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第八話①『天使』
しおりを挟む「ねえどうして昨日帰ったの?」
みる香の目の前には今、昨日ダブルデートをするはずだった桃田の姿があった。
唐突にダブルデートをボイコットしたみる香は翌日になり、気まずい思いのまま学校へ登校した。
自宅に戻ってからバッド君にテレパシーで呼び戻されないだろうかとヒヤヒヤしていたが、彼からの連絡はなかった。
しかしそれもあって翌日の学校は気まずさを増しているのも事実であった。
バッド君と顔を合わせづらいと思いながらみる香は廊下を歩いていると、突然目の前に桃田が現れたのである。
「あ……えっと…」
みる香は突然の事態に挙動不審になる。桃田の鋭い目つきはしっかりみる香を見据えて視線を逸らすのは躊躇われた。
「その……」
「うん、何?」
桃田の気の強そうな性格はみる香をまるで問い詰めるかのようだ。
しかしみる香も引け目はあるもののこのまま黙っているつもりはなかった。
この状況で沈黙を続けていれば肯定しているようなものだ。変に勘違いをされてしまえばかえって彼女を傷つけることになるかもしれない。
みる香は意を決して声を出した。
「だって……半藤君のこと好きでしょ?」
「…!!」
桃田はその言葉に顔を赤らめる。みる香はそれ以上補足で何かを言うのは止めた。言えば嘘になってしまうからだ。
すると桃田は暫し沈黙しながらみる香をもう一度しっかり見据えてくると思いもよらぬ言葉を出してきた。
「ダブルデートもう一回するから!!!!!!」
「……へ!?」
あまりにも謎すぎるその発言にみる香は説明を求めようとするが桃田はすぐにその場を離脱してどこかへ行ってしまった。
(桃田さん、私がいたら嫌じゃないの……? 何でもう一度なんて)
桃田の言っていることは本当に訳がわからなかった。普通なら意中の相手と噂になっている人物を中止になったとはいえもう一度遊びに誘うだろうか。
そんな自分にとってデメリットにしかならない事はしないはずである。しかもみる香は中止にした張本人なのだ。
桃田の考えていることがわからず混乱するも、答えを導き出せないためみる香は一旦考える思考を頭から追い出す事にした。
休み時間になるとみる香は飲み物を買いに中庭へ行き、目星の紅茶を見つけると電子マネーで決済をする。
「みる香ちゃん」
そこで今一番顔を合わせにくい男、バッド君の声が背後から聞こえてきた。
契約を結んでいる以上このまま話さないで過ごすのは無理だと分かっているが、まだ心の準備は出来ていなかった。
バッド君のやり方には今でも同意できないものの、彼もみる香の目的のために動いている。それは分かっているし感謝もしているのだ。
だが、どうしても昨日の彼の作戦には納得ができない。そんな複雑な感情が未だに拭えないみる香はバッド君と顔を合わせるのに抵抗があった。
しかし無視をするわけにもいかずみる香はバッド君を振り返り声を上げた。
「お、おはよう」
「桃田さんに聞いた? 仕切り直しの話」
バッド君はみる香とは対照的に特に気まずそうな顔も雰囲気も出しておらず相変わらず爽やかそうにそう言葉を口にしていた。
そんな様子に内心安堵するみる香は彼の言葉を頭の中で復唱した。
仕切り直しというのは今朝、桃田が口にしたダブルデートをもう一度するという内容のことに違いない。
「う、うん聞いたよ」
するとバッド君は自身の首筋に手を置きながらいつもより眉根を下げてこんな言葉を口にする。
「昨日は俺が強引すぎたみたいだね、ごめんね」
そんな謝罪を述べてきたバッド君に驚いたみる香は「あ、うん」と拍子抜けした様子で答えると彼はそのまま言葉を続けた。
「でさ、桃田さんとのダブルデートどうする? 君が乗り気じゃないなら断ろうと思うけど」
「えっ」
「流石に無理やり来てもらうわけにもいかないからね、君の気持ちを尊重するよ」
どうやら彼はみる香にダブルデートの参加の有無を選ばせようとしているようだ。
みる香としては行かない選択肢を選びたいところなのだが、誘ってきたのがバッド君ではなく桃田という観点から答えは既に決まっていた。
「行くよ」
桃田の意図は分からないが、彼女に誘われた以上誘いを無視するのは気が引けた。申し訳ないという思いが少なからずみる香の中にあったからだ。
「そっか、じゃあそう返事しておくね」
バッド君は涼しげな顔でそう言うとそのまま踵を返して中庭を立ち去っていく。
そんな彼の背中を見ながらみる香はとりあえずの問題が解消されたことに安堵していた。
金曜日になり、明日は仕切り直しのダブルデートが控えている。
この一週間は特に大きな問題もなく、檸檬と放課後に寄り道をして遊んだリ平穏な学校生活を送っていた。
バッド君との噂は未だに流れていたが、それに関してはどうにか周囲の熱が冷めるのを待つしかないだろう。
バッド君とはあれ以降も必要であればテレパシーや直接話すことで関わりが続いている。
彼のいつも通りな態度でみる香の気まずい思いはいつの間にか消えていた。バッド君は、不思議な天使だ。といっても天使はバッド君しか知らないので全ての天使が不思議なのかもしれない。
こういう点に関しては、彼は天使らしいと言えるのだろうか。
「みる香ちゃん、明日は大丈夫そう?」
下駄箱で靴を履き替えているとバッド君の姿が現れた。みる香は顔を上げてそのまま頷いてみせる。
「うん、大丈夫。でもこの間も話した通り桃田さんの気持ちを傷つけるような行動はなしだよ?」
みる香は二回目のダブルデートが決まった後にバッド君へお願いをしていた。今回デートに行くのは桃田に誘われたからであって、友達作戦は中止だと。
なのでバッド君もみる香の友達作りの件は考えないで行動をしてほしいと。
そして彼女がダメージを負うような行動は控えてくれと念を押したのだ。
前回バッド君がなぜいきなりみる香に距離を詰めてきて、それを桃田に見せつけるような行動を取ったのかは未だに謎であったが、もうあのような事は絶対に止めて欲しい。
「あはは、みる香ちゃん恋したこともないのにそんな事言うんだから。でも大丈夫、分かってるよ」
そう頷いてはくれるものの彼の口調はいつも通り軽い調子だ。
バッド君のこの馬鹿にしたような言い方は彼からしたらただの本音で嫌味などはないのだろう。
そんな所に腹が立つことも度々あるのだが、みる香はそのことには特に触れずに言葉を返した。
「私は女の子の味方なの。第一、男に興味ないから」
「あれ、もしかしてみる香ちゃんそういう事? そっち系なの?」
「……何で分かってるのに余計なこと言うの? 恋愛自体に興味がないの!」
みる香は軽口を叩いてくるバッド君を軽く睨みつけるが、彼は楽しそうに笑いながら「ごめんごめん」と謝罪の言葉を口にする。
断言できるが、絶対に悪いとは思っていないだろう。
「仲良いねえ~」
そんな二人の間に声をかけてきたのは檸檬だ。みる香は彼女の姿を目にして笑顔でおはようと挨拶の言葉をかける。
バッド君との仲の良さを指摘されたのは内心ショックだったのだが、その事で檸檬との朝の貴重なおしゃべりを終わりにしたくなかったみる香は別の話題を持ちかけてそのまま檸檬と一緒に教室へ向かって行った。
後ろからは爽やかな顔でついてくるバッド君を気配で感じ取っていたが、彼は途中で誰かに声をかけられたのか姿を消していた。
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