22 / 24
第十一話・⑤ 理想郷
しおりを挟む
その日から、猪子陀の周囲の反応がガラリと変わった。
『いしだ先生、いしだ先生』と生徒からも同僚からも慕われる世界。
猪子陀が理不尽な要求をしても、なるべく当人たちが叶えようと頑張る世界。
猪子陀が受け持つクラスは、大半が希望していた進学先に飛び立っていく。
加えて、猪子陀に対して急な手のひら返しに疑念を持つものも何故かいない。
猪子陀が望んだ業務成績が、すべて手に入っていた。
そして私生活も、趣味のギャンブルが怖いほど当たり、幾ばくかの小金も手に入れ、性のはけ口に狙っていた女もするっと猪子陀の話術に騙されて体を許すようになる。
そんな夢のように満ち足りた猪子陀の世界は、一年ほどで崩れることになる。
ーーーーそうだ、まるで『夢』が砕けたように。
本当に、神崎夢人が『叶えていた』のなら…一つ思い出したことがあった。
理想郷が砕けた日に【夢人が死んだ】、と家族から連絡があったのだ。
「お、お前…本当にあの時、私の願いを叶えていた…のか?それに…な、なんで今…生きている…!?」
猪子陀は震えが抑えられない右人差し指で、夢人のことを指す。
夢人を名乗る男が目の前にいるわけがない。あの日夢人は【死んだ】と確かに聞いたのだ。
小鹿のように柄にもなく怯える猪子陀に、夢人は無邪気にアハハ、とわざとらしく笑う。
『察しわるいなー、相変わらず!』と、しこたま馬鹿にしており、それはおよそ教師に向けるべき反応ではないものだった。
「はあ、おっかし。でも、いこだちゃんはやっぱり無駄に記憶力がいいねー。他のせんせ達は、俺のこと覚えてなかったのに」
確かに十年前から勤めている教師は、まだかなり残っている。
他の同僚は、この特徴的な生徒を覚えていなかったというのか…?
≪忘れていればよかったのにね≫
そう呟いた夢人の顔は、氷原の吹雪のように凍り付いている盤面に、冷気で張り付けたような笑みという歪んだものだった。
「…いこだちゃんはさ、ナナちゃんのこと殺そう!って思っているんでしょう?」
「≪ナナちゃん≫というのは…七補士先生のことか?」
すっとぼけたフリをしてみるが、夢人には通じてなさそうだ。
「だってさー、わざわざカメラの死角狙ったりしてるし。このルート、確かに誰にも気づかれずに保健室に行けるもんね。じゃなきゃ、灯りもつけずにこの教室に入る理由ないでしょ?」
ねっとりとした、熟れきった果実が自重に耐え切れず崩れるような声と笑顔。
気味が悪い。離れたい。
そう思っていても、足はガクガクと震えながら床に縫い付けられたように動かない。
「ナナちゃんを殺すのは、ちょっとまずいんだよねー。だから」
動きは全く見えなかった。
猪子陀の額に、夢人の指がいつの間にかコツンと当てられるのだけは、判った。
判ったところで、猪子陀の意識は既に飛んでいた。
『いしだ先生、いしだ先生』と生徒からも同僚からも慕われる世界。
猪子陀が理不尽な要求をしても、なるべく当人たちが叶えようと頑張る世界。
猪子陀が受け持つクラスは、大半が希望していた進学先に飛び立っていく。
加えて、猪子陀に対して急な手のひら返しに疑念を持つものも何故かいない。
猪子陀が望んだ業務成績が、すべて手に入っていた。
そして私生活も、趣味のギャンブルが怖いほど当たり、幾ばくかの小金も手に入れ、性のはけ口に狙っていた女もするっと猪子陀の話術に騙されて体を許すようになる。
そんな夢のように満ち足りた猪子陀の世界は、一年ほどで崩れることになる。
ーーーーそうだ、まるで『夢』が砕けたように。
本当に、神崎夢人が『叶えていた』のなら…一つ思い出したことがあった。
理想郷が砕けた日に【夢人が死んだ】、と家族から連絡があったのだ。
「お、お前…本当にあの時、私の願いを叶えていた…のか?それに…な、なんで今…生きている…!?」
猪子陀は震えが抑えられない右人差し指で、夢人のことを指す。
夢人を名乗る男が目の前にいるわけがない。あの日夢人は【死んだ】と確かに聞いたのだ。
小鹿のように柄にもなく怯える猪子陀に、夢人は無邪気にアハハ、とわざとらしく笑う。
『察しわるいなー、相変わらず!』と、しこたま馬鹿にしており、それはおよそ教師に向けるべき反応ではないものだった。
「はあ、おっかし。でも、いこだちゃんはやっぱり無駄に記憶力がいいねー。他のせんせ達は、俺のこと覚えてなかったのに」
確かに十年前から勤めている教師は、まだかなり残っている。
他の同僚は、この特徴的な生徒を覚えていなかったというのか…?
≪忘れていればよかったのにね≫
そう呟いた夢人の顔は、氷原の吹雪のように凍り付いている盤面に、冷気で張り付けたような笑みという歪んだものだった。
「…いこだちゃんはさ、ナナちゃんのこと殺そう!って思っているんでしょう?」
「≪ナナちゃん≫というのは…七補士先生のことか?」
すっとぼけたフリをしてみるが、夢人には通じてなさそうだ。
「だってさー、わざわざカメラの死角狙ったりしてるし。このルート、確かに誰にも気づかれずに保健室に行けるもんね。じゃなきゃ、灯りもつけずにこの教室に入る理由ないでしょ?」
ねっとりとした、熟れきった果実が自重に耐え切れず崩れるような声と笑顔。
気味が悪い。離れたい。
そう思っていても、足はガクガクと震えながら床に縫い付けられたように動かない。
「ナナちゃんを殺すのは、ちょっとまずいんだよねー。だから」
動きは全く見えなかった。
猪子陀の額に、夢人の指がいつの間にかコツンと当てられるのだけは、判った。
判ったところで、猪子陀の意識は既に飛んでいた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ロボ娘(機ぐるみ)にされたおんなのこ!
ジャン・幸田
SF
夏休みを境に女の子は変わるというけど・・・
二学期の朝、登校したら同級生がロボットになっていた?
学園のザコキャラであった僕、鈴木翔太はクラスメイトの金城恵理がロボット姿であるのに気付いた!
彼女は、国家的プロジェクトのプロトタイプに選ばれたという、でもそれは波乱の学園生活の始まりだった!
それにしても、なんですか、そのプロジェクトって!! 大人はいつも説明責任を果たさないんだから!
*作者の妄想を元に作ったので大目に見てくださいませ。
聖女戦士ピュアレディー
ピュア
大衆娯楽
近未来の日本!
汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。
そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた!
その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる