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第十一話②・異様な青年
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猪子陀は反射的に声を上げかけ、それを何とか内に留める。
映像としては死角でも、『声』は少しでも拾われれば猪子陀が行動した証拠になりかねない。
しばらく使われていないこの空き教室の電灯が、時折チカチカと小さく音を立てて灯ると同時に、その気持ちの悪い声の主の姿が映った。
黒髪の中に、灰いろ寄りな白のハイライトを全体的に入れた奇抜な髪色。
前髪は非対称で、右側面がかなり短く地毛で跳ね上がっているが左側面はやや頬と耳を隠すくらい長い。
右上唇元と露出させた右耳たぶそれぞれにピアスをつけ、その間を銀色のチェーンを付けて繋げており、右耳軟骨にも黒色の小さなリング型のピアスをつけていた。
陰険なニヤニヤ顔ではあるが、目は全く本心で笑っているように見えない。
瞳は黒目が小さく、綺麗な三白眼。目の下には濃いクマがペイントのように刻みこまれている。
口から見える歯は、八重歯だけではなくほぼ全てが鮫のようにギザギザしており、人の歯のようには見えない。
ただでさえ特徴的な彼の顔を更に際立たせるのは、破れの一部は人の手で引きちぎったような、ボロボロに擦り切れ破れた月桴高校の『旧制服』だった。
長く居る猪子陀の記憶では、その旧制服は十年前に廃止されたデザインであり、運用期間も短期間だったはずだ。
クリーム色に濃い青色をほんの少し混ぜた独特な色合いに、襟や袖に入っている縦ライン。
制服デザインがかなり個性的というか、奇抜さを出していた妙な時期だった。
校章バッジをつける場所も、よく見ると強引に引きちぎったのかかなり大きな穴が開いてシャツが見えている。
比較的頑丈な縫製・記事である学生服を、どんな使い方をすればそこまで破けさせるのか。
顔つきはパッと見ると卒業間近の未来に浮足立った第三学年くらい…に見えるが、制服の年代と何よりその悪辣な表情はその年で出せるものではない。
その年ごろの世間知らずな純朴さや、未来への展望・希望と行った感性の豊かさなどが、完全に消え去っている、擦れ切った人間そのものだ。
これだけ特徴的な顔をしていれば、すぐに在籍していたことを思い出せるはずだ。
現に、微かにこの青年のような雰囲気の人物がいたことは思い出しかけている。
――――そう、思い出しかけている。忘れているはずがない。
「せんせ~、なんか企んでたんでしょ? 例えば、都合の悪いナナちゃんを殺そうとしてるとか!」
猪子陀が声をあげない理由も、必死に脳内を整理しようとしているのも、目の前の生徒は完全に分かっているようで、相変わらず不快な茶化し声で嘲り笑う。
監視カメラに、この生徒の姿はもちろん映っていなかった。
そして、はっきりと『都合の悪い七補士を殺そうとしている』と告げている。
何故そこまで明確に言い切りながらも、冗談のように嘯けるのか。
「お、お前は何者だ…」
できる限りの小声で、猪子陀は教室の白壁に体をふらふらと寄せた。
七補士と言い、この青年といい、一体なんなのだろうか。
普段は誰も自分の尻尾など掴めない。それは単に愚鈍だからだ。
全ての行動において猪子陀は自分の不利な足跡など残さないし、足跡は全てアリバイでねじ伏せる。
自分の行動は綿密で圧倒的な量の情報収集と、実際の調査で成り立っており、だからこそ誰も彼をねじ伏せられなかった。
だが、昭隅と七補士は彼に屈すること素振りを見せない。
そして、目の前にいるこの青年からは、そんな事実の羅列から組み立てる戦法の猪子陀を更に上の力でねじ伏せるような、底知れぬ何かを感じるのだ。
「あれー?もしかして、俺のこと覚えてないの!? ひっでー!!」
葛籠が荒々しく力任せに縦横無人に揺さぶられるように、青年はそのギザギザな歯を隠さずに嗤う。
「あの時も、<願い>叶えてあげたのに」
映像としては死角でも、『声』は少しでも拾われれば猪子陀が行動した証拠になりかねない。
しばらく使われていないこの空き教室の電灯が、時折チカチカと小さく音を立てて灯ると同時に、その気持ちの悪い声の主の姿が映った。
黒髪の中に、灰いろ寄りな白のハイライトを全体的に入れた奇抜な髪色。
前髪は非対称で、右側面がかなり短く地毛で跳ね上がっているが左側面はやや頬と耳を隠すくらい長い。
右上唇元と露出させた右耳たぶそれぞれにピアスをつけ、その間を銀色のチェーンを付けて繋げており、右耳軟骨にも黒色の小さなリング型のピアスをつけていた。
陰険なニヤニヤ顔ではあるが、目は全く本心で笑っているように見えない。
瞳は黒目が小さく、綺麗な三白眼。目の下には濃いクマがペイントのように刻みこまれている。
口から見える歯は、八重歯だけではなくほぼ全てが鮫のようにギザギザしており、人の歯のようには見えない。
ただでさえ特徴的な彼の顔を更に際立たせるのは、破れの一部は人の手で引きちぎったような、ボロボロに擦り切れ破れた月桴高校の『旧制服』だった。
長く居る猪子陀の記憶では、その旧制服は十年前に廃止されたデザインであり、運用期間も短期間だったはずだ。
クリーム色に濃い青色をほんの少し混ぜた独特な色合いに、襟や袖に入っている縦ライン。
制服デザインがかなり個性的というか、奇抜さを出していた妙な時期だった。
校章バッジをつける場所も、よく見ると強引に引きちぎったのかかなり大きな穴が開いてシャツが見えている。
比較的頑丈な縫製・記事である学生服を、どんな使い方をすればそこまで破けさせるのか。
顔つきはパッと見ると卒業間近の未来に浮足立った第三学年くらい…に見えるが、制服の年代と何よりその悪辣な表情はその年で出せるものではない。
その年ごろの世間知らずな純朴さや、未来への展望・希望と行った感性の豊かさなどが、完全に消え去っている、擦れ切った人間そのものだ。
これだけ特徴的な顔をしていれば、すぐに在籍していたことを思い出せるはずだ。
現に、微かにこの青年のような雰囲気の人物がいたことは思い出しかけている。
――――そう、思い出しかけている。忘れているはずがない。
「せんせ~、なんか企んでたんでしょ? 例えば、都合の悪いナナちゃんを殺そうとしてるとか!」
猪子陀が声をあげない理由も、必死に脳内を整理しようとしているのも、目の前の生徒は完全に分かっているようで、相変わらず不快な茶化し声で嘲り笑う。
監視カメラに、この生徒の姿はもちろん映っていなかった。
そして、はっきりと『都合の悪い七補士を殺そうとしている』と告げている。
何故そこまで明確に言い切りながらも、冗談のように嘯けるのか。
「お、お前は何者だ…」
できる限りの小声で、猪子陀は教室の白壁に体をふらふらと寄せた。
七補士と言い、この青年といい、一体なんなのだろうか。
普段は誰も自分の尻尾など掴めない。それは単に愚鈍だからだ。
全ての行動において猪子陀は自分の不利な足跡など残さないし、足跡は全てアリバイでねじ伏せる。
自分の行動は綿密で圧倒的な量の情報収集と、実際の調査で成り立っており、だからこそ誰も彼をねじ伏せられなかった。
だが、昭隅と七補士は彼に屈すること素振りを見せない。
そして、目の前にいるこの青年からは、そんな事実の羅列から組み立てる戦法の猪子陀を更に上の力でねじ伏せるような、底知れぬ何かを感じるのだ。
「あれー?もしかして、俺のこと覚えてないの!? ひっでー!!」
葛籠が荒々しく力任せに縦横無人に揺さぶられるように、青年はそのギザギザな歯を隠さずに嗤う。
「あの時も、<願い>叶えてあげたのに」
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