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第三話①『作戦決行』
しおりを挟む午前最後の授業が始まりみる香は黒板に書き出される暗号のような文字を必死にノートに写し出す。
―――――――『みる香ちゃんも気をつけてね』
(気をつけろって言われても……)
先程のバッド君の言葉をふと思い出す。バッド君があんな忠告をした理由はわからなくはなかった。
みる香には興味のないところだが、バッド君は爽やかな性格で人から好かれるだろうし見た目も整った顔立ちをしている為女の子には特に好かれやすそうだ。
だが、みる香にはそんな言葉は何の意味もない。何故なら興味がないからだ。
(恋愛とか、どうでもいいし)
そうなのだ。みる香にとって色恋というものは全く無関心なジャンルだった。
そんな事にうつつを抜かしている暇があるのならば、一人でも多くの友達を作りたいものだ。
好きな男のタイプなどないし、そもそもみる香にとってのバッド君は友達作りのための手段の一つにすぎない。バッド君に恋をするなど、想像もできなかった。
みる香は頭を切り替えると左側に着席する夕日へ再びメモを渡そうと文字を書き出し始めた。次は何を書こうかと悩んでいると突然テレパシーが流れ込んでくる。
『みる香ちゃん、手紙は程々にした方がいいよ。あんまり多いとかえって逆効果かも』
みる香は、すぐに返事をしようと頭の中でバッド君へ意思を送りたいという気持ちを思い浮かべた。
まだこのテレパシーに慣れないが、パスが繋がったのが直感で分かりバッド君へ早速言葉を返す。
『じゃあこの時間は渡さない方がいいかな?』
『そうだね、とりあえず次は昼休みだから、また作戦を考えようか』
そう言うとバッド君からのテレパシーは終了した。みる香はバッド君に頼もしさを感じる。こうして友達作りに全力を尽くして協力してくれる存在というのは素直に嬉しかった。
「ずっと手紙だけでやりとりするのは不信感持たれちゃうと思うんだよ」
昼休みになるとみる香は弁当箱を持ってバッド君にテレパシーで指定された屋上へと足を運んだ。
この時期の屋上は中々寒い為、二人以外に生徒は見当たらない。
そしてバッド君は昼ごはんを食べ始めると唐突にそう切り出してきた。
今のみる香には夕日とまともな会話は望めない。しかしこのまま夕日に手紙を渡すだけでは相手に毎回手紙を送ってくる面倒な奴だと思われる可能性もある。
それに何よりもし彼女から話しかけられてしまえば、みる香の声を出せないおかしな態度に不信感を抱かれてしまうだろう。
それを避ける為にもみる香は休み時間の度に教室を素早く抜け出し、こうしてバッド君と人気のない所へ移動している。
「だけど……まだ声を出す事はできなさそうなの。どうしたらいいの?」
みる香もできるなら今すぐにでも声を発して夕日と会話でコミュニケーションを取りたい。だがそれは今のみる香にはできないのだ。
不安な面持ちでバッド君を見ると彼は顎に手を当てながら思考を始めた。
「気になってたんだけど、みる香ちゃん、俺とは普通に話せているよね?」
この事に関してはまだバッド君に話をしていなかった。みる香はそのままバッド君へ自身の障害の補足を説明する。
バッド君のことはそもそも友達候補として認識していないので言葉を詰まらせる事がないのだと。そしてそれは全ての異性に対してそうであるのだと。
みる香の話を聞いたバッド君はへえと面白そうに呟くと再び何かを考え始めたのか顎に手を当て黙り込んだ。
「じゃあさ、こういうのはどうかな?」
数秒して突然バッド君は口を開く。短い沈黙だったが考えていたことが纏まったようだった。みる香はバッド君の作戦内容に耳を傾ける。
「まずみる香ちゃんは次の休み時間に俺の所には来ないで夕日さんに手紙を書いて渡して。あ、夕日さんが席にいたらでいいよ」
いなかった場合は翌日行おうよと付け足してからそのままバッド君は言葉を続けた。
「夕日さんはおそらくこう言うだろうね、『今は休み時間だよ』って」
それはそうだろう。授業中でもないのに短文の手紙を渡してくるなんて通常ならばおかしな話だ。
「え、待って。そしたら私、会話しないといけない状況に……」
「そう。だけど問題ないよ。今回は俺も会話に参加するからさ」
バッド君はニカッと爽やかな笑みを向けると自身を指差しながらみる香を見た。
「俺はそこでみる香ちゃんに『森村さんまたそれやってるの?』って話しかけるよ。君が以前から手紙を相手に送る癖があるかのようにね」
これは口裏を合わせるということだろう。しかし、みる香の不安は消えない。彼女との会話はそれだけでは避けられないからだ。
「でさ」
バッド君はそう言うと顔を近づかせてそのままみる香の楝色おうちいろの瞳に目を合わせてくる。そしてみる香はバッド君の思いもよらない一言で目を見開かせた。
「俺がそう話しかけたら、みる香ちゃんは俺だけを見て会話をしてみて。そこには夕日さんはいないと思うんだ。俺とだけ会話をしていると思い込んで」
バッド君はあくまでも自分とだけ話をしているようにみる香自身を騙して会話をしてみろと難儀なことを言い出してきた。
そうすればみる香は友達候補としてみている夕日の前でも声を発する事が出来るだろうというバッド君の見解だ。
だがしかし、みる香の不安はさらに高まる事になった。自分にそんな器用なことが出来るのだろうか。
想像してみるが、成功する場面を想像する事はできそうになかった。
「大丈夫だよ。もしそこでみる香ちゃんが失敗しそうなら俺が上手くフォローするからさ」
みる香の不安げな表情に瞬時に気付いたバッド君は笑いながらそう言う。しかしみる香の不安は消えないままだ。
「この作戦、気乗りしなかったら止めてもいいからね?」
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