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フラグその11  次へのフラグ

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キアラは演劇鑑賞が好きだ。
熱中し過ぎて役に感情移入してしまうこともしばしばあった。
劇が終わった直後、役が乗り移ったかのような言葉を発するお茶目さも俺は気に入っているのだが・・・
今回のお題はちょっと悪趣味で意地が悪いな。


「そりゃ悲しいな」


キアラの問いに対し、とりあえず俺は無難に答えることにする。


「悲しい・・・じゃあ、どうする?」


「何を、どうして裏切ったかによって答えは変わるさ」


さっきの劇のように、まさか俺が魔王化するなんてことをするはずもないし、出来もしない。


「キアラ、そろそろ出ないと」

観客席は俺達を除いて全員が退場しようとしていた。話を打ち切る意味でもキアラに出るように促す。
だが、食事をしようとレストランに向かっている道中で、馬車の中でキアラは先ほどの問答の続きを促してきた。
えぇ・・・まだやるの?



「私が何を裏切ったかによって変わると言ったわね」


「ああ」


「・・・そうね、さっきの劇のように私が違う男と不貞をしたとしたら?」


ピクッ


「例えば、リュートさんととか」


想像をしてしまった。
リュートに肩を抱かれ、俺に別れの言葉を告げるキアラを。


「そうだな・・・実際になってみないと分からないが、少なくともリュートの方はその場で斬り殺してしまうかもしれないな」


そう言いながら、俺は思わず得物に手を添えていた。
想像してみたら・・・思った以上に怒りの念が湧いてきてしまった。
だが、キアラをどうにかしようなんてのは考えつかない。リュートを斬り殺すのは一瞬で思いついたのに。


「例えばの話よ」


自分がどんな顔をしていたのかわからないが、キアラが思わずそう言うくらいには不機嫌な顔をしていたのだろうか。


「ごめんなさい。変なことを聞いたわ」


「いや、いいんだ」

心なしかシュンとしているように見えるキアラに俺は苦笑いをしながら答えた。


「さっきの劇が頭から離れないのかい?」

「そうかもしれないわ」


まぁ確かに衝撃的な劇であった。


「愛は不確かなものだって思うの」

ん、流れ変わったな。劇にちなんだ話か?


「どれだけ強い言葉と態度で愛を誓いあっても、相手が同じように心から誓っているとは限らない、欺いているのかもしれない。それがバレたり、ネタバラシされれば、容易く愛は崩れる」


俺は黙って聞くことにした。
愛を誓いあう・・・劇の前半にあった部分だ。主人公と王妃が固く愛を誓いあうのだ。
だが愛は裏切られた。元より王妃の求める愛と主人公が誓ったそれは別物だったからだ。


「リュートさんだってそう。僅かなきっかけで愛が一瞬で崩れ去る」

あれはまた別の問題だったのだが、とりあえず黙って聞いておこう。


「不確かな愛を少しでも確かなものへと繋げるためには、どうしたらいいと思うかしら」


まだ結婚はおろか成人すらしていない俺には難題である。
騎士団の連中なら「そんなんヤることヤっちゃえばいいんだよ」とか言ってゲラゲラ笑いそうだ。まさか俺が同じ返答をするわけにもいかないので答えあぐねていると


「セックスとか、子供を実際に作ってしまうのは多分有効な手よね」


「ファッ!?」


キアラの言葉に仰天し過ぎて変な声が出た。
今日のキアラは饒舌だ~ なんて思っていたら、更に思いがけないことが起きた。
さぞかし間抜けな顔をしているだろう俺を正面からジッと見て、キアラは更に言葉を続けた。


「私たちは政略結婚よね」


「あ、あぁ、そうだ」


俺とキアラの結婚は、先代ルーデル辺境伯と、先々代ルーベルト公が結んだ政略結婚だ。


「でも、私はこれを愛の無い結婚だとは思っていないわ」


それって・・・

口にしようと思うが、声にならない。
どうした?今日のキアラはどうしたのだ?
もしかして今日の劇に彼女なりの感情移入をした結果か。
なんて素晴らしい劇だったんだ!
俺の心拍はこれでもかというほど上がっていた。


「そう思っているのは私だけ?」


いつものように綺麗だが無表情なキアラ。だが、どこか不安そうに見える彼女を見て、俺は躊躇わず答えた。


「いや、俺も同じことを思っている」


思えば明確にキアラと気持ちを確認しあうことがなかった。
俺達の婚約は強い制約により結ばれており、例え俺達自身が解消を申し出たとで出来るかどうかというレベルの政略結婚なのだ。どうせ結果が同じなら・・・と、あえて気持ちを確かめ合うだなんてことはことはしなかった。
もちろん、気持ちを拒否されることの怖さも全くなかったわけじゃないが、それでも自惚れでなければキアラとはそれなりに気持ちが通じ合っていた気がしていたのだ。

どうやら、自惚れではなかったようだ。良かった。
ここで愛している、などと言えたらいいのだろうが、情けないことにこういったことに免疫に無かった俺にはこれ以上のことは言えそうになかった。


「これも一つの愛の誓い。でも、これだって一月後には何かの拍子に崩れ去ってしまうものかもしれない」


そんなことはない、とそう言おうとしたが、キアラの言葉はまだ続きそうなので黙ることにする。


「お父様には禁止されているのだけど・・・」

スッとキアラの手が俺の手に重ねられる。
ドクンと俺の心臓が鼓動を打ったのが聞こえた気がした。


「この不安な気持ちを抑えられるのなら、私はすぐにでもショウと結ばれてもいいと思っています」



ガタンッ


馬車がレストランに着いて停車したようだ。キアラはそこでパッと俺から離れる。
俺はといえば完全に惚けていた。それからのことはあまり覚えていない。レストランの料理の味もよくわからない。
ただ、レストランの後は時間が遅くなるのでキアラを屋敷に送り届けることになっているが、その前にもう一つくらい用事を入れられるような余裕を持ったデートプランにしておけば良かったなと深く後悔した。

そして、次に会うときは・・・と、胸が高鳴って落ち着かなかった。
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