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悔いを晴らす  ~ウラエヌス目線~

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「イライザ・・・か? まさかお主が来ようとは・・・」


突然の来客の存在に、ワシは驚愕せずにおれんかった。だが、すぐにここに来た理由を察した。
この国では死刑囚が刑を執行される直前に、教団から派遣された神官に祈りを捧げて貰えることになっている。そうすることで魂が迷わず天に召されるという。
罪人にも情けをーーという名目であるが、実際には罪人の魂が中途半端に現世に残ると、それは時に厄介な怨霊となり人に危害を加えることになるから、面倒ごとにならないようにという措置である。

そしてワシの目の前に現れた女は、かつて教団において素質、人格ともに史上最高とさえ言われた『聖女』と呼ばれた女だった。かつて教団にいたワシとは同期であり、そして元婚約者である。


「お主に見届けてもらえるとは、ワシも随分と高く買ってもらえたものじゃの」


普通処刑の見届けとしてはもっと下っ端の神官が来るのが習わしである。最高の聖女と呼ばれたイライザが来るのは異例も異例であった。


「私が志願したのよ。貴方が処刑されると聞いて、いてもたってもいられなかったわ」


「なるほどそういうことか・・・」


有難いというかなんというか、何とも複雑な気持ちであった。
人生の最後にワシの悔いの大元である女が、目の前にやってきたのだから。


「随分好きにやって生きてきた。その報いを受けるときが来たようじゃ」


自虐的にそう言うワシの言葉を、イライザはただ黙って聞いていた。
かつてワシは教団でもイライザと並んで才ある若者として目をかけられていた。そしてワシならばとイライザとの婚約が結ばれていた。

じゃが、ワシはイライザからも神官としての責務からも逃げた。あえてそうなるように仕向け、教団から追放されたのだ。
恐らく教団はワシにかけられていた分の期待も、そのままイライザに上積みしたかもしれない。イライザは人の怪我や病気を法術で癒すがその使命であるが、何十年と一度も休むことなくその職務を全うしたと聞いている。


「今は聖女の座を後進に譲り、大聖女となったんだって?そんな大聖女様がワシみたいなチンケな悪党を見取るなど、よく教団が許可したのぅ」


イライザは史上最も長く聖女として君臨していたと騒がせていた。
だが高齢になって法術が弱まってきたことをきっかけに数年前に更新にその座を譲ったと聞いている。イライザのこれまでの実績を鑑み、異例のことではあるが聖女を譲位した彼女に聖女以上の権限を持たせた大聖女として認定したとされ、またそちらも騒がれていた。


「これまで随分と長く務めてきたのだもの。最後くらいは我儘を言わせてもらっても良いはずよ」


それほどまでに強い意志でワシのことを見取りに来たと聞いて、思わず絶句してしまう。どういうつもりだろうか。憎いワシの最後を見たかったのか、それともワシのことをーーー

いや、どうでも良い。ワシはせっかく巡ってきた機会を生かし、勝手ながら最後の悔いについて自分なりにそれを晴らそうと考えた。


「すまんかったなイライザ。ワシがお主の元から逃げたこと、やはりこれまで心のどこかで悔いておった」
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