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勇者の墓

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ズゥゥゥゥゥン


雪山を更に昇っていくと、自分の何倍もある巨体を持つ白熊が襲ってきたのでディオと二人で撃退した。
タフな生命力と、食らえば一瞬でひき肉にされてしまいそうな怪力を持つ相手で手ごわかったが、ディオとこの俺が組んで負けるはずがない。
白熊の口元は最初に出会ったときから血だらけだったし、ところどころ浅い切り傷みたいなものが見受けられるので、もしかしたらさっき全滅していた騎士団を殺したやつかもしれない。


「こんなやつがいる所に住んでいるなんてとんでもないな」


騎士団が群れをなしても全滅させられるような猛獣と共存しているなど信じられん。俗世間を離れているにしても程があるぞ勇者様。
しかし大分山を登ったはずだが、まだ勇者が住んでいるという家は見つからない。もしかしたら既に通り過ぎているのか?という不安もあったが、それが杞憂に終わった。


「君たち、ここで何をしている?」


突然、背後から話しかけられ、俺とディオはハッと身構えた。
そこにいたのは長い髪と伸ばしっぱなしの髭、大きな体躯を持つが、顔は少しやつれた印象を受ける中年の男だった。

馬鹿なっ!俺とディオが背後を取られただとっ!!?

背筋を冷たい汗が伝う。
いつもはポーカーフェイスなディオも、流石に今ばかりは少し緊張しているような引き締めた顔をしていた。
かなり出来る相手だと見受けられる。一体何者だ?


「・・・あなたは誰だ?」


恐る恐る俺は聞いた。
男はそれには答えずにスッと俺から見て右のほうを指さした。


「ここは私の家の前だ。お前たちこそ何者だ。何しにここに来た?」


さされた指を無視してあくまで男から視線を外さないでいたが、その言葉に俺はようやく彼の示した先に見てみた。
そこには雪に埋もれてわかりづらいが、確かに小さな家があった。白熊に気を取られていて気が付かなかった。
って、それならもしかして・・・


「あなたが・・・勇者バリーか?」


俺の問いに男は答えなかった。
だが、表情が一瞬にして強張った。それが何よりも図星であることを物語っていた。
勇者バリー。20年前、当時魔族の王として君臨していた魔王オースデッドを倒し、このルーチェに平和をもたらした男と聞いている。


「随分不躾だな。こちらの質問には何も答えないくせに、一方的に言いたいことだけ言ってくる」


男は・・・バリーは不愉快そうに言った。冷静さを失い確かに不躾な態度を取ってしまった。


「申し訳ありません。我々は王都から来たレイツォとディオ。あなたに用事があって来たのです」

「何?」

「あなたのお力(知識)をお借りしたく・・・」


そこまで言うとバリーはづかづかと自分の家へ歩いていき、そしてバァン!と音を立てて力一杯玄関の扉を閉めて引きこもってしまった。扉には「CLOSE」の札がかかっている。


「・・・え?帰れってこと?」


唖然としてしまう。全く取り付く島もない感じだが、まさかここまで偏屈だとは思わなかった。


「ちょ、待てよ!話だけでも聞いてくれ!」


たまらず俺は縋りつくが、扉が開かれることはなかった。
気が付けば夕方になっており、もう一時間もすれば陽が沈む時間となっていた。


「仕方ない、出直すか」


俺がそう言うとディオも頷く。準備もしていないし、ここで野宿をしたら死んでしまうだろう。面倒な思いをしたわりに空振りになってしまったが、梃子で押しても動かなそうな感じなので今日はこれ以上バリーに構っても無駄だろう。

トボトボと来た道を引き返そうとすると、家の扉が開く音が聞こえた。


「!?」

もしかして根負けしてくれたのか?と僅かに期待を寄せたが


「そこの白熊の死体は片づけておいてくれ。お前たちがやったんだろう」


バリーはそう言った。あぁ、庭先にあんなでかいものあったら邪魔ですよね。


「それだけの力があれば、私の力など必要ないだろうが」


それだけバリーは言い残すと、再び扉は閉ざされた。

「戻ろ」

片付けはディオがぽいっと白熊を崖から下に投げ捨てて終わった。






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下山途中、来るときにはわからなかったが、雪にあるものが埋もれていることに気付いた。雪を払ってみると、そこには墓標があった。

『 勇者 ここに眠る 』

それだけ刻んである墓標を見て俺は言葉を失った。
言葉の通りかつての勇者バリーがここに埋葬されているというわけではないだろう。これはきっと、バリーが俗世と決別したことの意志の表れで築いたものなのだ。
世間で勇者と称えられた男は死んだ。この山にいるのは元勇者でもなんでもない、世と関わりを絶ったただの一人の男だということだ。
何があったのかは知らないが、俺達も騎士団もここに来るべきではなかったのだ。
空振りに終わらされて少なからず腹立たしかった気持ちはすっかり落ち着いていた。
その代わり言いようのないやるせなさを感じていた。
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