達としてね」
「…………」
みる香はバッド君の予想外の台詞に言葉を失う。嬉しい。嬉しすぎて、うまく言葉が出てこない。しかしバッド君はそのまま言葉を続けた。
「これは本当の話。これだけは知っておいてほしいな」
バッド君は優しくみる香を見下ろすと自身の人差し指を口元に当ててそう告げる。
彼の一つ一つの動作に、視線に、瞳に、心臓の音が煩くなる。まさかバッド君からこのような特別宣言をされるとは思いもよらなかった。
たとえそれが友達の意味だとしても、十分すぎるほどにみる香の気持ちは昂っている。
(記憶を消されても…この言葉だけは忘れたくないな)
そう願ってしまうほどに、嬉しさが込み上げていた。そんな夜であった。
正月を迎えると親戚同士の集まりが始まり、あっという間に冬休みは残り三日となった。
宿題も無事に終わりみる香は自宅に遊びにきた従姉妹の森村亜実音もりむら あみねと二人でコンビニに行くとそこで偶然にもバッド君に出くわした。
「バッド君!?」
「みる香ちゃん、偶然だねえ~」
「誰このイケメン!!!!!! みるちゃん!?」
それぞれの言葉が行き交う中、三人は近場の公園に足を運び、雑談することになった。予想外であるが嬉しい展開だ。
もう冬休みは会えないと思っていたバッド君とこうしてまた会えたからだ。
みる香は一学年上の亜実音を彼に紹介し、彼女にバッド君を紹介する。
亜実音は終始バッド君のことをかっこいいと言い続け、恋人がいるにも関わらず連絡先を聞いていた。
亜実音は昔から面食いで知り合うたびに連絡先を聞く癖があった。今回も特に深い理由などなく、聞いているのだろう。
しかしバッド君は爽やかに笑いながらも珍しく断っており、みる香は不思議な気持ちでその様子を静観する。
(そういえばなんで最近、女の子と一緒にいないんだろ)
ふと思った。バッド君のプレイボーイな噂を聞かなくなったのは彼が女の子との噂が出ないように上手く隠れるようになったのだと、今まではそう思っていたがそれは間違いだった。
バッド君は、本当に女の子との関わりを持たないようになっていた。それは年末年始の時に彼の方から直接話を受けていたからこそ知っている情報だった。
『もう一つ君が勘違いしてることがあるから言っておくけどさ、俺今はどの女の子とも繋がりを持っていないからね』
みる香を特別な友達だと打ち明けてくれたあの日、時間を置いてから再び彼に発せられた言葉だった。
女の子とは今、誰一人関わりを持っていないのだとそう彼は断言していた。
バッド君は嘘をつくこともあったが、あの言葉は嘘には見えなかった。何よりその言葉を信じたいと思った。それは単純に好きな相手を、信じたいと思うからだ。
しかしなぜ彼がそれをわざわざみる香に話すのか、なぜ女の子との関わりを断ち始めたのかは謎のままだった。
仮にも、本当に仮の話で、万が一にバッド君がみる香の事を一人の女として特別に思っているのなら、それも納得はいく。だがみる香は友達だ。謎は深まる。
(バッド君が、女の子と一緒にいないのは嬉しいんだけど……気になるなあ)
本当に不思議だ。そのままバッド君を見つめていると彼もこちらの視線に気付いたのか目が合う。
みる香は咄嗟に視線を逸らして赤くなった顔を誤魔化そうと頬を叩き始めるとバッド君は「みる香ちゃんどうかしたの?」とこちらの両手首を掴み、自身の頬を叩くのを阻止してきた。
「!?」
あまりにも近い距離にバッド君の顔がありみる香は思わず「近いよ!」と手を離そうとするがバッド君はみる香を嗜めるような顔をして「自分の顔をそんな風に叩くのは止めてほしいな」とやけに大人じみたことを言ってきた。
彼の力にはびくともせず、手首は掴まれたままである。
「だ、……」
(だって、バレたくなかったんだもん)
そうは言っても彼にそれを伝えることはできない。
みる香は彼との距離が近すぎることに耐えきれず「た、叩かないから離して……?」と弱々しく声を返すとバッド君は爽やかな笑みに戻り、すぐに手首を解放してくれた。
「なーんか、付き合ってるみたい」
突然亜実音のそんな言葉が投げられる。みる香は反射的に彼女を振り向き、焦った様子で言葉を発した。
「何言ってんの!! そんなんじゃないよ!」
「あはは、そう見えちゃいますかねえ~?」
同時にバッド君も言葉を返し、声が重なった二人は顔を見合わせる。
みる香は上目遣いで彼を見遣ると「そういう反応、一番誤解を生むから止めてよ」と小言を言う。
本当は嬉しい誤解だが、彼にとっては迷惑に違いない。バッド君は面白そうに言葉を返しても心の中でどう思っているか分からないのだ。
複雑ではあるが、そんな彼をみる香は好きになったのだ。その辺りは覚悟している。するとバッド君は笑いながらこう返してきた。
「俺は特別な友達となら、誤解されてもいいけどな」
「えっ」
この男は何度みる香の顔を赤くさせれば気が済むのだろうか。みる香はそれ以上彼に言える言葉が見つからずただただ赤面することしかできなかった。
第三十六話『真冬の話』終
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