上 下
8 / 470

閑話 ルーデルの変人

しおりを挟む
エーぺレス・ルーデルは厳格な父である先々代ルーデル辺境伯と、穏やかで慎ましいその夫人から生まれたルーデル家の長女である。

嫡男であったトウシとは歳が離れており、トウシの長男リュートとは6歳しか違わない。
長く綺麗な黒い髪、スラッと伸びた体つきに、目鼻立ちのはっきりした美人となった彼女は、ランドール王国でも屈指の美人と言われた。
しかし彼女は「どうしてあの親からこの子が」と言われるほど、両親とは似つかないお転婆で奔放に育ち、ルーデル家きっての変わり者とカテゴライズされてしまう。

「ちょっと乗馬してくる」と言ったかと思えば野宿をしながら国を一周したり、「食事に行ってきます」と言っては何か国か回って食べ歩き、数か月後に帰ってくるなど奇行が目立った。
常にじっとしていられないエーぺレスに嘆きつつも、恋に夢中になれば変わるかと期待をして父親は何度か婚約者をあてがっては見たが、あまりの奔放っぷりに疲れてしまったのかその悉くが逃げ出した。
勇猛果敢な武人で名をはせた父親ですらついに心を折り、淑女として貴族の責務を果たせぬのならと、エーぺレスをルーデルから除籍とする代わりにもう好きに生きろと彼女に告げた。

「ありがとうございます。これでワタクシ自由ですのね!」

既に十二分に自由を謳歌していたのでは?とオミトは思ったが、彼は心底嬉しそうに荷物をまとめていくエーペレスを笑顔で見送った。経済支援を一切受けることなく、彼女は17歳で単身外国へ渡っていった。
その2年後、どのようにして稼いだのかは不明だが、生まれてからこれまでにエーペレスにかかった費用を越える金がルーデル家に送られたという。

「知らぬ。あれはもう死んだのだ」

エーペレスとは仲の良かったショウは、突如としていなくなった叔母について祖父に聞いてもこうとしか返ってこなかった。

「あの方はいつでも私たちの心の中にいます」

オミトに聞くと、彼は慢心の笑みでこう語った。まるで死んでしまったみたいな言い方だが、オミトの心の中にはいつだってエーペレスがいるんだなとショウは思った。

だが父トウシが家督を継ぎ、祖父母が王都に隠居すると、たまにひょっこりとエーペレスは顔を出すようになった。数日ほどこちらに滞在することもあれば、半日さえいないこともある。数週間でまた顔出すこともあれば、数か月音沙汰がないのもしばしば。
とにかく雲のようにつかめない、どこまでも自由なのがショウの叔母、エーペレスであった。




----------





「寄付金・・・ですか?」

そんな自由奔放なエーペレスさんが言ったルーデルの苦境を救うワード・・・それは『寄付金』であった。

「そうよ。コストカットも限界で税収を増やすのも難しいとなれば、のよ」

随分と簡単なようにそう言うエーペレスさんに、俺は思わず本日何度目かのため息をもらしてしまう。

「増やせばいいのよ、ってどうやって増やすんですか?エーペレスさんが寄付してくれるんですか?」

「別にそれでもいいけど、それに依存してるともし私に何かがあったときにまた同じ問題に直面することになるわ」

それでもいいけど、ってそれだけの財力を持っているってこと?この人は本当に普段何をしている人なんだ・・・

「まぁ、確かにルーデル家への寄付金は年々減少してますね」

オミトが言う。
有難いことにルーデルにも毎年少なからず寄付金は送られてくる。
退役した騎士であったり、保守的な貴族だったり、国防を担うルーデル家の活躍に感謝している旨を手紙にしたためながら寄付して下さる方々がいるのだ。
だが年々、その方々も高齢で亡くなったりすることでその額は減少傾向にある。また、辺境で敵を食い止め続けて中央が平和を維持することで、皮肉にも軍縮を叫ぶ声が上がるようになってしまったのも寄付金の減少にもつながっている。
とはいえ寄付金は人の善意による施しだ。元よりアテにはしていないし、それをアテにする領地運営など論外と俺は考える。

「寄付金が貰えるのをただ待つだけじゃないの。取りにいく気持ちで行くのよ」

「・・・はぁ」

「まず寄付金の減少の最大の理由は、ルーデル家のイメージが良くないからだと思うわ」


エーペレスさんの言葉にズキリと胸が痛む。それはわかっている。そうだろうなとは思う。
ルーデル家が慢性的に抱える問題に金の不足、人の不足、そしてイメージの悪さがある。金についてはもはや説明不要だろう。次に人。あまり平和な土地とは言えないので、とにかく住民が中々寄り付かない。税を安く設定しているのでそれでもいくらかは人が流れてくるが・・・

そしてイメージの悪さ。
ルーデル家はランドール王国の辺境を守る最強の騎士団を率いている・・・という世間の認知があるが、この騎士団がやはり戦いに明け暮れているからか辺境にいるせいか品がない、というイメージが広まっている。
実際に王都で式典があるときなどにうちの騎士団を派遣することがあるのだが、そこでも他の騎士団と揉めたり酒場で騒ぎを起こしたりとすることがある。
城下町を歩いているときも市井の目はどこか汚いものを見るというか、少なくとも良いイメージを抱いていないのはわかった。着せてる鎧もちょっとボロかったりするしな。仕方がないかもしれん。

口が悪い、礼儀を知らない、下品、見苦しい、臭そう、中央務めの騎士様はどうにも辺境騎士団をそのように見るので何かの拍子にこちらと衝突する。そしてその話が市井にも広まることでイメージがどんどん悪くなる。ルードの田舎騎士だ、などと。

俺達は辺境で日々、ランドール王国の外敵から身を護るために必死でやってはいるのだが、実際に戦場におらず平和な王都で訓練にのみ明け暮れる騎士様からすれば、腕っぷしが強かろうと下品で汚い辺境騎士団など同じ騎士ではない思っているのだろう。
だがそれは直せといってすぐに直せるものでもないし、下品だろうとやることはやっているのだ。これが俺らなのだからもうほっとけ!というのが先代からのスタンスだ。
イメージ悪いことでの弊害もあるにはあるし、どうにかしたいけどどうにもならないので正直諦めていた。



「そんなわけでイメージを変えていきましょう」

「・・・はぁ」

「極端な話、イメージを変えて人気者にさえなれば、寄付金は今の何倍も集められるようになるのよ」

エーペレスさんの言葉に、俺は生返事をするしかない。それが簡単に出来るならもう既にやってる・・・かもしれない。


「あぁ、別にあなた達自身を無理に全部変える必要はないわ」

「・・・え?」

「変えられるところを変えていきましょう」



エーペレスさんの提案はこうだ。
ルーデル率いる辺境騎士団は「黒の騎士団」と呼ばれている。いかにもダーティーなイメージがあるが、それを逆手にとって人気に繋げるのだという。
「黒の騎士団」の「黒」をシンボルカラーとし、領地外で人の目に触れるルーデル家の人間は全てこれから新しく制作する黒色の服を着てもらう。使う馬車も黒色に改装する。そうだどうせなら馬も黒いのにしましょう。
まずは見た目からわかりやすく変われば、人の印象も案外コロッと変わってしまうものなのよと、そこまでエーペレスさんが言ったところで俺は待ったをかけた。

「ちょっと待ってください。なんですかそれは?そんな恥ずかしい真似ができるわけないでしょうが!道化になれと?」

俺達に歌劇団か何かになれというのか?

「ショウ。貴方は見た目もいいし、ルーデルの代表なんだから特に映えるようにしないとね」

エーペレスさんは話を聞いていない。

「そりゃイメージも変えられて寄付金もそれなりに集まるなら、こんないい話はありませんがね。けど少々短絡的では・・・」

「統一感を持たせることで『黒の騎士団』を印象付けるのよ。服もこれから制作にとりかかるわ。段取りから費用まで全部私に任せなさい」

エーペレスさんは話を聞いていない!

「いや、ですから・・・」

「やるのよ!道化になるだけでルーデルの懐具合を改善できる可能性があるなら、安いものでしょう」

「その・・・」

「 や る の よ 」

「・・・はぁ」

エーペレスさんの威圧に、ついに俺も抵抗することをやめた。

アイディアを聞いてくれとやってきた割には、自分の案を実行してもらうこと前提だったようだ。相変わらず自由で勝手な人である。有無を言わさず、といった感じだ。

「エーペレス様。お言葉ですが・・・」

おっ?流石に見かねたのかオミトが助け船を出してくれそうだ。

「やってくれないの?(涙目)」

「やりましょう」

しかしエーペレスさんが悲し気(フリ)な顔を見せると、彼女に甘いオミトは即座に頷いてしまった。
おい(怒


「いいから私に任せなさい」

そういうエーペレスさんに俺は不安な気持ちしか抱けなかった。大恥をかいて失敗するだけのような気がするが、費用は出してくれると言ってくれているし、俺の気持ちの問題だけで実際損失がないなら駄目で元々でやるしかないのだろう。

こうしてルーデル家の懐事情を改善するための起死回生の一手は、ルーデルきっての変人に託されることになった。

そして良いんだか悪いんだか、その変人の作戦は成功してしまうのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

最強スキルで無双したからって、美女達によってこられても迷惑なだけなのだが……。冥府王は普通目指して今日も無双する

覧都
ファンタジー
男は四人の魔王を倒し力の回復と傷ついた体を治す為に魔法で眠りについた。 三十四年の後、完全回復をした男は、配下の大魔女マリーに眠りの世界から魔法により連れ戻される。 三十四年間ずっと見ていたの夢の中では、ノコと言う名前で貧相で虚弱体質のさえない日本人として生活していた。 目覚めた男はマリーに、このさえない男ノコに姿を変えてもらう。 それはノコに自分の世界で、人生を満喫してもらおうと思ったからだ。 この世界でノコは世界最強のスキルを持っていた。 同時に四人の魔王を倒せるほどのスキル<冥府の王> このスキルはゾンビやゴーストを自由に使役するスキルであり、世界中をゾンビだらけに出来るスキルだ。 だがノコの目標はゾンビだらけにすることでは無い。 彼女いない歴イコール年齢のノコに普通の彼女を作ることであった。 だがノコに近づいて来るのは、大賢者やお姫様、ドラゴンなどの普通じゃない美女ばかりでした。 果たして普通の彼女など出来るのでしょうか。 普通で平凡な幸せな生活をしたいと思うノコに、そんな平凡な日々がやって来ないという物語です。

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

処理中です...