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第1章 異世界転生編
77話 夕食
しおりを挟む大河の発言からシーンとした静寂の空気が出来てしまい、誰でもいいからこの張りつめた雰囲気を壊してくれと願っていたら、クラリス王女が扉を蹴破らんとする勢いで部屋に突撃してきた。
「お父様!一体これはどういう事なんですの」
「「「………」」」
部屋に入って来て早々に父である国王に怒鳴りつけるクラリス王女。しかし彼女の…いや、彼女含めた周囲の様子から部屋にいる大半の者が『お前の方こそ何なんだ?』と同じ感想を抱いていた。
「クラリス様、王女たるものもっと落ち着いてくださいませ。はしたないですよ」
正しい。彼女ら王女を育成し指導していく立場であるメイドとしては王女らしからぬ行いに対して必要とあらば行動を制して、注意するのは当然間違ってはいない正しい対応と言えるだろう。しかし『目の前の王女の言動についてアレコレいう前に注目するべきポイントがあるだろう?』と殆ど人が思っていた。
「…失礼しました陛下。今のみっともない行いをお許しください」
「うむ、それは別によいのだが、その…」
「…貴方が夢中でここに向かってきたであろう間、後ろに3人が居
たことは把握していますか?」
「え?」
王女は振り返ったことでようやく自分の妹とメイドの3名が地べたに這いつくばっていることを理解した。
「ご、ごめんなさいエルノア!大丈夫!?」
「ね、姉さま…無情に引きずられながら、いたるところを擦りむき続けられるのも…わ、悪くない、です」
「クラリス。そ、そうですか。悪くないですか」
普通、同年代なら泣きじゃくっていても不思議ではない傷に別の意味で涙を流しそうになりながら笑みを浮かべる妹と、その表情から伝播し顔を赤く染める姉。どう考えても正常とは思えない日常の一コマがそこにはあった。
「お、王女様…」
「あら、忘れていましたわ」
(ひ、ひで~)
「私たちは大丈夫では…」
「エルノアが大丈夫そうなので貴女たち2人も大丈夫そうね」
「…!」
開いた口がふさがらないためか言葉にこそできていなかったが、2人の表情のからクラリスに向かって『鬼』だの『悪魔』だのと言っているんだろうなという事はありありと見て取れた。
「は~、メイド長。倒れている3…2人に回復魔法をかけてやってくれ」
「かしこまりました」
ここで『何故3人ではなく2人なのですか?』と聞かない事が正解だと理解し、この場においては国王と同じように気遣わない事こそが気遣いなのだろうと思い無言を貫いた。
「それでお会いしたら訪ねたいと思っていたのですが何なんですかこれは」
クラリスはメイドと繋がれている鎖を見せつけるように腕を上げた。
「転移魔法《テレポート》どころか自爆魔法も魔法暴発すら発動しなかったのですが」
(転移魔法《テレポート》は兎も角、自爆魔法って。この人自分家で何しようとしてんの?)
「見てのとおりお前たちの動きを制限する役割を担う物だ」
「仮にも一国の王女たる私に何故そのような野蛮な器具の装着をお認めになられたのですか?しかもエルノアにまで」
「昨夜の件で思い当たる節があると思うのだが」
「何の事か私には皆目見当もつきません」
「昨夜お前が私に述べた事が虚言だったと判明した件についてなのだが」
「私は覚えておりませんが」
(随分都合のいい記憶してんな、おい)
「しかし私の方は噓ビリ君によって感電している我が娘の姿がくっきりと目に焼き付いているのだが?」
「ですがあの器具が偽物という…」
「エルド隊長に昨晩調べてもらったが完全に本物だと判明している。他に何か言い訳はあるか」
「それは…」
返す言葉が見つからなかったのか黙る一方で彼女《クラリス》的にくなってしまった元凶である大河の方を無言で睨み続けた。
大河的には肉体的罰にしても精神的罰にしてもまるで意味をなさないどころか妹揃って喜びに浸る始末なのでどうやっても罰が罰にならないこの姉妹にどうすれば仕返しをしてやれるだろうかと悩んでいたこともあり本来なら言葉ほど長いわけではないが積年の恨みのように積り積った鬱憤をいくらか晴らすことができスカッとする場面だった。しかし昼間の件や悪夢の事もあり、落ち込み気味だった大河はあまり喜べる心情ではなかった。
「…わかりました。しかしこの手錠はいつまではめておかねばならないのですか」
「私が外していいと思うまでだ」
「それは具体的にどれくらいの期間でしょうか?」
「私が外していいと思うまでだ」
「………分かりました」
これ以上は質問しても同じ返事が返って来るばかりでらちがあかないと思ったクラリスは納得いかないといった感じの表情を浮かべつつも渋々承諾した。
「父上。前から申しておりました通りそろそろ私もエルノアと共に城を離れて各地を旅したいと思うのですが」
「お前たちにはまだ早すぎる」
「ですがフィリアナ姉様は既に旅に出られているではないですか」
「フィリアナは本人の目的や年齢的にもそろそろ頃合いだと判断したから許可したのだ」
「私とて今年で16歳。本来なら去年に成人の儀を行っていましたし、これまで私なりに一国の王女として国に貢献してきたつもりです。なので一人前の大人と扱われてもいい頃合いの筈です」
「確かにお前のいう事にも一理ある」
「でしたら!」
「だがまだ駄目だ」
「………」
一度希望めいた言葉を聞いただけにそこから落ちた怒りからか王である父親をジド目で睨んだ。国王は娘からの無言の圧力に耐えつつ咳払いする。
「大体お前は良くてもエルノアの方に色々と問題があるだろう。年齢的にも言動的にも」
「ですが…」
「それにだ、大切な愛娘を行かせるのなら護衛として最低でも隊長以上の者が1人は同行してもらわねばならなん。しかし今現在王都に在住している騎士や隊員からそれほどのレベルの者を外出させられる余力はない。だから今はまだ駄目だ。わかったな」
「…はい」
納得はできない様子だったが渋々返事した。
(姉がいたんだ。てっきりクラリス王女が長女だと思っていたが。にしても旅か…王族とし必要な知識や教養を身に付けるのに必要な行事だったりするのかな?)
「そういえば明日は王国の未来が遠征から帰還するのでしたね」
「ああ、予定通りなら10時頃には東区に到着する筈だ。それから彼らが都心区《ここに》に着いた後、少ししてから表彰式を行う予定だ」
(ああ、陛下が仰っていた催しってこれの事か)
「今回はアルゼンス公国に出現した顔面の石像を討伐して功績を建てたとか」
「ああ、そうだな。これで大分減ったと言っていいだろう。アルゼンス公から巨悪の消滅により公国と民に笑顔と平和が戻ることが出来たと報告があったよ」
「明日はさぞ盛り上がる事が予想されますね。何せあの王国の未来による歩く災害達の討伐成功ですからね。」
「そうだな。私も王としても一人の国民としても実に喜ばしい事だとは思うし、沸き立つ気持ちも分かるのだが、それ故に準備が大変だ。まあ、戦場に出向いて戦わねばならない彼らに比べたら楽だがね」
「それに明後日にはチーム女王の中の女王も強力な魔物《モンスター》の討伐に成功した聞きましたし、帰還が楽しみですね」
別のチームの話の際、珍しく年相応な表情で嬉しそうに語るクラリス。しかし彼女とは対照的に若干顔が青ざめている様に見え、先程より気持ちの低下が感じられた。
「あの…陛下?どうかされたのですか。顔色が悪いというかお加減が優れぬように見えるのですが」
「ああいや、気にしないでくれ。少々食べ物を喉に詰まらせてしまっただけで大したことはない」
「そ、そうですか。ならよかったです」
(明らかにそういったものとは違う動揺の仕方に見えたけど何故なのだろうか?話を聞いてる感じだと実力のある冒険者が魔物《モンスター》の討伐に成功して帰還する話って感じで、陛下にしてみても歓喜するようなものであって決して気落ちするというか耳に入れて痛い話ではないと思うのだけど。もしかして式の準備が重なりで忙しいという事なのだろうか?)
この時の大河は知る由もなかった。国王が何故こんなにも頭を悩ませていたのかを。
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