バッド君と私

星分芋

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第三十三話②『昇格』

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 放課後になるとみる香はトイレに立ち寄り、教室へ鞄を取りに戻り始める。

 すると静まった廊下で何やら数人の声が聞こえてきた。楽しそうに話している様子ではない。

 気になったみる香は声の漏れている家庭科室へこっそり足を運ぼうとすると突然誰かに肩を叩かれる。

「ふえっ!?!?!?」

「ごめんなさいねみる香ちゃん」

「も、桃ちゃん!?」

 みる香の肩を叩いたのは桃田だった。彼女は驚いたみる香に申し訳なさそうな顔をすると「あそこは今修羅場みたいなものよ」とみる香が向かおうとしていた家庭科室に視線を向けた。

「修羅場って……桃ちゃん見たの?」

「ええ、それでもしかしたらみる香ちゃんが来るかもしれないと思ってちょっと待ってたの。気を悪くしないでね」

 どうやら家庭科室にはバッド君がいるらしい。みる香を案じた桃田はこちらが家庭科室に向かうかもしれないとここで張り込みをしていたようだ。

 見事に桃田の予想した通りまさに今向かおうとしていたところなのだが、なぜここまで彼女が心配してくれているのかは疑問であった。素直に尋ねてみると桃田はすぐに答えてくれた。

「直接見たら分かると思うわ。だけどあなたの気分が悪くなるかもしれないから確認するかどうかはみる香ちゃんが決めてちょうだい」

 家庭科室を覗きに行く際は、桃田が結界を張ってこちらの姿は見えないようにしてくれるようだ。

 そのため直接的にみる香に害はないようだが、会話の内容でもしかしたら傷付くかもしれないと桃田は言う。

 どんな内容かは見当がつかなかったが、みる香は家庭科室に行く事を決めた。単に気になるからだ。一体中でどんな話をしているのだろう。

「じゃあ今から結界を張るわね」

 そう言って桃田は数秒すると「もう良いわよ」と合図を出して二人で家庭科室へ向かう。

 本当に相手側からこちらの姿形が見えないのかという妙な緊張はあったが、先導した桃田が堂々と家庭科室の扉の前で立っていても何の反応もないことから大丈夫である事を理解した。

 今更ではあるが、結界は便利であると改めて実感する。

 家庭科室に到着したみる香は大丈夫とは分かっていても何となく家庭科室の窓に顔だけ出す形で覗き込み始めた。

 中には数人の女子学生とバッド君が話をしている。

 その女子学生たちは動物園に行った際に、バッド君と話していた団体グループだった。しかしそこに栗井の姿だけは見当たらない。

(そういうことか……)

 この状況を見聞きして桃田が言っていた事は理解できた。

 耳を澄ませてみるとバッド君たちはあの文化祭の日のことを話していたからだ。

「だからさ、半藤。栗井ちゃんのこと許してあげてよ」

 一人の女子学生――本多ほんだはそう言ってバッド君に懇願していた。彼女はバッド君と栗井を仲直りさせたいようだった。

 バッド君はそのまま言葉を返す。こちらからでは彼の背中しか見えないため、彼が今どんな表情をしているのかは分からなかった。

「俺は仲良くするつもりはもうないよ」

 バッド君は迷うことなくそう告げると本多はその言葉に疑問をぶつけた。先程よりも感情的な声で彼女は声を上げる。

「栗井ちゃんそんなに悪いことしたかな……!? 本人から話聞いたけど、別に大したことしてないと思うんだけど」

 本多がそう言うと周りにいた数人の女の子たちもうんうんと頷き同意の言葉を出した。

「それはほんと思った」
「相手がメンタル弱いだけで、栗っちは普通のことしただけじゃない?」
「栗井は言葉遣いが悪かったって言ってたけど、状況見るとねえ」

 そんな言葉を次々と発言している。桃田が懸念していたのはこの事だったようだ。

 みる香はあの時の状況を思い起こすこの展開に複雑な感情はあったが、それでもあの時のような絶望感は感じなかった。桃田の結界のおかげかもしれない。なぜだか少し安心することができる。

 女子学生たちが本多の後に続くように言葉を放ち始めているとその言葉を打ち消すかのように「あーごめんね」というバッド君の言葉が重ねられた。彼が人の言葉を遮るのを見るのは初めてだった。

 バッド君は悪びれもなく彼女たちより大きな声で言葉を発する。

「俺さ、善悪とか正直どうでもいいんだ。大事なのは誰の味方でいたいかなんだよ」

 彼はそう言うと人差し指を逆さにしながら本多に向け始める。

「だから栗井さんの態度は許したくないな」

 シンと静まりかえるのも束の間、本多は再び言葉を発した。

「ねえ半藤、あんたとはさウチら高校入って初めて仲良くなったじゃん。みんなで色々遊びにも行ったし旅行にも行ったよね、たくさん思い出あるよね? なのにウチらよりもあの子の方を庇っちゃうの? ウチらの方が年月も何もかも長いのに? あんたはウチらの友達じゃないの?」

 その本多の言葉でみる香は衝撃を受ける。バッド君が栗井たちと高校に入ってすぐ親しくなったという話は初耳だったからだ。そして同時に疑問に思った。

 なぜ、彼は以前から親しい仲である彼女らよりもみる香の肩を持つのか。昇格を気にするにしても、みる香とも栗井ともバランスよく仲良くすることはできるはずだ。

 だと言うのになぜバッド君はみる香だけの味方をするのだろうか。栗井を突き放す理由はなんなのだろうか。するとバッド君は本多の疑問に応えるように口を開いた。

「長さなんて関係ないよ」

 そう言葉を口にし、本多に向き合う形で言葉を続ける。

「言ったろ? 誰の味方でいたいかだって。俺は君たちよりもみる香ちゃんの味方でいたいんだよね、それだけなんだ」

 そこまで言うとバッド君は本多に背を向けて「もういいよね? そろそろ帰りたいからさ~」と言いながら家庭科室の扉に向かい始める。

「半藤! 栗井ちゃんが謝ってもダメなの!?」

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