上 下
78 / 87

第77話 6回表

しおりを挟む
『大丈夫、お前の磨き上げた制球力ならきっと上手く行く。俺はお前を信じてるさ』

 これらの自由から向けられた言葉は輝明の戸惑いを吹き飛ばし、自由以外の捕手に対して一歩踏み込んで投げる決意を至らしめた。しかし、肝心の受け手である龍介が自分のボールに対して手間取る姿に疑念が再発し始めていた。

「な、なんか用かよ」

 龍介が尋ねると輝明は一枚のメモ用紙を差し出した。

『慣れた?大丈夫そう?』

「………」

「ぷっ、あんたどんだけ心配。というか信頼されてないのよ、あっはははは!」

「うるせえー!おめーも一々心配してんじゃねーよ。大丈夫に決まってんだろう」

 自由がそう言うと輝明は再びメモを渡す。

『よかった。さっきは取り損ねてたり、後逸してたから』

「ぶふぅ――!そうよね、そうよね。あんなプレイされたら動揺するわよね。安心して全力でなんてなげられないわよね~。あんたプライド高いから無理に捕球しようとしにいったんでしょう」

(まあ、気持ちはわからなくもないけどね)

「くそがっ、わかったよ!俺はこの試合中もう無理にお前の球を掴みにいったりしねー!不格好でも、情けなくても全力でもお前の球をミットに収める事だけに専念する!…これで満足だろ?」

 前沢君も必死…なのかな?

「俺もしっかりやっからお前も他の事なんか気にしてないで俺を信じて思いっきり投げ込んで来いや!」

 信じて、か。やっぱり相手に信じてもらいたいし、信じられたらうれしいよね。僕もそうだったし。

 龍介が言葉を投げかけてから少しの間が開いた後、輝明は複数回勢いよく頷き、これまえと違う彼の突然の返事に龍介は少し戸惑った。

「お、おう。頼むぜ」

 そう言って龍介はホームの方に走って行こうとすると彼らのやり取りを見ていた自由が彼を呼び止めた。

「この回から色んな所に構えてもいいかもな」

「え、でもさっきは…」

「お前がプライド引きずって無理すると思ってたからああ言ったんだよ。でもお前が輝明の球を受け止める事のみに徹すればなんとかなるさ。さっきの回よりは少しは慣れてきただろう?」

そう言い残して自由はファーストへと走り、続くように自由もホームへ急いだ。


 プレートに足を掛けながら輝明はチラッと一塁の守備に就いている自由の方を見た。

 チームメイトを信じる。耳にした事はあったけどイマイチよくわからなかった。でも、今なら少しだけわかる気がする。信じてもらえる事が嬉しい事なのだと知る事ができた。だから今度は僕が彼を、前沢君を信じて投げる!

 輝明が自身の中で一つの決意を固めてると視線を自由から龍介の方へと移して彼の方をしっかり見つめた。

(なんだ、赤坂のあの表情。別段大きな変化があったわけじゃないけどなんていうか今まで機械的というか人形みたいだったのに少しだけ目にやる気がみえるというか意思を感じる気がする。それに今まで向かい合ってはいても俺を見ているようでみていない節があった。けど今は…

「………」

 静かで、けど確かに俺をしっかりと見ている視線を感じる。俺のリードをとかじゃなく俺自身を。…やっとかよ、たくっ!

 ニヤリと笑うとこれまでどうりのアウトコース一杯のサインを出す。しかし同じサインでも両者の気持ちはこれまでとは異なるものでこの試合二人はある意味初めてちゃんと向き合った時間。或いは今までより一段深く相手と向き合った時間。そしてそれを実感した瞬間だった。

 今までにない彼からの伝わって来る熱を感じる感情。それらに高揚していた龍介だったがボールがミットにねじ込まれた直後強制的に浮かんできた別の感情に切替させられた。

 今までよりも一回り強くミットに突き刺さる感触。

 これまでフォームに気を取られて他に気が回ってなかったけど、この球…

 確信に近いものを感じながら同じサインを出すが奇しくもまた彼の受ける気持ちが変化していた。そしてそんな中で放たれた第二球。これまで輝明の球を受けてフォームを見せられて少し目が慣れて来た事によりボールのしかっり確認する事ができた。そしてそれによりボールがミット収まりきる前に疑念を確信に変える事ができた。

 そのまま危なげなく打者を三人を打ち取ってチェンジとなりマウンドからベンチへと戻る輝明に龍介は駆け寄って声を掛けた。

「ちょっと手、だせ」

 突然の事に驚きつつも輝明は彼の前に差し出すように手を差し出した。

「あ~前じゃなく上に上げろ」

 言われるままに手を上げるとそれに重ねられるように龍介の手が触れ、小さな破裂音が響いた。

 えっ?今のってもしかしてハイたち?でも今の手の感じ…あれが適正、なの?

 彼が自分に自らそのような行動を取った事も驚いたが、輝明にはその行動そのものにより大きな衝撃を受け困惑した。

「その、あれだ…ナイスピッチ。このまま次の回も…て、何やってんだ?」

 龍介が慣れないながらも彼なりに輝明を称賛していたが途中で歩き出した自分と違い後ろで彼が驚いた表情で自身の手を見つめながら立ち止まっている事に気付き再び近づく。

『ハイたちってあんな感じでよかったの?』

 そこかよ!?

「そうだよ!今俺がお前にやったくらいが普通なんだよ!お前がさっき俺にしたのは思いっ切り間違ってんだよ!ったく、完全に兄貴の悪影響が及ぼされてやがる。それとハイたちじゃなくてハイタッチな」

(そうか、あれぐらいが普通なんだ)

「こらこら、人の悪口はお兄ちゃん感心しないな。それに別に間違ってなんか無いだろう。あれだって十分普通の範囲だろ?」

「俺のこれは悪口じゃなくて事実だから。そしてどう考えても普通じゃねーよ」

(これ、どっちが正しいんだろう?)

 2人のやり取りを見てどちらの意見が正しいのか輝明には判断がつかなかった。













しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。

みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』 俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。 しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。 「私、、オバケだもん!」 出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。 信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。 ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。

不撓導舟の独善

縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。 現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。 その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。 放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。 学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。 『なろう』にも掲載。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

処理中です...