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第4章 生きることは、守られること
第9話 二つの事件【前編】
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「本題に入る前にいくつか聞かせてもらいたいことがあるんだ」
注文した飲み物が運ばれてきたあと、三田村さんが早速話を振ってきた。
あくまでも軽い調子であるから、「何でしょうか」とこちらも軽い調子で応えると、懐に剛速球が投げ込まれた。しかも、猛烈に重いやつだ。
「三年前、崎山さん、キミのおじいさんが亡くなった日のことを教えて欲しいんだ」
ある程度の覚悟は決めていたものの、やはり動揺は隠し通せなかった。渇いた喉をクリームソーダで潤し、やっとの思いで声を絞り出した。
「……わかりました。すべてお話しします」
オレは自分の知っているじいちゃんの最期を包み隠さず話すことにした。じいちゃんにかけた呪いの呪文やオレが犯した醜い罪も根こそぎだ。
藤木さんの忠告が気にかかったが、これは本題に入る前の取引なのだ。傷心に浸っている場合ではないと自分自身に言い聞かせる。
「あの日、オレはじいちゃんとケンカをして家を飛び出しました。雨が降ってきたのでコンビニで時間をつぶして、二時間くらい経ったでしょうか、雨が止んでから、家に帰るとじいちゃんが戻っていないこと知って、頭が真っ白になったんです。何度も携帯を呼び出したけれど、全然繋がらなくて。心配になって家族みんなで家の周辺を探しましたが、翌朝の警察からの電話でじいちゃんが死んだことを知りました」
「死因は転落による脳挫傷、だったらしいね」
「はい、そのときの担当刑事からじいちゃんは歩道橋で足を滑らせ、頭を強打したことよる事故死だと説明されました。雨上がりだったから、下り階段がひどく滑りやすい状態だったと」
現場からは二本の傘が発見されたという。一本はじいちゃんの傘。そして、もう一本はオレに手渡されるはずだった傘。
「調書には崎山さんのご遺体は転落現場から三百メートルも離れた桜花川の遊歩道で発見されたとあるけど」
「それは意識朦朧となって助けを求めているうちに桜花川の遊歩道で力尽きた、とのことらしいです」
「崎山クンが雨宿りしていたっていうコンビニはどの辺りにあったの?」
「家を挟んで北に桜花川があるので、コンビニは真逆の南。桜花川からはだいぶ離れています」
「なるほどね」
到底納得したとは言えない顔で三田村さんがオレのクリームソーダに目を落とした。溶け始めたアイスクリームがメロンソーダの中に沈み込んでいる。
まるで、心の底に溜まった澱を反映しているかのようだ。オレの心か、三田村さんの心か。
どちらにしても鬱々とした感情がテーブルに降り積もる。
「三田村さんはオレが嘘を言っているとでも思っているんですか?」
「いや、キミの解答はカンペキだ。調書と矛盾はないよ」
「だったら、何が不満だって言うんです? 三田村さんはオレがじいちゃんにひどいことを言ったせいで死んだとでも言いたいんですか? どうせ、調書にもそう書かれているんですよね、だったら、はっきり言えばいいじゃないですか。オレがじいちゃんを殺したと!」
ここがカフェだということも忘れ、声を荒げた。
「シーッ」と真之助が人差し指を立てて制止してくれなければ、三田村さんの胸倉に両手を伸ばしていたかもしれない。
ぐつぐつと沸騰した脳に一気に冷や水をかけられ、オレは冷静さを取り戻した。浮かした腰と声のトーンを落とし、頭を下げる。
「……ごめんなさい。感情的になってしまい、つい」
「崎山クンの苛立ちはわからなくもないわ。三田村サンの言い方が悪かったもの」言葉とは反して、共感や同情とは程遠い声を発したのは安藤さんだ。
「あとひとつだけ聞かせてもらえる?」とオレの答えを待つまでもなく一方的に訊ねた。
「今回起こった通り魔事件の概要をアナタどこまで把握しているの?」
「通り魔事件って、聖子先生が被害に遭ったあの事件ですか?」
「そう、アノ事件」
「どうして通り魔事件の話なんて聞くんですか?」
「いいから質問に応えて」
どこまで本筋から逸れれば気が済むのか。話し手が安藤さんに代わり、やっと本題に入るものだと期待していたばかりに失望感が充満していく。
オレはほとんど破れかぶれになり、乱暴に頭をガシガシとかきむしった。
「二人がオレから何を聞き出したいのか、わけがわかりませんよ。ええと――」
言いながら、脳内ですでに散り散りになってしまった通り魔事件の内容を必死でかき集める。
「――確か被害者は全員女性で、四月から今までに複数件の事件が起こっていること。それと、刃物を持った通り魔から逃げる際に、転んで怪我をしていること。オレが知っているのはその程度です。これでいいですか?」
「三年前にも同じような事件が起こったことを覚えている?」
「三年前……ですか」
思考を巡らせてみるが、全く記憶にない。確認のために真之助を一瞥すると、オレと同じように首を捻っている。
「覚えていません」と正直に応えると、今度は三田村さんが指を組んで、わずかに上体を前へせり出した。
「実は三年前にも通り魔事件があったんだよ。有力な情報がなくて未だ犯人逮捕に結びついていないんだけど、そのときの被害者も十代から三十代の若い女性で、みんな帰宅途中の夜道で襲われている」
「何だか似ていますね」
「似ているのはそれだけじゃない。犯人の特徴もよく似ているんだ。全身黒の服装、フードをかぶりマスクをした長身の若い男。さらには被害女性の選別の仕方。奇妙なことに犯人は長い髪の女性を選んで犯行に及んでいるんだ」
「長い髪の女性……」
風でなびく艶やかな黒髪をそっと押さえる聖子先生の姿が脳裏に浮かび上がった。
「だから、聖子先生が襲われたって言うんですか?」
三田村さんは神妙な顔で大きく顎を引いた。
「恐らくね。犯人は髪の長い女性に何らかの執着を持っていると考えられる」
少し前に三田村さんが発した「未解決」の言葉が引っ掛かっていて、オレはまた訊ねる。
「二つの事件は同一犯による犯行なんですか?」
「同一犯と模倣犯の五分五分ってところかな。両方の可能性を考慮して捜査しているよ。二つの事件には手口が異なる点もあるからね。三年前の事件の犯人は転倒した被害者に馬乗りになったところで、彼女たちの長い髪をナイフで切り落としているんだ、恐怖を植え付けるみたいに。並々ならぬ深い情念、いや執念のようなもの感じるよ」
そう言うと三田村さんは悔しさを飲み込むようにコーヒーカップに初めて口をつけた。「お、美味い」と独り言ちたときだけ素の表情が垣間見えたが、それも一瞬のことで、カップがソーサに置かれると同時に刑事の顔に戻った。
「結局、俺たち警察の力不足もあって、三年前の事件では計六名の女性が被害に遭い、うち二名の犠牲者が出てしまったんだ。ひとりは刺殺、もうひとりは通り魔事件に関連する事故で亡くなっている。犯人は抵抗した被害者の命を奪う残忍で陰湿な人間さ。ところが、今巷を騒がせている通り魔事件はどうだろう?」
案に推理を依頼されているかと思ったが、探偵業を営む高校生でもなければ、ミステリー研究会の一員でもないオレに、プロの捜査員である三田村さんがわざわざ意見を求めるとも思えなかったので、「どうなんですか」と先を促した。
答え合わせをする教師のように三田村さんは話を再開させる。
「犯人は転倒した女性を深追いせず、すぐに解放しているんだ。ずいぶんとあっさりしたものでね。三年前のように被害者を執拗に追いかけ回したり、髪を切り落としたりしない。捕まえたらすぐに手放す。釣りのキャッチアンドリリースみたいに」
「それを聞くと模倣犯説が強い印象を受けますね」
オレは率直な感想を述べる。
「ここまでの話、だったらね。これはどこにも公表していない情報なんだけど、二つの事件の犯人は女性たちを襲う際に決まった台詞を吐くらしいんだ。『お前も俺をバカにするのか』とね」
「どういう意味ですか?」
「さあ、俺たちにもわからないよ。ただ、この、犯人しか知り得ない情報を二つの事件の犯人が共有しているところを見ると、同一犯の可能性も捨てきれないんだ。幸い、今回の事件で被害者たちは犯人から上手く逃げることに成功しているから大きな被害が出ていないけれど、またいつ犠牲者が出るともしれない。俺たちは一刻も早く犯人を逮捕したいんだ」
無精ひげに唾を絡ませながら、三田村さんは熱弁したが、そこに矛盾を感じずにはいられなかった。
一刻も早く犯人を逮捕したいのであれば、なぜオレなんかを捕まえて、隠れ家的カフェでのんきに油を売っているのだろうか。危険な犯人は未だに野放しの状態なのだ。動物園からカピバラが逃げ出したとか悠長な話ではない。
それにオレはじいちゃんの話を聞くために覚悟を決めてやって来たというのに、聞かされているのは通り魔事件の概要ばかり。警察には守秘義務といって、大切な情報を口外してはいけない決まりがあるのに、なぜやすやすと無関係の、出会って間もない高校生に話すのだろうか。
「事件についてはわかりましたが」
三田村さんが二口目のコーヒーを飲もうとしたところで、一向に本題が見えてこないじれったさに耐えきれなくなったオレは再び切り込むことにした。
「でも、どうしてオレにそんな話をするんです? 通り魔事件とじいちゃんに何の繋がりがあるって言うんです? いい加減、オレをここに連れてきた理由を教えてくださいよ」
すると、三田村さんと安藤さんの隙のない顔が向けられた。ついに本題に入るときがやって来たのだ。
そう思ったとき、安藤さんの氷のような冷たい顔に緊張がびっしりと隙間なく張り付いていることに気がついた。
恐らく、これから三田村さんが口にする台詞を知っているからだろう。安藤さんがまだ一口もコーヒーを飲んでいないのもそのために違いない。
電波を受信するかのように安藤さんの緊張が伝わり、オレは生唾を飲み下した。
三田村さんが口を開く。
「実は今回の通り魔事件を捜査しているうちに、崎山さんが三年前の通り魔事件を目撃している可能性が浮上したんだ。しかも、事件を目撃したせいで崎山さんが亡くなった可能性がある」
「え」
「崎山さんの死と通り魔事件は関連している」
三田村さんの視線が細い糸のように幾重にも絡みつき、身体の自由を奪われるようだ。さらにその糸は体内にまで浸潤し、気道を塞がれたオレは息をすることさえできなかった。
注文した飲み物が運ばれてきたあと、三田村さんが早速話を振ってきた。
あくまでも軽い調子であるから、「何でしょうか」とこちらも軽い調子で応えると、懐に剛速球が投げ込まれた。しかも、猛烈に重いやつだ。
「三年前、崎山さん、キミのおじいさんが亡くなった日のことを教えて欲しいんだ」
ある程度の覚悟は決めていたものの、やはり動揺は隠し通せなかった。渇いた喉をクリームソーダで潤し、やっとの思いで声を絞り出した。
「……わかりました。すべてお話しします」
オレは自分の知っているじいちゃんの最期を包み隠さず話すことにした。じいちゃんにかけた呪いの呪文やオレが犯した醜い罪も根こそぎだ。
藤木さんの忠告が気にかかったが、これは本題に入る前の取引なのだ。傷心に浸っている場合ではないと自分自身に言い聞かせる。
「あの日、オレはじいちゃんとケンカをして家を飛び出しました。雨が降ってきたのでコンビニで時間をつぶして、二時間くらい経ったでしょうか、雨が止んでから、家に帰るとじいちゃんが戻っていないこと知って、頭が真っ白になったんです。何度も携帯を呼び出したけれど、全然繋がらなくて。心配になって家族みんなで家の周辺を探しましたが、翌朝の警察からの電話でじいちゃんが死んだことを知りました」
「死因は転落による脳挫傷、だったらしいね」
「はい、そのときの担当刑事からじいちゃんは歩道橋で足を滑らせ、頭を強打したことよる事故死だと説明されました。雨上がりだったから、下り階段がひどく滑りやすい状態だったと」
現場からは二本の傘が発見されたという。一本はじいちゃんの傘。そして、もう一本はオレに手渡されるはずだった傘。
「調書には崎山さんのご遺体は転落現場から三百メートルも離れた桜花川の遊歩道で発見されたとあるけど」
「それは意識朦朧となって助けを求めているうちに桜花川の遊歩道で力尽きた、とのことらしいです」
「崎山クンが雨宿りしていたっていうコンビニはどの辺りにあったの?」
「家を挟んで北に桜花川があるので、コンビニは真逆の南。桜花川からはだいぶ離れています」
「なるほどね」
到底納得したとは言えない顔で三田村さんがオレのクリームソーダに目を落とした。溶け始めたアイスクリームがメロンソーダの中に沈み込んでいる。
まるで、心の底に溜まった澱を反映しているかのようだ。オレの心か、三田村さんの心か。
どちらにしても鬱々とした感情がテーブルに降り積もる。
「三田村さんはオレが嘘を言っているとでも思っているんですか?」
「いや、キミの解答はカンペキだ。調書と矛盾はないよ」
「だったら、何が不満だって言うんです? 三田村さんはオレがじいちゃんにひどいことを言ったせいで死んだとでも言いたいんですか? どうせ、調書にもそう書かれているんですよね、だったら、はっきり言えばいいじゃないですか。オレがじいちゃんを殺したと!」
ここがカフェだということも忘れ、声を荒げた。
「シーッ」と真之助が人差し指を立てて制止してくれなければ、三田村さんの胸倉に両手を伸ばしていたかもしれない。
ぐつぐつと沸騰した脳に一気に冷や水をかけられ、オレは冷静さを取り戻した。浮かした腰と声のトーンを落とし、頭を下げる。
「……ごめんなさい。感情的になってしまい、つい」
「崎山クンの苛立ちはわからなくもないわ。三田村サンの言い方が悪かったもの」言葉とは反して、共感や同情とは程遠い声を発したのは安藤さんだ。
「あとひとつだけ聞かせてもらえる?」とオレの答えを待つまでもなく一方的に訊ねた。
「今回起こった通り魔事件の概要をアナタどこまで把握しているの?」
「通り魔事件って、聖子先生が被害に遭ったあの事件ですか?」
「そう、アノ事件」
「どうして通り魔事件の話なんて聞くんですか?」
「いいから質問に応えて」
どこまで本筋から逸れれば気が済むのか。話し手が安藤さんに代わり、やっと本題に入るものだと期待していたばかりに失望感が充満していく。
オレはほとんど破れかぶれになり、乱暴に頭をガシガシとかきむしった。
「二人がオレから何を聞き出したいのか、わけがわかりませんよ。ええと――」
言いながら、脳内ですでに散り散りになってしまった通り魔事件の内容を必死でかき集める。
「――確か被害者は全員女性で、四月から今までに複数件の事件が起こっていること。それと、刃物を持った通り魔から逃げる際に、転んで怪我をしていること。オレが知っているのはその程度です。これでいいですか?」
「三年前にも同じような事件が起こったことを覚えている?」
「三年前……ですか」
思考を巡らせてみるが、全く記憶にない。確認のために真之助を一瞥すると、オレと同じように首を捻っている。
「覚えていません」と正直に応えると、今度は三田村さんが指を組んで、わずかに上体を前へせり出した。
「実は三年前にも通り魔事件があったんだよ。有力な情報がなくて未だ犯人逮捕に結びついていないんだけど、そのときの被害者も十代から三十代の若い女性で、みんな帰宅途中の夜道で襲われている」
「何だか似ていますね」
「似ているのはそれだけじゃない。犯人の特徴もよく似ているんだ。全身黒の服装、フードをかぶりマスクをした長身の若い男。さらには被害女性の選別の仕方。奇妙なことに犯人は長い髪の女性を選んで犯行に及んでいるんだ」
「長い髪の女性……」
風でなびく艶やかな黒髪をそっと押さえる聖子先生の姿が脳裏に浮かび上がった。
「だから、聖子先生が襲われたって言うんですか?」
三田村さんは神妙な顔で大きく顎を引いた。
「恐らくね。犯人は髪の長い女性に何らかの執着を持っていると考えられる」
少し前に三田村さんが発した「未解決」の言葉が引っ掛かっていて、オレはまた訊ねる。
「二つの事件は同一犯による犯行なんですか?」
「同一犯と模倣犯の五分五分ってところかな。両方の可能性を考慮して捜査しているよ。二つの事件には手口が異なる点もあるからね。三年前の事件の犯人は転倒した被害者に馬乗りになったところで、彼女たちの長い髪をナイフで切り落としているんだ、恐怖を植え付けるみたいに。並々ならぬ深い情念、いや執念のようなもの感じるよ」
そう言うと三田村さんは悔しさを飲み込むようにコーヒーカップに初めて口をつけた。「お、美味い」と独り言ちたときだけ素の表情が垣間見えたが、それも一瞬のことで、カップがソーサに置かれると同時に刑事の顔に戻った。
「結局、俺たち警察の力不足もあって、三年前の事件では計六名の女性が被害に遭い、うち二名の犠牲者が出てしまったんだ。ひとりは刺殺、もうひとりは通り魔事件に関連する事故で亡くなっている。犯人は抵抗した被害者の命を奪う残忍で陰湿な人間さ。ところが、今巷を騒がせている通り魔事件はどうだろう?」
案に推理を依頼されているかと思ったが、探偵業を営む高校生でもなければ、ミステリー研究会の一員でもないオレに、プロの捜査員である三田村さんがわざわざ意見を求めるとも思えなかったので、「どうなんですか」と先を促した。
答え合わせをする教師のように三田村さんは話を再開させる。
「犯人は転倒した女性を深追いせず、すぐに解放しているんだ。ずいぶんとあっさりしたものでね。三年前のように被害者を執拗に追いかけ回したり、髪を切り落としたりしない。捕まえたらすぐに手放す。釣りのキャッチアンドリリースみたいに」
「それを聞くと模倣犯説が強い印象を受けますね」
オレは率直な感想を述べる。
「ここまでの話、だったらね。これはどこにも公表していない情報なんだけど、二つの事件の犯人は女性たちを襲う際に決まった台詞を吐くらしいんだ。『お前も俺をバカにするのか』とね」
「どういう意味ですか?」
「さあ、俺たちにもわからないよ。ただ、この、犯人しか知り得ない情報を二つの事件の犯人が共有しているところを見ると、同一犯の可能性も捨てきれないんだ。幸い、今回の事件で被害者たちは犯人から上手く逃げることに成功しているから大きな被害が出ていないけれど、またいつ犠牲者が出るともしれない。俺たちは一刻も早く犯人を逮捕したいんだ」
無精ひげに唾を絡ませながら、三田村さんは熱弁したが、そこに矛盾を感じずにはいられなかった。
一刻も早く犯人を逮捕したいのであれば、なぜオレなんかを捕まえて、隠れ家的カフェでのんきに油を売っているのだろうか。危険な犯人は未だに野放しの状態なのだ。動物園からカピバラが逃げ出したとか悠長な話ではない。
それにオレはじいちゃんの話を聞くために覚悟を決めてやって来たというのに、聞かされているのは通り魔事件の概要ばかり。警察には守秘義務といって、大切な情報を口外してはいけない決まりがあるのに、なぜやすやすと無関係の、出会って間もない高校生に話すのだろうか。
「事件についてはわかりましたが」
三田村さんが二口目のコーヒーを飲もうとしたところで、一向に本題が見えてこないじれったさに耐えきれなくなったオレは再び切り込むことにした。
「でも、どうしてオレにそんな話をするんです? 通り魔事件とじいちゃんに何の繋がりがあるって言うんです? いい加減、オレをここに連れてきた理由を教えてくださいよ」
すると、三田村さんと安藤さんの隙のない顔が向けられた。ついに本題に入るときがやって来たのだ。
そう思ったとき、安藤さんの氷のような冷たい顔に緊張がびっしりと隙間なく張り付いていることに気がついた。
恐らく、これから三田村さんが口にする台詞を知っているからだろう。安藤さんがまだ一口もコーヒーを飲んでいないのもそのために違いない。
電波を受信するかのように安藤さんの緊張が伝わり、オレは生唾を飲み下した。
三田村さんが口を開く。
「実は今回の通り魔事件を捜査しているうちに、崎山さんが三年前の通り魔事件を目撃している可能性が浮上したんだ。しかも、事件を目撃したせいで崎山さんが亡くなった可能性がある」
「え」
「崎山さんの死と通り魔事件は関連している」
三田村さんの視線が細い糸のように幾重にも絡みつき、身体の自由を奪われるようだ。さらにその糸は体内にまで浸潤し、気道を塞がれたオレは息をすることさえできなかった。
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