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第1章

第九話 ⑥ ~波乱の一日・朝~ 朱里視点

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 第九話  ⑥



 朱里視点


「武藤にも事情を話して味方に引き入れよう」

 着替えを済ませ、更衣室から出る時に、ゆーこちゃんが私にそう言ってきた。

「この写真は女子のグループにしか出回ってない。でも、この騒ぎなら、朝練に関係ない人間でも教室に入った瞬間わかると思う。てか、もしかしたら皆で覗き見してる可能性すらある」

 取り敢えず、あのバカにはこんなの出回ってるぞ!!ってメッセージは送っておいた。

「ありがとう、ゆーこちゃん」
「気にしないでよ、友達でしょ!!」

 そして、私たちは体育館からグランドの方へ向かう。

 そこにはちょうど着替えを終えた武藤くんが居た。

「おう、おはよう!!……てか、どうした?やべぇ顔してるぞ……」

 私たちを見つけた武藤くんは、挨拶をしたあと、なにかに気がついたみたい。

 やっぱり顔に出てるんだな。

「あのさ、武藤。取り敢えずこれを見て欲しい」

 ゆーこちゃんが武藤くんに例の写真を武藤くんくんに見せた。

 それを見た武藤くんはひとつ息を吐いて、私にこう言った。

「俺はあいつの親友だから、今この瞬間はあいつを庇う」
「うん」
「でも、この騒ぎが収まったら、親友として、あいつを一発ぶん殴る」

 武藤くんはそう言うと、笑顔で拳を握りしめた。

「そのいーんちょーぶん殴り計画は私も乗った!!」

 同じく笑顔で拳を握りしめるゆーこちゃん。

 ふふ、ありがとう。二人とも。

「よーし。私もこれが収まったら、悠斗くんをひっぱたいてやるんだから!!」

 私一人だったら蹲って泣いてるだけだったかもしれない。

 頼もし過ぎる二人の友人のお陰で、私は立ち上がれる。

 私は決意を新たにして、絶対に荒れていると思う教室へと向かった。







 二年一組の教室にたどり着いた私たち。

 扉の外まで喧騒が聞こえてくる。

 やっぱり、相当荒れてるみたいだ。

「よし、まずは俺がデカい声出して教室を静めるからな?」

 武藤くんのその言葉に、私たちは首を縦に振る。

「その後は極力いつも通りに振る舞おう。この様子だと、いーんちょーもかなりやられてると思うから」


 学年首席の聖女様と学年次席で女子人気も高い悠斗くん。

 そんなふたりを揶揄するような声が教室の外まで聞こえてくる。

 ……一秒だって、もう聞いていたくなかった。

「いこう……みんな。悠斗くんも待ってる」

 私がそう言うと二人は頷き、そして武藤くんが教室の扉を勢いよく開けた。

「悠斗!!喉乾いた!!」

 教室内の声をかき消すように、武藤くんが声を張り上げる。

 流石野球部。大きな声を声を出すことに慣れてる。

 その声に、ザワついていた教室が静かになってくれた。

 良かった……取り敢えずはこれで話が出来る。

「あ、ああ……健。今日も用意してあるんだ……」

 たった数分で、すごくやつれてしまった悠斗くん……

 そんな彼が、いつものように水筒と紙コップを出してくれる。

 今の彼の姿を見たら、私は感情的になんか怒れない。

「佐藤さんとあ、朱里さんも飲むよね……」

 悠斗くんが気まずそうに私たちにも勧めてくる。

 私は、悠斗くんを少しでも安心させてあげようと、笑顔でそれを受け取る。

「あぁ、いーんちょー貰うよ」
「うん。私も貰うよ悠斗くん」

 私の笑顔を見て、少しだけ頬を引き攣らせる悠斗くん。

 ……多分、罪悪感がすごいんだ……

 そして、悠斗くんはいつものように黒瀬さんにも聞いていた。

「く、黒瀬さんも飲むかな?」

 私の隣でゆーこちゃんがため息を吐いた。

 ……ばか。

 その言葉はきっと私にしか聞こえない。

 そんな私たちに向けて、黒瀬さんが満面の笑みで答えた。

「えぇ、私もいただきますね。『悠斗くん』」
「……っ!!」

 ……え?

 ……うそ、なんで

 ……ゆ、悠斗……くん……?

 い、今まではずっと、『桐崎くん』だったのに、なんで今になって名前で呼ぶの……っ!!

 そんな私の……私たちの疑問に、黒瀬さんがまるで勝ち誇るかのように告げてくる。

「ふふ、皆さん驚かれてますね。私たちもだいぶ親密な間柄になれたと思いましたので、名前で呼んでもいいですか?と聞いたところ、悠斗くんから了承をいただいた次第であります」
「そ、そうなんだ……」

 私は声が震えてました。

 悠斗くんが……了承……した?

 なんで……

「武藤くんや藤崎さんは彼を名前で呼んでますので、私だけ仲間外れは嫌ですよ?それに、毎朝彼とは大切な時間を過ごしてきました。いつまでも苗字で呼ぶのは変かと思いまして」

 仲間外れ?……いやそんな理由じゃない!!

 そのセリフは悠斗くんが黒瀬さんが名前を呼ぶことを了承させるために使った罠。

 それより、毎朝、悠斗くんと大切な時間を過ごしできたって……そんな……っ!!

 私の脳裏にはさっき見た写真が鮮明に蘇ってくる。

 私が朝練をしてた時、毎朝……あぁいうことをしてたんだ……

 悠斗くん……

 なんで教えてくれなかったの……?

 毎朝黒瀬さんと本を読んでいたことより、その事実を知らなかったこと。
 名前呼びを許したことを知らなかったこと。
 私の知らないところで関係が深まっていたこと。

 そのことが、私には……悲しかった……

 そして、そんな私を嘲笑うかのように、黒瀬さんが見た事がないような妖しげな笑みを浮かべていた。



 誰だよ、この女を聖女とか言った奴は



 隣の武藤くんが紙コップを握り潰して、そう呟いてた。

 ははは、私なんだよね。聖女様って呼んだのは……


「ねぇ、黒瀬さん。桐崎くんとはつきあってるのぉ??」


 その時。クラスメイトのひとりが声を上げてきた。

 その声に、黒瀬さんが嬉しそうな笑みを浮かべてた。

 まるで、その言葉を待ってたかのように。

 そして、彼女はまるで舞台の役者みたいな口調で言った。

「ふふ、そうですね。彼とは毎朝二人きりで読書をするなど、大切な時間を過ごしてきました。とても親密な間柄になれたと思います。こうして私が彼を名前で呼ぶのを許してくれました。ですが、その質問に対する回答は、『まだ』そういう関係ではない。とだけお答えします」

「……っ!!」

 その言葉に、悠斗くんが顔を顰めてる。


『まだ』そういう関係ではない。


 その後の関係を匂わせる言葉選び。

 ははは……悠斗くんが好きなライトノベルで良くある言い回しだね……

 クラスメイトはその言葉に色めき立ってる。

 その様子を、黒瀬さんは満足気に眺めてる。

 そうか、黒瀬さんが欲しかったのはこの空気……

 私が悠斗くんと付き合ってる。彼女なんだ!!

 って言わせない雰囲気。

 黒瀬さんと悠斗くんは交際間近の間柄なんだ。

 と言うクラスの空気。

 これを作ることが目的だったんだ

「…………っ」

 悔しい……っ!!

 何も言えない自分が……

 足元が揺らいでいく。

 そうか、悠斗くんはこういう気持ちになってたんだね……

 私の頬を涙が伝いそうになった。

 その時だった。

「うーし!!お前ら席に付け!!なに高校2年にもなって騒いでるんだ!!??」

 ガラリと教室の扉が開き、咲ちゃん先生が入ってきた。


「おい桐崎!!学級委員のお前が居ながら何してる!!」


 その怒声に、私の涙がひっこんだ。

「は、はい!!すみません!!」

 悠斗くんはすごい勢いで立ち上がって大きな声で謝ってる。

「昼の休憩時間に進路指導室に来い!!反省文だ!!」

 きょ、教室がうるさいだけで反省文!!??

 そんなこと、去年は一度も……

 あ……わかった。

 咲ちゃん先生は、昼のタイミングで悠斗くんから事情を聞くつもりなんだ。

 だからあんなことを……

「わ、わかりました!!何枚でも書きます!!」

 悠斗くんもそれに気がついたようで、少しだけほっとした様な感じがしていた。

 そこで、チャイムが鳴った。

「ショートホームルームを始める。桐崎、号令だ!!」

 咲ちゃん先生……ありがとう。

 あと少し先生が遅かったら、きっと私はみっともなく泣いていた。

 きっとそれは、私自身の敗北だ。

 チラリと黒瀬さんを見る。

 彼女と目が合った。

 黒瀬さんはニヤリと笑っていた。


 昼にお話しましょう?


 そう言っているようだった。

 ……負けないっ!!

 私は黒瀬さんから目を逸らさずに頷いた。

 隣の桐崎くんの号令が、戦いのゴングのように聞こえた。



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