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第三十一話②『心境』
しおりを挟む「今日はみんなありがとね、また月曜日」
飯島のその言葉でハロウィンパーティーは終わりを迎えた。
外は暗闇に染まり、時間は夜の七時になっていた。
半藤はみる香を遠目から見ながら彼女の行動に意識を向ける。どうやら夕日と桃田の三人で帰宅する様子だ。
ここで半藤が共に帰るという選択肢もあったが、みる香はいつになく楽しそうだ。せっかく楽しそうなところを邪魔するのは気が引けた。
他人を気遣う性格ではない半藤だが、みる香に関してだけは話が違っていた。
(また明日ね)
テレパシーを送るでも声を出すわけでもなく、半藤はそう心の中でみる香に声をかける。
彼女の楽しげな表情に満足した半藤は大人しく一人で帰路へつこうと会場のメンバーに笑顔で別れの言葉を告げて城とも呼べそうな家から外へ出た。
「半藤くんっ!!」
飯島の家を後にして数分歩くと突然後ろから女の声が聞こえてくる。
半藤はそのまま振り返ると相手は長谷川だった。
何かあったのかといつものように笑みを見せながら問いかけると彼女は顔を赤く染めながら一緒に帰りたいと口にした。
今はみる香もおらず変ないざこざは起こらないと判断し、半藤はその提案を受け入れると二人で肩を並べて歩き出す。それにしても、少々厄介ではある。
長谷川は性格も温厚で数日の関わりから推測すると裏表はなさそうだ。
みる香に対しても友好的な態度をとっており、その態度に黒い部分などは感じられなかった。
ゆえに半藤も現時点で、彼女に対して負の感情を持ち合わせているわけではない。好きでも嫌いでもないのだ。
(ただ……)
懸念すべき点は、この後起こるであろう展開だ。想像通り、長谷川は途中で半藤に声をかけた。
些細な雑談をしながら歩いていたのだが、突然彼女は決意した様子で声の調子を変えてきたのだ。
長谷川は半藤に目を向けながら言葉を続けた。
「半藤くん、あの……わたし、半藤くんの事が…」
ロングスカートをぎゅっと掴みながら彼女は口籠る。しかし数秒の後直ぐに続きの言葉を発してきた。
「好きなんです……付き合ってくれませんか?」
正直なところ、長谷川は半藤から見て興味を惹かれる外見をしていた。だが、今の半藤には彼女の告白を受け入れない理由とその意志の強さが明確にある。
半藤は告白をしてきた長谷川に顔を向けると返事を返した。
「ごめんね、君とは付き合えないよ」
何度も告げたことのある断り文句を彼女に放つ。
通常であれば、ここで大抵の女は逃げ帰っていくのだが、長谷川はそうではなかった。
彼女はもう一度口を開くと二回目の告白をしてきた。
「す、好きじゃなくても……わたしを遊び相手って思っててもいいの! 本気になってくれなくて良くて……その、半藤くんはロングヘアの子が好きって聞いて……だから少しはわたしにも可能性があると思って…遊びでいいから付き合って欲しいです!!」
このような告白は実は初めてではない。半藤はこれまで数多の女と交際をしてきたが、その中で告白をされて付き合ったこともあった。
それは勿論、好みの外見をしていた場合だけ告白を受け入れていたのだが、今回のように告白を断ってもなお諦めず、食い下がる女の告白でそこまで言うならと恋仲になる事も実際にあった。
そのため、好みでなくとも諦めず告白をしてきた女とは交際をスタートしていた。
これまでの経験から考えると、今のこの状況では告白を受ける、というのが本来の半藤である。
しかしそのような選択肢はもはや存在しなかった。
今の半藤の心境が、これまでとは全く異なるからである。
半藤は先程よりも顔の赤らみが増した長谷川に目を合わせて再び言葉を返した。
「君の気持ちに応えることはできないな」
長谷川は悲しそうに半藤を見上げる。しかし半藤は慰めの言葉などはかけず一番重要な言葉を続けて放った。
「俺にもどうにも出来ないほどに、好きな女の子がいるんだ」
半藤はその女の子の顔を思い浮かべる。
それだけで気持ちが明るくなり、幸福感が生まれる。不思議なこの感覚に半藤は堪らない愛おしさを感じていた。目の前の長谷川には靡く隙もない程に。
「だからごめんね。俺の事は諦めて欲しい」
その言葉を最後に、長谷川は頭を俯かせ、小さくわかったと声を出すと半藤の前から立ち去っていった。
彼女の背中を見送る事もなく半藤は空を仰いだ。暗闇の中には数多の星が広がり景色が良く、風も心地よい。
半藤は視界を人気のない歩道に移すとそのまま自宅へと足を向けた。
* * *
第三十一話『心境』終
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