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プロローグ
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「サード!」
監督らしき人物が掛け声とともに叫んだ方に打球を飛ばす。サードの守備に就いて少年は捕球しきれずボールはグラブで弾かれてしまった。
「何やってんだ」
「すいません!」
謝罪と同時に少年は悔しそうに表情を歪ませた。そして「もう一丁いくぞ!」と言いながらすぐさま次の打球が少年に飛んで来た。今度はきちんとグラブで掴んで一塁へと送球する。
「やればできるじゃねぇか」
監督から褒められ一転して嬉しそうな表情に変わり張り切る少年。
これといって特別な事はない少年野球の一コマ。
しかしその光景を車の窓越しから見つめていた彼、赤坂輝明(あかさかてるあき)には特別な事に思えてなからなかった。何故なら少し前までの彼は他人の行動や表情などを見ようとしてこなかった。或いは見えなかったからである。
そしてそれらが見えるようになってもやはり彼にはそれらを理解する事が出来なかった。何故なら『笑う』『怒る』などの普通の人が抱く喜怒哀楽の感情が彼には欠落しており、知りたいと思ってもそういった感情が浮かんでこないのだ。
グラウンドを通りすぎると今度は窓に映る自分の顔が目に入った。まるで必ず繰り返されるビデオのように毎回毎回能面のように無感情な顔。少しでも変えようと頬や口を動かそうとするも上手くいかず、無理矢理両手で頬を釣り上げると流石に少し変化が見られるもの手を離すとまたしても微動だにしない表情へと戻ってしまった。
(どうやったらあんな風に笑えるのだろうか?僕はどうすれば…)
もう何度目かわからない問いを自身に投げかけ自問自答するがやはり答えは返ってこない。そして対照的に思い出したくなくとも目を瞑るだけで鮮明に浮かび上がるかつての記憶。
『そうじゃねーって言ってんだろうが!何度も言わすんじゃねーよ!このくらいの事人に言われねーでもとっと自分で覚えやがれ!!』
『体調が悪いから練習量を減らしくれ?甘えんな!勝手に崩したのはてめーの責任だろうが!寧ろ二度とそんな事にならないよう倍に増やせ!!』
『俺の許可なく俺以外の奴と勝手に喋んなって何度言えば分かんだお前は!また体に叩きこまれねーと分からねーかお前は ⁉俺意外の奴と口を利く必要なんざお前にはねーんだよ!』
脳裏に焼き付いているのはとても実の父親から口にされたとは思えないような暴言の数々。既にその父親が他界して一年以上が経っているが長年によって植え付けられたそれらは決して消えることなく未だに夢やふとした時に激昂する父の姿が明確に浮かび恐怖が彼、赤坂輝明(あかさかてるあき)の体をすくませた。
そんな暗い影が差しこうもうとする彼の心とは対照的に青空は晴れ渡り彼や周りの建物を明るく照らしていた。
「それじゃあお母さんはここで帰るけど輝明、その…頑張ってね!」
一緒に寮に荷物を持ち込んでくれた母が別れの時に寂しそうにこちらを見ながら必死に鼓舞してくていたがその瞳には流さないようにと必死に留められていた涙があり、その言葉の裏には息子がプレッシャーを感じないようにと具体的には口にしなかった幾つもの思いが込められていたのを感じ取り、それを理解した上で輝明はそれにそっと頷いた。
「……、……」
母親が車へと乗り込み、いよいよ別れの時が近づいているのを実感しなんとか口元を動かし僅かでも声を振り絞ろうと努力するも金縛りに遭ったように一切言葉を発せなかった。
(ごめんねお母さん。最後まで『ありがとう』も『ごめんね』すらも自分の口から言う事が出来なくて)
車に乗って寮を後にし、輝明はその車が見えなくなるまでずっと見送っていた。
(きっと母さんにとって今回の出来事は、僕との別れは…それでも決断してくれたんだもんね。だから僕も頑張るよ。どこまでやれるかわからないけど精一杯ここで頑張っていくよ。他の人とやっていけるように、友達も作れるように。きっと最初は上手くいかない事だけらだと思う。それでも頑張るからよ。そして願わくば…)
車が見えなくなってから再度寮の方へ向きなおった。
(願わくば、また『お母さん』って呼べるようになってみせるから!だから、だからもうちょっと…待っててね)
母との別れに寂しさと大きな罪悪感を抱えながら寮を出るとポケットから硬球を取り出して強く握りしめながら学校の周りを歩き出した。
監督らしき人物が掛け声とともに叫んだ方に打球を飛ばす。サードの守備に就いて少年は捕球しきれずボールはグラブで弾かれてしまった。
「何やってんだ」
「すいません!」
謝罪と同時に少年は悔しそうに表情を歪ませた。そして「もう一丁いくぞ!」と言いながらすぐさま次の打球が少年に飛んで来た。今度はきちんとグラブで掴んで一塁へと送球する。
「やればできるじゃねぇか」
監督から褒められ一転して嬉しそうな表情に変わり張り切る少年。
これといって特別な事はない少年野球の一コマ。
しかしその光景を車の窓越しから見つめていた彼、赤坂輝明(あかさかてるあき)には特別な事に思えてなからなかった。何故なら少し前までの彼は他人の行動や表情などを見ようとしてこなかった。或いは見えなかったからである。
そしてそれらが見えるようになってもやはり彼にはそれらを理解する事が出来なかった。何故なら『笑う』『怒る』などの普通の人が抱く喜怒哀楽の感情が彼には欠落しており、知りたいと思ってもそういった感情が浮かんでこないのだ。
グラウンドを通りすぎると今度は窓に映る自分の顔が目に入った。まるで必ず繰り返されるビデオのように毎回毎回能面のように無感情な顔。少しでも変えようと頬や口を動かそうとするも上手くいかず、無理矢理両手で頬を釣り上げると流石に少し変化が見られるもの手を離すとまたしても微動だにしない表情へと戻ってしまった。
(どうやったらあんな風に笑えるのだろうか?僕はどうすれば…)
もう何度目かわからない問いを自身に投げかけ自問自答するがやはり答えは返ってこない。そして対照的に思い出したくなくとも目を瞑るだけで鮮明に浮かび上がるかつての記憶。
『そうじゃねーって言ってんだろうが!何度も言わすんじゃねーよ!このくらいの事人に言われねーでもとっと自分で覚えやがれ!!』
『体調が悪いから練習量を減らしくれ?甘えんな!勝手に崩したのはてめーの責任だろうが!寧ろ二度とそんな事にならないよう倍に増やせ!!』
『俺の許可なく俺以外の奴と勝手に喋んなって何度言えば分かんだお前は!また体に叩きこまれねーと分からねーかお前は ⁉俺意外の奴と口を利く必要なんざお前にはねーんだよ!』
脳裏に焼き付いているのはとても実の父親から口にされたとは思えないような暴言の数々。既にその父親が他界して一年以上が経っているが長年によって植え付けられたそれらは決して消えることなく未だに夢やふとした時に激昂する父の姿が明確に浮かび恐怖が彼、赤坂輝明(あかさかてるあき)の体をすくませた。
そんな暗い影が差しこうもうとする彼の心とは対照的に青空は晴れ渡り彼や周りの建物を明るく照らしていた。
「それじゃあお母さんはここで帰るけど輝明、その…頑張ってね!」
一緒に寮に荷物を持ち込んでくれた母が別れの時に寂しそうにこちらを見ながら必死に鼓舞してくていたがその瞳には流さないようにと必死に留められていた涙があり、その言葉の裏には息子がプレッシャーを感じないようにと具体的には口にしなかった幾つもの思いが込められていたのを感じ取り、それを理解した上で輝明はそれにそっと頷いた。
「……、……」
母親が車へと乗り込み、いよいよ別れの時が近づいているのを実感しなんとか口元を動かし僅かでも声を振り絞ろうと努力するも金縛りに遭ったように一切言葉を発せなかった。
(ごめんねお母さん。最後まで『ありがとう』も『ごめんね』すらも自分の口から言う事が出来なくて)
車に乗って寮を後にし、輝明はその車が見えなくなるまでずっと見送っていた。
(きっと母さんにとって今回の出来事は、僕との別れは…それでも決断してくれたんだもんね。だから僕も頑張るよ。どこまでやれるかわからないけど精一杯ここで頑張っていくよ。他の人とやっていけるように、友達も作れるように。きっと最初は上手くいかない事だけらだと思う。それでも頑張るからよ。そして願わくば…)
車が見えなくなってから再度寮の方へ向きなおった。
(願わくば、また『お母さん』って呼べるようになってみせるから!だから、だからもうちょっと…待っててね)
母との別れに寂しさと大きな罪悪感を抱えながら寮を出るとポケットから硬球を取り出して強く握りしめながら学校の周りを歩き出した。
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