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第三章 ティオール森林編

第55話 ケルベロス 其の四

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「僕一人であのモンスターを倒してくる。コルネくんはそこを動かないで」

 師匠の口からその言葉を聞いたとき、やはりそれほどまでにあのケルベロスは強いのかという思いと同時に、一緒に戦えば足手まといになると暗に言われている不甲斐なさを感じた。

 きっと俺の身を案じて言ってくれていることであって、足手まといと師匠は思っていないのかもしれない。

 それでも──それでも俺はもっと強くならなければいけない。いつか師匠の隣に立てる日がくるように……そう考えるのは傲慢だろうか。

 師匠はこの国の最強冒険者の一角だ。だから会議に出たり、このような調査を頼まれたり、普段申請なしでは気軽に動けなかったりと、色んな責務を負っている。

 俺がもし仮にもっと強くなってSランク冒険者になったとすれば、その責務を減らすことが出来るだろうか。俺は知っている──師匠がずっとトレトのダンジョンに行きたがっていることを、サラさんやレオンさんの道場に行きたがっていることを。

 以前サラさんがうちの道場に来れたのは、サラさんの道場にある程度の戦力があると判断されたからだ──ということは、俺一人で相当な戦力と見なされれば師匠は今より自由に行動できる。

 どちらにしろ、俺は強くならなければならない。

 その気持ちを燃やしつつ、ケルベロスに向き合う師匠を見る。思えば、師匠が戦うのを見るのは初めてだ。

 型稽古はやっていたが、あれは何が起こるか分かっているのだから、戦闘とはまるで違う。

 師匠はどんな戦い方をするのだろうか。もし四人組のパーティなら耐えつつ脚を狙って、体勢を崩したところを仕留めるのが基本となるが、それは一人では難しいはずだ。

 呼吸を整えていると思えば、師匠が走り出す────速い。おそらく魔力操作も併用しているのだろう、普通の冒険者ではありえないような速度が出ている。

 前脚のそばまで移動すると、雷の魔法剣をケルベロスの脚に突き刺す。やはりパーティの定石通り、体勢が崩れるのを狙ってのことだろうか。

 しかしその予想はすぐに裏切られる。師匠が一度刺した剣を抜き、頭に向かって駆け出したのだ。

 いくら師匠の魔法剣が剣の延長線上まで魔法を出せるといっても、さすがにこの高さまで届くはずがない──たしか師匠は剣の二倍の長さがやっとだと言っていた。

 いったいどうするのか──そう思っていると、気が付けば師匠はケルベロスの頭上にいた。一瞬何が起こったのか分からず混乱したが、先程までなかったはずの不自然に隆起した土を見てだいたいのことは分かった。

 おそらく土の魔法を使い地面の高さを変え、それを踏み台にしてあの高さまで跳んだのだろうと。頭では分かるのだが、本当にそれを実行できているのが信じられない。

 まず土の魔法のタイミングを完璧に合わせないといけないし、土を隆起させている途中に片足でバランスを取り続けなければならない。

 加えて、跳んだ後に魔法で調整しているのだろうが、頭上で首を斬れる位置にいなければならない。ケルベロスの首は太いので、刃が通ったとしても、きちんと位置を合わせないとおそらく浅く斬りつけることになってしまう。

 それらをまるで息をするかのようにこなしてしまっている──これが師匠の戦い方。

 ケルベロスの真上で振りかぶっている師匠の剣が、木がなくなった場所から差し込む陽に照らされ反射する。その直後、剣は炎に覆われていき──ケルベロスの首の一つを一刀両断する。

 ケルベロスにはまだ二つ首が残っているが、切断されたところから体液が大量に流れ出してすぐに力尽きるだろう。

 たった一撃で致命傷を与えるなんて……こんなことが出来るのか。

 衝撃を受けていると、どうやら師匠の様子がおかしい。着地の用意をしている様子がないのだ。気の抜けた顔をしているし、もしかして力を使い果たしてしまったのだろうか。

 ここは俺が受け止めないと──考えると同時に足を前に動かす。魔力操作を使ってもこのままでは間に合わない。

 師匠、ごめんなさい。俺がもっと早く気付いていれば……もしくはもっと速く走れていれば。

 この速さで地面に叩きつけられれば、師匠もただでは済むまい。俺のせいだ。

 絶望しながらそれでもと必死に手足を動かし続けていると、突如水球が師匠の真下に出現する。

 どうやら師匠は力尽きてしまったのではなかったらしい。このままだと真正面から水しぶきをくらってしまうが、止まれない。

 人間は急には止まれないのだ。派手な音を立てながら、師匠が水球に受け止められるのを見るか見ないかのところで、大量の水が襲ってくる。

 全身から水滴を垂らしながら思う──大丈夫なら先に言ってくださいよ、と。俺は全身に水を浴びるために全力で走ってきたってことですか……
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