プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ

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第46話 ノーアウト!

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 輝明は相手ベンチの方を一度指差した後にOKマークを作ろうとしたがそれをやめ、両手の指を引っ付き合わせて一つの円を作った。勝てる見込みがあるかないかについての応答で頷くだけではない行為という点においてはある意味龍介の期待を上回るものではあった。しかし彼の身振り手振りで伝えようとしてくれているそれを理解するのは毎度の事ながら龍介にとって難解であった。

 …難問だな。このどうにもし難い状況に匹敵する程に。えっと、まず相手のベンチの方に向かって指を差したよな?特定の個人を差したのかどうかはわかんねーからとりあえず相手チーム全体を示していと考えよう。そんでもう一つの方は…確かあのマークをやろうとしてやめたよな?あれは確かボールとか丸とかそういう意味を含んでいた筈だ。

 そんでもう一回作ったのが両手で作った丸…一緒じゃね?それとも両手だからより大きいとかか?それとも円っていう意味か?どっちにしても最初のキーワードと繋がりが見えないし全然わからん。

 謎々にお手上げ状態となっていると輝明が再度相手ベンチの方を指差した後に今度はホームベース後ろにあるフェンスの破れた箇所を示した。

 あそこって、穴が開いてるな…穴?

「もしかして穴か?」

 龍介の問いかけに輝明は頷くとフェンスの穴の開いた箇所を複数指差してから再び相手ベンチの指さした。頭の中で浮かんできたキーワードが繋がって一つの文となり、ようやく輝明が伝えたかった事を理解できた。同時にそのあまりに意外な指摘につい噴き出して笑ってしまった。

『相手チーム』『穴』『いっぱい』

「あっはははは!マジかよ。お前大人しそうな顔して先輩相手に結構なこと言うのな!あの馬鹿《涼夏》に影響受けたのか?お、お腹いてぇ」

(先輩達には少し申し訳ないけれど客観的な事実を伝えただけのつもりなんだけど、そんな笑うような事だったのだろか?けどそれよりもここから試合に勝つつもりなら…)

 龍介が笑い続けていると今度は龍介本人を指差した。そして握っていたボールを落して首を振った。すると今回のジェスチャーはわかりやすかったこともあってその意味を理解した途端に苦虫を踏み潰した表情となった。

「わ、わっーてるよ。今度はもうあんなヘマはしねよ。絶対にボールを掴み損ねたり落さないからお前も心配せずにこれまで通り…」

 自分のミスを指摘されていると思い~の表情を浮かべた龍介だったが彼の言葉を輝明は首を振ってすぐさま否定した。

「違うって、じゃあどういう事だよ」

 そう彼が聞いた直後再び龍介に輝明の人差し指が向けられた。そしてそのままグラウンドの方に右端から左端にまでゆっくりとなぞってから今度はボールは落とさずに手だけを地面に付かない程度に下げてから首を振った。

 今回は輝明がボールを落す動作をせずに手だけを下げた事で彼が何を伝えたいのか今度はちゃんと理解出来た。

「そうだな落ちたなのはボールじゃなくて俺自身。いや、俺ら自身って事か」

 確かにそれじゃ勝てるわけねーよな。自分たちで士気を下げててこの劣勢をひっくりかえせるわけがねぇよな。ったく、どちが頼りないんだか。けど今はそんなこと気にしてる場合じゃねぇ。絶対ここから巻き返す。そしてその為に当然俺だけじゃ足りねぇんだ、特にここまで落ちた空気を変えるには。

 あの時立ち止まっちまったこの足で今度こそ俺が皆を引っ張っるんだ!

「すぅ――、ノォーーアウトォーー!!」

 大きく息を吸いこんでから吐き出された轟音。腹の底から吐き出された咆哮にも似た絶叫はグラウンド全体に響き渡り、グラウンドの選手達を震撼させた。

「の、ノーアウ…「ノォーーアウトォーー!!」」

 隆介の声に一応反応する形で声を出そうとするもそれを否定するかのように隆介はそれを上回る声量で彼らの音を掻き消した。そしてそれは同時に龍介が彼らに向けたメッセージでもあった。その中で同じ血を引く涼夏はその意図にいち早く気がついた。

(あいつ…ったく、やれるんなら最初からそれやれってのよ)

「ノォーーアウトォーー!!」

 涼夏も腹から精一杯の声を出して龍介の呼びかけに応えた。そして少しの沈黙の後、4人はそれぞれ互いに顔を見合わせて頷くと一斉に叫んだ。

「「「ノォーーアウトォーー!!」」」

 きっと傍目にはただ声を張り上げて叫んでいるだけにしか映らないだろう。しかし彼らは声に気持ちを込める事で会話していた。

「えっと…あれ大丈夫かな?なんかヤケになってない?」

「いいんですよ。ヤケでもなんでもまだここで声を張り上げる事が出来る。その事実が重要ですから。先輩も皆んなもその事はよく分かっているでしょう?」

「………」

「それにあれはただヤケになってるんじゃなくて問いかけたんですよ。端的に言うと『俺はまだ諦めるつもりは無い。お前らはどうだ?まだ戦う気持ちは残っているか?』と」

(そしてそれに呼応するように声を張り上げた。それはウチのような下から這い上がって行くチームにはなくてはならないモノでもる。少しは過去の出来事を払拭できたかな?)

「お前が見たかったのはこれか?」

「いえ、想像以上です」

「だろうな」

(なにせお前今、まるで宝物でも見つけたみたいにキラキラした目をしてるもんな)

「やろうとした事全て上手くいかなくて、気持ちが全部諦めの靄で覆いつくされそうになっても尚、前を向けるか?試合を諦めずに続けていくことが出来るか?俺が最終的に見たかったのはその部分なので」

「ウチみたいな弱小高が強豪校を相手に勝ち抜いていく。ジャイアントキリングにおいて一番必要な部分である気持ちの強さ。それを実践の崖っぷちの場であいつらがどうするのか見たかったわけか」

「思ったより不運が重なって状況が悪化したので数人見れればいいと思えていたモノがほぼ全員から見れました」

「まあ、気持ちだけで勝てる程甘くないし、そこに技術や経験を足していってもらわないと困るが、そもそも気持ちが折れたら立ち上がる事さえできないもんな」

「ええ、どれだけ時代が進んで野球の動作が科学的に解析されて様々な事が確立されていったとしても人を動かす原動力が心である以上は追い詰められた時一番にモノをいうのはいつだって精神論だと思うんです」

「そうだな。ただ、そうなると申し訳ないが逆に俺らはあいつらを更にあいつを追い込まないといけないわけなんだが…うちの連中の方が心配になってきたな」

「大丈夫ですよ。キャプテンらレギュラー組以外は基本的にこの試合に対してのモチベーション高いですから」

「そういえば俺らがいない間あの子がバッティングピッチャー務めてくれてその間殆どの奴らが打てなかったんだっけ?だからみんなあんな気合入ってたのか」

「まあ、それ以外にも理由があるんですよ」

「?」

「多分試合が進めば分かると思います」

 そういうと自由はこれからの出来事に目が離せないといった感じで嬉しそうな表情を浮かべながらグラウドを見つめていた。
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