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 服屋に入るとフィンリーの見立てが早く、あっという間に人数分の外套の購入が決まった。

 外は猛吹雪になろうとしている。

 妖精たちが私の為に雪を降らせるのを遅らせていた反動なのか、とんでもない状況……私のせい……よね。

 外套だけでなく、帽子に襟巻き……防寒具一式。死ぬか生きるかの状況に一気になってしまうのだから、冬は油断ならない……。

「申し訳ありません。お陰で助かりました」
「あぁ、構わないよ」

 静々とお礼を述べる。

 フィンリー様は昨日に比べて機嫌が良いようだわ……なんでかしら。


 フィンリーは、防寒をしっかりすると、荷物を抱えて町の集会所へと向かった。そこで公爵と合流する約束となっている。ルナも荷物の一部を任されついていく事になってしまった。

 吹雪の中、町の集会所に辿り着くと、中はシンと冷えていて、多くの者が家路を急ぎ人気が無い。こちらがドアを開けた音が伝わったのか、奥からエッガー家の御者が現れ駆け付けて来た。

「フィンリー様、旦那様が大変で御座います! 」

「父上がどうした」

 集会所の奥へ、私はフィンリー様と御者の後を追い掛けた。

 集会所の奥の応接室の長椅子に公爵が横たわっている。暖炉が赤々と燃やされて部屋を赤く灯しているが、旦那様の顔色は、青ざめているのが見て取れる。初老とは言え、頑強さを自慢にしている方が、今はひどく弱々しい。

 フィンリーはその様子に慌て、父である公爵のすぐ脇に膝をついて寄り添う。

「強盗に襲われ、腹部を刺されたので御座います」
「本当に、強盗か? 」

 フィンリーの質問に、旦那様の従者が眉を曇らせて辛そうな顔をする。何か心当たりがあるような様子。

 ルナには旦那様の命の光がゆらゆらと不安定に見える。生きる命なのか、消える命なのか、ルナには初めて見る状態に判別ができない。

「医者、父上の容態は……」

 部屋の飾り物のように立っている事しか出来なくなった町医者が、辿々しく緊張して答える。体温が低下し、脈も弱い。手を尽くす術がもう無いと言った事は、顔を見れば分かる。

「内臓を痛めておりまして、大変難しいかと存じます……」

「……そうか」

 ルナはその部屋の隅に佇むと、この場に居合わせてしまった事を恨めしく思う。

 どうしたらいいの? 自分の治癒しかした事がない。まして、生死の境にある状態の旦那様は救えないの?

「ルナ、けいやくよ」
「けいやくすれば、たすけられる」

 私の気持ちを察したように妖精たちが話し掛けてくる。「本当!? 」と思わず叫びそうになって、慌てて口を閉じるとフィンリー様が私の顔を確かめるように見つめてくる。誰にも妖精たちの姿も声も聞こえない。

 私は誤魔化せずコクリと頷いた。

 フェンリーは低く頭をもたげ考え込むと、一つ決断を示した。

「父上をこんなところで死なすわけにはいかない。すぐ近くの宿に移動させる。早急に手配してくれ」

 フィンリーは、旦那様を抱えてすぐ近くの町で一番大きな宿に向かった。猛吹雪の中、さっきまで吹雪いているだけの町は、真っ白に染まって足元は雪に覆われている。

 宿の最も広い部屋のベッドに公爵を横たわらせると、フィンリーは、看護をするルナとそれ以外の者を別部屋に待機するように指示した。

 部屋が静まり返ると、妖精たちが騒ぎ出す。ルナには聞こえるが、フィンリーと公爵には聞こえていない。

「けいやくだよ、ルナ! 」
「なににする? なにがいい? 」

 契約という言葉ばかりで盛り上がって、困る。妖精たちの言いたい事がさっぱり分からないわ!

 やはり、声に出さないと、妖精とは話が出来ない。フィンリーに構わず、ルナは独り言を始めることにした。

「けいやくって、誰と誰がするの? 」
『こうしゃくさまとわたしたちだよ』

「今、旦那様はお話が出来そうもないわ……だいたい、何を契約するの? 」

『そこのフィンリーでもだれでもいいよ? ルナいがいのひとー! 」
『わたしたちになにかゆるしてほしいの』

 フィンリーが、ルナの独り言を聞いている。ルナは慣れない事に恥ずかしさを覚える。妖精たちの言葉を要約しなきゃならない。とても、難しい。

「願いを叶えるには、妖精と私以外の人間が契約しなきゃならないと。……妖精たちに何かしてもいいことを許して欲しいって……」

 正直、妖精に何かを許すというと、何をどこまでやるか想像も出来ない。契約の内容を間違えると、とんでもない結果になりかねない。

 例えば、今吹き荒れている猛吹雪……

「何かを許すか……でも、それ次第で、父上が助かるんだな……」

『たすかるよー、もんだいなーし! 』
『フィンリー、けいやくしてー! 』

 旦那様がこんな深刻な容態なのに、なんだって妖精たちはこんなに嬉しそうなの? 状況が読み込めないわ! 

 ルナは首を振りながら、フィンリーに妖精たちの言葉を介する。

「妖精たちはえらくご機嫌です。旦那様が助かると豪語していて、フィンリー様と契約したがっていらっしゃいます」

 申し訳ないほど陽気な妖精たちの様子をフィンリーに伝えると、フィンリーの方が妖精たちのペースに乗ってくる。

「分かったよ。飛び切りの自由を妖精たちに与えようと思うよ。契約すると伝えてくれ。」

『はいはーい! フィンリーとびきりのやくそくをおねがいするよ! きたいはずれなら、いたずらするからね! 』

「あぁ、もう! 妖精たちは、期待外れならフィンリー様に悪戯をするって言っているわ。妖精は時に恐ろしいのです。お願いだから身を滅ぼす様な契約はやめて下さいませ! 」

 ルナの心配する顔をよそに、フィンリーが公爵の手を握る。

『フィンリー、わたしたちとけいやくよ!こうしゃくをたすけたいなら、わたしたちにゆるしをあたえなさい!』

「ルナに従う妖精たちに、我がエッガー家でルナを敵視し苛む者に嫌がらせの限りを尽くす事を許そう」

『おっけー! ナイス、フィンリー♡』
『けいやくせいりつだぉ』

 えっ! なんでそんな契約なの?
 

 ルナが動転している間にも、妖精たちが公爵の身体の周りを旋回する。公爵の目がゆっくりと開くと、ルナの目にも、公爵の命の光が明るくしっかりと灯っているのが見えた。

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