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歪な敬愛

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 ジミーは胸を高鳴らせながら、隣の部屋からかすかに聞こえていくる声に耳を澄ましていた。
 この屋敷の壁は厚いが、それでもアシャムの啼き声とそれに時折混ざる荒々しい声が漏れ聞こえ、主寝室で何が行われているかの一端を教えてくれる。 
 今までも、主人が女を抱いている部屋の隣で執事が控えているのは、習慣的なことだった。情事の最中でも飲み物を注文されたりするし、稀にジミーもそこに加わることが許されるからだ。
 しかし結局その夜、ジークハードとセリカの閨に執事が足を踏み入れる機会はなかった。
 完全に静まった気配を察知して、ジミーは静かにドアをノックする。「何か御用は」と一度尋ねたが、息を切らせた艶っぽいジークハードの声が「いらん」と返されただけだ。それからしばらくして、ガウンを羽織ったジークハードが腕にセリカを抱いて、部屋から出てきた。

 「シーツを替えておけ。かなり汚れた。俺は客間で寝る」

 ジミーは一礼して、ちらりとセリカに目を向けた。
 眠っているというよりも気を失っているのであろうそのアシャムは、ジミーの用意したタオルで身体を覆われている。どんな快楽を与えられたのか、頬はバラ色で唇はぽってりと腫れて、その色香はリクトーを知らないジミーにさえ感じられた。

 「セリカをお預かりします」

 ジミーは手を差し出したが、ジークハードはセリカをまた抱え直しただけだった。

 「いい。同じ客間に連れて行く」

 これまで主人は女を抱いても、一緒に睡眠をとるということはしない男だった。なのに今はジミーの手を跳ね除けて、買ったばかりの奴隷を自分と同じ寝床に連れて行くという。
 普段は冷徹な主人の小さな変化を喜びながら、別室に消えた二人を見届けて、ジミーは今まで閨として使われた主寝室に足を踏み入れた。その途端、濃厚な精の香に一瞬立ち尽くす。
 ベッドのシーツはぐしゃぐしゃに乱れて、その上には白い汚れと赤い破瓜の痕跡が残っている。隣室で聞いた限りでは、主人は一度の果てでコトを終えたはずなのに、そのシーツの汚れの量に、ジミーは静かに微笑んだ。
 あのアシャムがジークハードを仕事一色の生活から人間らしいものへと導いてくれないだろうかと、早くも希望を抱いてしまう。
 慣れた手つきで新しいシーツをベッドの上にピンと張りながら、ジミーはこれまでの過去を思い起こしていた。

 未だに貴族などの特権階級がのさばっているこのオルセイ国で、ジークハードは彼自身の手腕一つで、今の地位へと上り詰めた。
 どんな馴れ合いも良しとせず、時には敵を作ってでも、会社の利益を追い求める。そのやり方は時に強引で、徹底的に情を排除したような経営方針は嫌われることも多い。
 そして、彼の名声と富みに群がる人間にも、ジークハードは常に冷たい。それを全て側で見ていたのが、彼に個人的に長く仕えるジミー・スミスだ。

 二人の出会いは男子全寮制のパブリックスクールで、ジミーが十四歳の時、ジークハードは十七歳の時だった。
 ジミーがその学校に入学したのは、十三の夏に両親を事故で失い、その後、孤児への奨学金を得たためだ。しかし、パブリックスクールには貴族や金持ちの子息ばかりで、庶民階級のジミーはひどいいじめにあった。
 ある昼休み、いつものように同級生からサンドバッグのように扱われているところを、上級生で生徒会委員長のジークハードに救われたのがきっかけだった。それからジミーはジークハードに傾倒するようになった。彼に追い付きたくて必死に勉強し、数学と経営学では飛び級をして上級生のクラスに食い込んだほどの執念だった。
 一方、とりまきを嫌うジークハードは最初、ストーカー気味のジミーに辟易した様子だったが、すぐに彼が何も見返りを求めない希有な性格であることを悟ったらしい。
 二人の関係は決して対等とはいえないものだったが、なぜかジミーとジークハードはその上下関係を維持したまま気性が合った。
 ジークハードは大学を卒業して、ある会社に幹部候補として就職し、ジミーは数年遅れて同じ会社の秘書課に採用された。さらに個人的にジークハードの生活を支える職を希望し、その会社を辞めて、秘書から執事となったのは今から三年前のことだ。

 ジークハードに対する傾倒はジミーの歪んだ人格の一部だが、特殊な性癖は、ジミーの根本ともいえるものかもしれない。
 ジミーは早くに家族を失ったが、父や母、そして兄は、ごく平凡な庶民だった。そしてその愛ある家庭の中で、自分がかなり偏向したバイセクシャルであると、ジミーは幼少の頃から自覚していた。

 ジミーが初恋をしたのは、共学の公立小学校で、相手は同い年のヘンリーとマリアの若々しいカップルだった。そう、なぜかその愛らしい二人に惹かれて惹かれてしょうがなかったのだ。
 ヘンリーと遊ぶのも楽しいし、マリアとお喋りをするのも嬉しい。けれどその二人が揃ってジミーと一緒に遊んでくれたり食事をしてくれる時、ジミーは決まって二人を同時に愛おしく思っていた。
 初めての自慰でも、マリアとヘンリーがどんなふうに愛し合うのかと想像して、そこへそっと手を添える自分を思い浮かべていた。

 ——ヘンリーがマリアにキスする時、僕は服の上からマリアの胸に触ってあげる。彼がマリアの下着を脱がす時には、もうマリアの乳首は尖って、早くヘンリーに吸ってほしいとうずうずしている。マリアがヘンリーのを口で咥える時は、その長い髪を邪魔にならないようにそっと束ねてあげよう。もしマリアと一緒にヘンリーのペニスを愛撫できたら最高だな。二人が身体を繋げて愛し合う時は、僕はどんなに二人が素敵かを囁いてあげるんだ。

 そんな妄想は口にしただけで嫌われるというのはよく分かっていたので、ずっと自分の性癖は周囲から隠していた。
 けれどジミーはジークハードに出会ってからずっと、ある願望を持ち続けた。
 尊敬してやまない彼に、いつか完璧な相手と出会ってほしい。その手伝ができれば幸せなのに、と。

 ジークハードが会社の最高経営者として地位を固めた三年前が、ジミーにとってもキャリアのターニングポイントだった。
 彼の専属秘書として影のようにその業務を支え、ジミーは心を痛めることが多くなってきていた。経営者として冷徹なだけならまだしも、孤独な彼はまったく愛を知らない。自宅に帰っても、また書類に向き合って眠るだけだ。敬愛する男性がこんな機械的な生活を送っているのは、ジミーにとって悲しいことだった。
 そして社会的に勢力的な男性の常として、ジークハードも旺盛な性欲を内側に抱えている。けれど寄ってくるのは皆、彼の富しか目に入らない女ばかりだ。
 ある時、一度関係を持っただけでジークハードと結婚しようとする、あまりにも煩わしい女を追い払う手伝いをしたジミーは、こう申し出た。

 「精の処理ならば、僕もお手伝いできます。女をご要望の時は、あんな煩わしい女ではなくプロを手配しますし、お時間が無いときは……」

 今までジミーの歪んだ性癖を慰めたのは、乱交クラブといったアンダーグラウンドの催しだ。そこで得たテクニックを、初めて敬愛する相手に使った。そして長年の秘書に対しても情というものが薄いジークハードは、必死に舌でジークハードの雄を堅くしようとするジミーにただ一度眉をしかめた。

 「俺はゲイじゃない」

 「僕はただ敬愛する相手にはどんなこともできるだけです。違和感があるなら、目を瞑ってください」

 「ったく……お前はどうしてそこまで俺に固執する」

 「理由なんて……。これから性処理だけでなく、身の回りのお世話もさせていただければ、僕はどこまでもあなたに従います」

 そう懇願するジミーを執事にしたジークハードの思惑は、この少々ネジが飛んでいる男を今さら突き放せば、どんなストーカーになるか分からないし、それなら手元に置いておいた方が何かと都合がいいだろうというものだったらしい。
 執事としてジークハードの全てを世話できる仕事は自分の天職だと、ジミーはそう思っている。そして自分の歪んだ性癖の願望などおこがましいが、それでも願わずにいられない。

 ——旦那様に愛する相手を見つけてほしい。その二人を隣で慈しむのが、僕の願いだ。

 ベッドから剥がした古いシーツをくしゃくしゃと丸め、ジミーはそれに顔を埋めた。息を吸い込んで、恍惚となる。

 ——あの二人は完璧だ。きっと愛し合えるようになる。

 ジミーのズボンの前はいつの間にか張り出している。

 ——二人が心まで結ばれるように、僕はどこまでも献身しよう。

 我慢できなくなって、ジミーは昂った欲望をズボンの前開きから取り出した。それをシーツに押し付ける。

 「あ、……あ、あぁ」

 さっきまで盗み聞きしていた二人の声を思い出して、すぐに達した。
 リクトーで結ばれた完璧なつがいを愛する。そんな幸運がもたらされるなんて思いもしなかったと、ジミーは吐精の余韻に身を任せる。
 くしゃくしゃのシーツはジークハードとセリカの痕跡の上にジミーの白濁が吐き出され、見るも無惨な状態だった。
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