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第八話②『天使』
しおりを挟むダブルデート当日、みる香は前回と同じく動きやすそうな服装で身なりを整えると自宅を出て遊園地へと向かう。
今日は何の目的もない。ただ桃田に誘われてデートに行くだけだ。友達になろうという気持ちはなかった。
もちろん、桃田と友達になりたくない訳ではなかったが、純粋な気持ちで友達になるのは彼女を利用しかけた身としては難しいことであった。
なので今日は罪滅ぼしというのも変な話だが、桃田の要望通りに一日を過ごそうとそう考えていた。
彼女の恋が実らずとも少しでもバッド君と二人の時間が作れるように隙を見つけようと考えているとあっという間に待ち合わせ場所にたどり着く。
「おはようでス」
不思議なイントネーションでそうみる香に話し掛けてきたのは伊里だ。彼とは前回もすぐに帰ってしまったため、きちんと話をしたことがない。
みる香は前回の事を謝ると彼は気にしていないように平気だと答えてくれた。
「おはよ」
伊里と世間話をしていると桃田がやってくる。
みる香は彼女の姿を見て思わず見とれてしまった。スラッとモデルのように足の長い彼女はお洒落でかっこいい。
私服はタイトめなワンピースにオーバージャケットを羽織り、桃田の体型によく似合っていた。
お世辞にもスタイリッシュとは言えないみる香の体型では着こなすのは難しそうだ。
「おはよ~俺が一番最後か」
そしてその後すぐにバッド君がやってきた。これで全員集合だ。
「……半藤君と森村さんわざと時間ずらしてきた?」
その桃田の言葉でみる香は後ろめたい気持ちがドッと沸き起こった。桃田は前回二人が一緒に来たことを気にしているのだろう。
今回は本当に一緒に来てもいないし時間の調整もしていないのだが、彼女の疑ったような目線はみる香の動悸を激しくさせた。
今日は絶対にバッド君と二人きりになるのは避けたいところだ。そんな事を思いながらみる香たちは入場口へと向かっていった。
いくつかのアトラクションを体験し、ひと休憩入れようと四人はレストランに入って行く。
みる香は皆が椅子に腰掛け身体を休め始める中、一人ずっと気を張っていた。バッド君と一定の距離を保ち続けたいからだ。
また彼がいつみる香に近寄ってくるか分からない。その点だけはバッド君を信用していなかった。
みる香は今日一日考えてようやく彼の謎の行動と彼への違和感の理由が分かった気がした。きっとバッド君は、桃田に気がないことをみる香を利用して思い知らせたかったのではないかと。
彼がみる香をそういう対象として見ていないのは頭の足りないみる香でも理解しているのでそれしか理由は考えられなかった。
彼はみる香と距離をわざと近くして桃田を二人がそういう仲であると勘違いさせようとしていたのだろう。
(直接断ればいいのにさ)
みる香はそう考えながら注文したドリンクを飲み始める。すると突然桃田がこんな事を問いかけてきた。
「ねえ半藤君と森村さんて、付き合ってるの?」
「ええ!?」
みる香は条件反射で素の声が出てしまう。
そんなみる香が可笑しかったのかバッド君は爽やかな顔で笑い出すと「俺と森村さんってやっぱそう見えちゃうのかなあ~」などという言葉を口に出している。
そんな答え方は意味深すぎる。もっとはっきり否定しなくてはいけないと思い、みる香が否定しようと口を開くとバッド君は「ストップ」と言って向かい側に座るみる香の手を握り始めた。
「!?」
「面白いからほんとはどうなのか二人に当ててみてほしいな」
桃田と伊里を見回しながらそんな事を楽しそうに言い出すバッド君にみる香は非難の目を向けるが、彼に効果はないようだ。
彼の手を振り解こうとするが、がっしりと掴まれてしまい手を離す事が出来ない。
「……手、繋いでるじゃん。どう見ても付き合ってるようにしか見えないんだけど」
「手、離してよバッド君」
桃田の直球な言葉に冷や汗が出てきたみる香は真正面に座るバッド君へそう告げる。
しかし彼は何が楽しいのか爽やかな笑みのまま手を離そうとしない。このままでは本当に付き合っていると思われてしまってもおかしくない。
「何それ照れ隠し? やっぱりそうなんじゃん」
桃田はみる香を見てそういうとため息を吐いてから窓の方を向いてしまう。最悪の状況である。
そんな桃田の態度を見ても全く調子を変えずヘラヘラしているバッド君の表情を見てみる香は我慢ならず立ち上がった。
『手、離してくんないと契約破棄する』
みる香はバッド君以外の二人に聞こえないようそんなテレパシーを送ると彼は「あはは困るな」と言ってようやく手を離してくれる。
みる香はそんな彼を一瞥した後そのまま桃田へ視線を向けて言葉を発した。
「桃田さん、ごめんね。半藤君はふざけてるだけで本当に付き合ってなくて……えっとだから、桃田さんの邪魔するつもりないよ! 誘ってくれて嬉しかったです、邪魔したくないから……えーっと私はもう帰るね!!」
そう言い切ったみる香を呆然とした様子で見つめる桃田から目を離し、バッド君を見て思い切り睨みつけるともう一度テレパシーを送りつける。
『桃田さんを傷つけないって言ったのに嘘ばっか』
そしてもう一言怒りを込めたテレパシーを放つ。
『ついてきたら絶対契約破棄するからね!』
そう言って彼からのテレパシーが来ないように受信を拒否する。こんなところでテレパシーの拒否を使う日が来るとは思いもしなかったが、今のみる香にとっては好都合である。
みる香は荷物を取り、自分の分の料金を机の上に置くとそのまま鞄を肩にかけてレストランを後にする。
追いかけてくることはないと思うが、念のため早足で園内を出ようと歩を進めていると突然腕を掴まれた。
「みる香ちゃん、ごめんごめん。そろそろかなと思ってたんだ」
「? 契約破棄するって言ったのに」
追いかけてきたバッド君の言っている意味はよく分からないが、みる香は彼が追いかけてきた事に対して不満を口にした。
今、契約を解除すれば間違いなく彼の昇格に響くだろうに、なぜこのような行動を取るのだろうか。
そんな事を頭の奥で考えながら目の前に立つバッド君を不満げに見る。
すると彼はそんなみる香を見ながら後頭部を掻いてこんな事を言い始める。
「もうお終いにするからさ、来てくれる?」
バッド君はみる香にではなく誰もいない場所に向かってそんな言葉を口にした。
「? バッド君なんの話……」
しかしそう言いかけたみる香の目の前には突然、先程までレストランにいた桃田と伊里が現れた。
歩いて来たというよりは突然その場に現れたようなその不思議な感覚にみる香は頭を混乱させる。
バッド君は突然現れた二人に顔を向けてからすぐにみる香へ視線を戻すと彼の一歩後ろで立つ桃田と伊里を手で指しながら予想外の言葉を明かす。
「実はさ、今日までのは全部二人に協力してもらってたんだよね」
「協力……?」
「うん、天界で必要な『見極めの儀』ってやつなんだけど」
「見極め……ぎ……?」
言葉を返すものの先程から彼が何を言っているのか全く分からないみる香はただただ訝しげにバッド君を見る。
(いや待って。今この二人の前で天界って言った……?)
そう気付いたみる香は咄嗟にハッとした様子で口元に手を当てる。バッド君はそのまま言葉を続けた。
「気付いたかな? この二人も俺と同じ天使なんだよ」
「え……」
そこでようやくみる香は二人の顔に目を向けた。
みる香と向き合う形で立っている桃田と伊里はみる香と目が合うと薄っすらと口元を緩めて閉ざしていた口を開く。
「改めまして、私天使の『桃田』よ」
「僕も天使の『伊里』でス。改めましテ」
みる香は開いた口が塞がらずそのまま二人を見つめていた――――――。
第八話『天使』終
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