44 / 53
第16話 魔王⇒再会
【2】
しおりを挟む「こちらです」
ハルに連れられたのは、無人の市街地にある一軒の小さな家屋だった。凄惨な“ゲーム”の舞台であるためか、市街地と言いつつどれも廃屋とでも呼ぶべき風体だが、この家はその中で比較的まとも外観を残している。
いざ中へ――の、その前に。
「そういえば、私と魔王のこと、余り話をしたことが無かったな」
「? どうした急に」
突然話題を振られ、困惑した顔をするミナト。ハルも同様だ。
しかしアスヴェルは構わず続ける。
「私がこの世界に来る直前、魔王と戦っていた訳だが。あいつは魔物をけしかけたり罠を仕掛けたりと、まあこすっからい手を使って攻撃してきた」
「前にも聞いたぞ?」
「敢えてはっきりと断言しよう。私はあいつを許していない」
『――ッ!?』
家の中から、誰かが息を飲むような声が聞こえる。
「というより寧ろ恨んでいると言ってもいい。もしまた会うことがあったら、果たして平静でいられるかどうか。怒りに我を忘れてしまうかもしれないな」
『ちょっ――ええ!?』
今度は明確に、何者かの声が聞こえてきた。
「まずは腕を折る。足を砕く。四肢を潰した後は目だ。次いで、耳を引き裂き鼻を削ぎ落す」
『ごめんちょっと用事を思い出したんで僕はこれで――あ、コラ、何故羽交い絞めにするんだ西郷!? 僕を裏切るのか!?』
揉め事が起きている。片方が必死に逃げ出そうとしているのを、もう一人が押し留めているかのような。
その茶番劇という名の騒動が収まるよりも前に、アスヴェルは家の扉を蹴り開けた。
「あ」
そこには、屈強な男――サイゴウによって抑えつけられたている“銀髪の青年”。
「久方ぶりだなぁ、魔王?」
「お、お久しぶりデスネ?」
こちらの挨拶をすると、ヤツは大分きょどった返答を零した。
――とりあえず、制裁は保留としておく。
「「魔王!?」」
部屋に少女達の声が響く。明かされた事実は余程ショッキングだったようだ。
「あの、ちょっと待って下さい。理解が追い付かないのですけれども――これ、どういう状況なんですか?」
ハルが手を上げながら質問してくる。アスヴェルは鷹揚に頷くと、
「そうだな。実のところ私も事態を整理したいと思っていたところだ。順を追って話していこう」
まずは、自分と魔王との関係について2人に語り聞かせていく。
勇者と魔王が戦い合うのは世の定説だが、自分と彼――魔王テトラとの場合、事情が違った。勇者よりも、魔王よりも強い“敵”が現れたのだ。
その名は竜。アスヴェルにとっては、家族を殺された仇でもある。
一人一人では勝ち目がない“敵”に対し、勇者と魔王、いや、人類と魔物は共同戦線を張ることで対抗した。その後死闘に継ぐ死闘を重ね、最終的に竜を駆逐するに至ったのだ。
「前にアスヴェルさんが“毎日のように魔王と戦っていた”と言っていましたが――それは、“共に戦っていた”ということだったのですね」
「そういうことだ。誤解を招く言い方をしてしまったな」
事情が少々複雑なため、省略してしまったのである。こんなことになるなら、あの時ハルにしっかり説明しておけばよかったか。
「でも待って下さい? アスヴェルさんがこの世界に来たのって、魔王との戦闘の結果と聞きましたよ?」
「竜がいなくなりラグセレス大陸には平和が戻った。しかしそうなると、新たな――というか、元々の対立が戻ってくる。改めて、人類と魔物との戦いが始まったんだ」
「……魔物とは人類を滅ぼす存在。共通の敵がいなくなれば、その“本能”に抗うことは難しくなる。結局、君一人に滅ぼされたけどね」
それまでだんまりだった魔王が口を挟んできた。時間が経って、多少は落ち着いてきたようだ。
タイミングとしてはちょうどいい。アスヴェルもこの辺りで彼に話を聞きたかったところだ。
「魔物達のほとんどが、それまで共に戦ってきた人類の殺戮に消極的だったからな。そうでなければ人類側にも相応の被害が出たことだろう。
それはそれとしてテトラ、一つ確認がある」
「なんだい?」
「最後のあの爆発――あれは、私を“転送”するためのものだな?」
「そうだよ」
意外にあっさりと認めた。
「何故そんなことをした?」
「珍しいな。勇者アスヴェルともあろう者が分からないのかい?
僕達魔物と同じく――君もまた、あの世界に居場所が無くなっていたからだよ」
「……余計な気遣いだ」
予想していた通りの答えなので、驚きはしない。しかし、隣で傍聴していたハルにとってはそうではなかったようで。
「居場所が無いってどういうことですか? アスヴェルさんは世界を救ったんですよね?」
「よくある話さ」
応えたのは魔王だ。
「アスヴェルは、人が立ち向かうには余りに強大過ぎる“敵”に勝利を収めた。だけどね、“人類を滅亡させうる存在”を滅亡させた彼を、人々は自分達と同じ人間だと思えなくなったんだよ。結果として、アスヴェルは孤立した。どうだい、よく聞く物語だろう?」
「では、貴方はアスヴェルさんを助けるために?」
「……どうだったかな。昔過ぎてもうよく覚えていない。単に、僕があの世界から逃げたかっただけだったかも」
ハルの言葉にテトラは肩を竦めた。そんな彼に、アスヴェルはもう一つ質問をぶつける。
「“昔”と言ったな。お前がこちらに転移したのは、何年前になる?」
「彼是20年以上前だよ」
「なるほど。そこで、見てしまった訳か。この世界でも変わらず蹂躙されている人々の姿を」
「……ああそうさ。もっとも、蹂躙のされ方は随分と様変わりしていたけどね。いやはや、逃げた先も似た状況だったとは、なんとも因果なものだ」
合点がいった。この“お人好し”は政府に管理される人々を見るに見かねて、このレジスタンス組織を結成したのだろう。
「その反政府活動をしている最中にミナトを拾った、と?」
「まあ、そんなところだね」
ミナトは父親と血が繋がっていない、とは以前に聞いた話である。これで色々と繋がった。
……だがそこで、アスヴェルはある違和感に気付く。
「――いや待て? 20年前?
お前は20年も戦って、ここの政府に勝てなかったのか?」
「痛いところを突くな。しかしまあ、否定できない。
そうだよ、僕はこの街の管理者に勝てなかった。昨日蜂起するまで、ずっと草の根活動に従事する他なかったんだ」
「馬鹿な!」
この男、アスヴェルよりは遥かに劣る弱小魔王ではあるものの――自分以外の人間が彼と戦うのは、至難を極める筈なのだ。確かにこの世界の住人はずば抜けた技術力を持っているが、それでも魔王が敗北したというのは俄かに信じられない事態である。
「……本題に入ろう、アスヴェル」
厳かな声色で、テトラが再度口を開く。真剣な眼差しをアスヴェルに向け、
「僕達は、またしても共に戦わなければいけなくなった。アレと戦うことには、僕だけでも君だけでも駄目だ。手を組まなければ勝機は見えない。
僕達が倒すべき相手。東京の全てを管理する存在。その名は――」
「おーい」
そこで、少々気の抜けた声がテトラの台詞を遮った。
「な、なんだい、湊音。お父さん今、凄く大事なこと言いかけてたんだよ? 用事があるならちょっと後にしてくれないかな」
「いやー、親父とアスヴェルの話長いから、どこで入ろうかずっと迷ってたんだけどさ」
急に親子の会話が繰り広げられる。緊張感が一瞬で途切れてしまった。
だがそんな雰囲気お構いなしに、ミナトは告げる。
「それで――いつ、“ドッキリ成功”の看板が出てくるんだ?」
「「全部本当のことだよ!?」」
勇者と魔王が心を合わせた瞬間であった。
0
お気に入りに追加
374
あなたにおすすめの小説
もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ
中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。
※ 作品
「男装バレてイケメンに~」
「灼熱の砂丘」
「イケメンはずんどうぽっちゃり…」
こちらの作品を先にお読みください。
各、作品のファン様へ。
こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。
故に、本作品のイメージが崩れた!とか。
あのキャラにこんなことさせないで!とか。
その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _)
※感想欄のネタバレ配慮はありません。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m
【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました
桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて…
小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。
この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。
そして小さな治療院で働く普通の女性だ。
ただ普通ではなかったのは「性欲」
前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは…
その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。
こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。
もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。
特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました
中七七三
恋愛
わたしっておかしいの?
小さいころからエッチなことが大好きだった。
そして、小学校のときに起こしてしまった事件。
「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」
その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。
エッチじゃいけないの?
でも、エッチは大好きなのに。
それでも……
わたしは、男の人と付き合えない――
だって、男の人がドン引きするぐらい
エッチだったから。
嫌われるのが怖いから。
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜
ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……?
※残酷な描写あり
⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。
ムーンライトノベルズ からの転載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる