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第1章

老紳士とパスポート

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八月三日、ただいま午前五時二十分。俺は、なんとかあの貼り紙があった場所にたどり着いた。携帯と衣類をまとめたアウトドアのバックを持って、迎えをひたすら待った。腕時計を確認すると、五時二十九分になっていた。あと、一分だ。一体、どんな人がくるんだろう。まさか、泥棒の罠じゃないよな。財布とか必要ないって書いてあったし。泥棒がそんな真似するわけがない。どうしよう緊張してきた。
「夏目貴之さんですかね。」
「うぉっ!」
背後から声をかけられ、俺は飛び上がった。振り返ると、俺より少し背の低い四十半ばぐらいの男が立っていた。半袖のワイシャツにスーツのズボンを着こなし、中年のおじさんというよりは、夏服の紳士という感じだ。
「夏目貴之さんですよね。」紳士はまた同じことを聞いた。
「あっ!はい夏目です。」俺はあわてて返事をした。
すると、紳士の顔がゆるみ、さっきより和やかな印象に変わった。
「よかった。よかった。迷わなかったのですね。申し遅れました。私は、竹田時夫といいます。夏目さんが過去にいくまで案内人を務めさせていただきます。」
俺は、過去という言葉を聞いて、タイム留学とはタイムスリップすることなのかと思った。しかし、疑念も深まっていく。
「あのこれって、博物館の案内か何かですか?」
「はい?」一瞬、竹田紳士の眼光が鋭く光ったような気がした。
「いや、こういうの初めてだから。留学とか。」
「ああ、そうですよね。この現代の日本で、いや世界では夏目君たちが知らないところで科学などのあらゆる分野が発展し続けている。そのほとんどは、まだ公表されていないのです。このタイム留学はその研究成果で、君はその第一号の被験者なのです。」和やかに返す竹田紳士。
俺は、それでも納得できなかったが、紳士は先に道を歩き始めてしまい、俺は付いていくしかなかった。

道を進むにつれて、元々薄暗かった道はさらに太陽の光から遠のいていく。(まぁ、早朝だしね。)竹田紳士は、俺がついていきやすいテンポを保ちながら歩き、石畳の階段を下りて行った。長い長い階段だ。俺はなんだかこのまま地球の中心に行くんじゃないかとさえ、思った。やっと下り終わったと思ったら、黒い重厚な扉が姿を現した。
「さぁ、着きました。」
その言葉が何かを始める合図のように聞こえた。すると、竹田紳士は赤くて薄い冊子を俺に渡した。
「このパスポートを君に渡します。それを持って、この扉の向こうに行ってください。」
俺はこれからどこに行くのか。
「向こうに島森という男が君を助けてくれます。彼に会ったら、そのパスポートをわたしてください。」
俺は、これから何をしに行くんだろう。
「君はかつての日本でいろんな事を経験します。選ばれた人間として三週間、頑張ってください。」
竹田紳士は、ゆっくり開いた。ギィィという音が扉から鈍く漏れる。
突然、光が扉からこぼれでてきて、俺は何の抵抗もなく入口に引き込まれた。

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