バッド君と私

星分芋

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第二十七話②『制裁』

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 しばらくするとバタバタと騒がしい足音が聞こえ、保健室の扉が乱雑に開け放たれる。扉から現れたのは檸檬に星蘭子、莉唯に桃田、そして――バッド君だ。

「森村ちゃん!!!」

 目が合った檸檬は途端にみる香に抱きつく。みる香は驚きながら思考を巡らせた。先ほどバッド君が戻ってきたがまたすぐに出て行ってしまったのだ。

 そして戻ってきたと思ったら今度はみんながいる。

 なぜ、バッド君はみんなを連れてきたのだろうか。しかしその疑問はすぐに檸檬の言葉で解決した。

「桃田ちゃんに全部聞いたよ! クラスの奴ら……サイッテ―。私は森村ちゃんの味方だからね!!」

「みるちゃん大丈夫? 声出ないって聞いたよ……何かあったらメモでもレインでもなんでもして? あたしらはいつでも力になるよ!」

「みるちゃん、話せなくても大丈夫! 私が通訳になるから!!」

 そんな、嬉しい言葉をかけてくれる。彼女達の発言からしてみる香のあの思い出したくもない出来事はすでに聞いているようだった。

 しかし、それを聞いても尚みる香の肩を持ってくれる友達が目の前にいることにみる香は喜びと、言葉にし難い温かさを感じる。

 ニコリと笑みを向け、大きく頷いてみせると三人はみる香の手を温かく握ってくれた。

 声を出そうとしてみたが、まだ精神的なショックからか、言葉は出せずにいた。もう時間も遅いということで、檸檬達は保健の先生から帰宅を命じられ、泣く泣く帰っていく。

 しかしバッド君と桃田だけは自宅まで送り届ける役目としてまだ残ることを許可されていた。

 事情を聞いた保健の先生からは両親へ連絡をすると言われていたが、みる香はそれだけは止めてほしいと必死の思いでそれを紙に書き記した。両親には、何も知られたくなかったからだ。

 みる香の懇願する姿勢と、バッド君と桃田のお願いが響いたのか、先生は仕方がなさそうに折れてくれた。両親には風邪を引いて声が出ないと誤魔化す事にした。

「みる香ちゃん、歩けるようになってよかったね。声もその内出せるようになるはずだから、心配しないでね」

 帰りの道中、バッド君はずっとそんな言葉をかけながらみる香を励ましてくれた。バッド君への気持ちに気づいたみる香は何だかそれがこそばゆかった。

 みる香を囲むように両サイドで歩くバッド君と桃田は、自分のことを守ってくれているのだという安心感が強く、いつも以上に頼もしかった。

 二日目の文化祭に出向くのは気まずかった。しかし欠席だけはしたくない。

 みる香は玄関を出ると門の前で待つバッド君の姿を見つける。彼の瞳と目が合わさり、動悸は激しくなる。そして同時に、とてつもなく嬉しかった。バッド君はみる香を気遣って来てくれたからだ。

「おはようみる香ちゃん、行こうか」

『うん。来てくれてありがとう』

 バッド君にはしばらくテレパシーで言葉を返すことになりそうだ。こんな状況でも、テレパシーが使えて本当に良かったとみる香は安堵の息を吐く。

 バッド君は登校の際もずっとみる香を気遣うように話しかけてくれていた。正直、好きだと気づいた相手にこんな風に労ってもらえるのは嬉しかった。

(なんて、こんなこと言ったら嫌われちゃうかな)

 そう考えながらもみる香は下駄箱まで足を運ぶとそこで一人下駄箱に背中を預けたまま立っている生徒の姿があった。飯島だ。

 飯島はみる香の姿に気が付くと、寄っかかった下駄箱から身体を離し、こちらの方へ歩いてくる。そして声を発した。

「聞いたよ、昨日のこと。私、失望した。森村さんはなんもしてないのにね」

(え……)

 彼女の言葉はみる香の肩を持つような台詞だった。予想外の言葉にみる香は彼女をじっと見つめてしまう。

「声出ないんだって? はあ、うちの友達があんなに馬鹿だとは思わなかった。私の謝罪が代わりになんてならないけど、ごめんね」

 飯島は昨日みる香と栗井のやりとりをただ傍観していた飯島の友人らの事を言っているのだろう。彼女が謝る必要など、どこにもないというのにそんな風に謝罪してくる飯島の誠実さが、みる香の心に響いた。

 みる香はそのままスマホを取り出しメモ用紙に文字を打ち込むと彼女にそれを見せつけた。

『飯島さんと、友達になってもいいですか?』

 それを見た飯島は驚いた顔をして口元を緩めると「当たり前だよ、ていうかタメでいいじゃん」と笑い声が返ってくる。みる香はそのまま笑みを返した。

「みる香ちゃん、良かったね。そろそろ行こうか」

 その一部始終を黙って見守っていたバッド君はみる香の腕を引いて歩き出す。

 きっとみる香を気遣って腕を引いてくれているのだろうが、それでもバッド君に手を掴まれてリードされていることが嬉しかった。

 教室に行くのはまだ怖かったが、バッド君がいてくれるのなら大丈夫な気がしている。これはきっと彼への信頼が強く、みる香自身がバッド君を心から好いているからなのだろう。

 そのまま彼に腕を引かれてみる香は教室へと向かう。



「森村ちゃん! おはよ~!!!」

 教室に入るなり、檸檬がみる香に抱きついてきた。そうしてクラス中の視線がみる香に向けられる。

 ごくりと唾を飲み込んだみる香はそのままの足で教室へと踏み入れた。すると突然バッド君の声が教室中に響き渡る。

「おはよう皆。今日も頑張ろうね~」

 途端にクラスメイト達が焦ったように言葉を発し始めた。

「そっそうだな!」

「あ、あと一日だねえ~」

「いい思い出つ、作ろう~」

 どことなくぎこちない空気に違和感を感じたみる香は後ろにいるバッド君を見上げる。

 だが、彼はみる香に優しく笑みを向けるだけで何もおかしなことはしていなかった。

『何かしたの?』

 気になったみる香は彼にテレパシーでそう送ってみたが、彼はみる香を優しく見つめたままこう言うだけだ。

「ナイショ♡」

 と。




第二十七話『制裁』終

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