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第十二話③『補習作戦』
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みる香が教室付近を歩くのを認識しながら半藤は演技を続ける。
「あ、誰か来たみたいだね。今日はもう帰ろうか」
聞こえる足音を強調させるように小声で目の前の柿枝にそう告げると彼女は残念そうな顔で呟く。
「ただの通行人なら良くない?」
そう言って足音のする廊下側へ視線を向ける柿枝だが、彼女は不思議なものでも見たのか目を軽く擦り始める。
「どうしたの?」
そう微笑みながら尋ねると彼女は廊下を見たまま声を続けた。
「いや、人影が見えないからもう通り過ぎたみたいだね……足速いから驚いちゃった」
「じゃあ急がないとね」
半藤はそう言いながら机に置いていた鞄を肩にかけ、帰る支度をする。
言葉の意味が分からなかったのか、柿枝は「どうして?」と心底不思議そうに問いかけてきた。
「もしかしたら通行人は先生を呼びに行ったのかも。俺と柿枝さんが風紀を乱しそうだったからってさ」
「えっ」
「困るよね? 先生に小言を言われるのは勿論、君と噂になるのはちょっとごめんだな」
「え、それは良くない? 私はいいけど……」
柿枝はそう言って半藤の服の裾を掴んできた。振り解きたくなる思いを抑えながら半藤は微笑んで彼女に言葉をかける。
「最近噂で有名になっちゃってるからさ~今でもまだみる香ちゃんとの噂があるし」
その名で柿枝の顔が瞬時に強張るのを半藤は見逃さなかった。思っていた通りだ。
「森村……みる香と、そういう関係だったの?」
その言葉で半藤は笑いながら声を上げた。
「やだなあ君までそう言うんだ? ただの友達なんだけどねえ」
半藤はそう言うと柿枝に一歩近づき再び口を開く。
「ねえ柿枝さん、もしかしてみる香ちゃんと何かあったの?」
その一言で柿枝は半藤を見上げた。彼女の瞳はわなわなと震えだし、その瞳の奥には憎悪が見え隠れしている。隠せていないその目に半藤は失笑しそうになるのを堪えながら彼女の言葉を待った。
「半藤君は……私の味方してくれる?」
そう戯言のような言葉を漏らす彼女の手をそっと包み込むように片手で握ると柿枝は顔を上げて半藤に目を合わせた。
そのままただ笑みを浮かべていると彼女はそれを肯定とみなしたのかゆっくりと話を始める。
「森村みる香は最低なの。私、何もしてないのに敵対視されてて。私の陰口を学校中に広めたんだよ……本当にひどい女なの」
「みる香ちゃんが嫌いなの?」
その質問にはすぐに声を返す。
「大嫌い。制服もダサいし可愛くもないし、あの子いっつもどもってるじゃん」
半藤は奥底で生まれる感情を表に出すまいとしながらも軽く息を吐いて柿枝に声を出した。
「なんか色々あるみたいだね」
声の調子はいつものように爽やかなつもりだ。
「そうなんだよ。ていうか半藤君は知らないかもしれないけどあの子去年まではボッチだったし」
それは良く知っている。みる香は契約者であるから知らない筈がなかった。
(ここまでかなあ)
半藤はそう思うと柿枝の肩に手を置いてから「ごめんね、俺夕飯作る日なの忘れてた」と突拍子のない嘘を告げてその場を退散する。
柿枝は「レインするね!」と半藤の背中に向かって声を上げたが、そのまま振り返ることはせず歩を進めた。
「疲れたなあ」
学校を後にした半藤は額に汗を流しながらそうボヤく。今回の作戦はシンプルであったものの精神的には疲労感で満たされていた。
半藤は柿枝の話を信じていない。彼女がなぜ、みる香に悪口を言われたなどとホラを吹いたのかを考えればそう難しくない答えが出せる。
第一みる香が陰口を広める余裕のある女だとは思えなかった。友達もいないというのに陰口を叩いている暇などないだろう。分かりやすい嘘である。
校則に則った制服姿はダサいと言われるのだろうか。しかしみる香の制服姿が半藤は嫌いじゃなかった。
彼女は確かに校則をそのまま再現したような規則正しい着こなしをしている。
スカート丈も短いスカートとは言えず、長さは膝くらいまであるのだが、その姿は彼女に良く似合っていると半藤はそう感じていた。
それに、みる香の顔が可愛くないというのには頷けるものの、悪意を持って発言する柿枝には同意したくなかった。
みる香は確かにお世辞にも顔が可愛いとは言えないが彼女の性格は可愛らしいと思う時がある。
半藤が誰かに対してそう感じるのは珍しい事だった。
見た目が優れており、自分好みと感じる人間はこれまでに数えきれないほどいたが、内面を可愛いと思える人間はそういなかった。
「まあだから何って話だけどさ」
そんな独り言を呟きながら半藤は人気の少ない歩道を歩いて行った。
* * *
第十二話『補習作戦』終
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