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ルーチェ国の一番長い日 ~騎士団長目線~
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絶望に浸っていた我々の心を奮い起こしたのは、従来守護する対象であるはずのディオ様だった。
彼は血濡れらせたその身を翻し、茫然としていた私達の前で更に一体のリトルドラゴンをその手に持つ剣で葬った。私の持つ大剣よりも小ぶりの剣でありながら、いともたやすくリトルドラゴンの強靭な肉体を切り裂いていく。
その光景は彼自身の容姿とも相まって、言葉にならないほどの美しさを感じるものだった。この場にいる皆考えることは同じなのだろうか、誰一人言葉を発しようとしなかった。
だが、ハッとして誰より先に私は自分を取り戻す。
「ディオ様に続けぇぇぇ!」
大剣を掲げ、私は叫んだ。
憔悴していた兵が皆、弾かれたように動き出す。
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
最初に私が檄を飛ばした時とは比較にならないほど凄まじい雄叫びが轟いた。
ディオ様の雄姿にひかれるように、その場にいた全員が勇猛果敢にリトルドラゴン達に挑んでいく。
先ほどまであった増援に対しての絶望感はもうそこには無かった。自分達にはあんなに強い人がついている。負けることはないと。
私は剣を振るいながら、考えずにはいられなかった。
この人が同じ戦場にいるだけでこれなのだから、もし国王になったときどれだけ我が軍の士気は上がるのだろうかと。そして、我が国はどれだけ高みに昇ることができるのだろうかと。
私が国王になったとて、微塵もこの国は変えられなかっただろう。だが、ディオ様は違う。この人ならば我々を正しく、強く導いてくれる、この国を変えてくれるだろうと。
私はディオ様と歩むことになるだろう国の未来に思いを寄せながら剣を振り、そして、気が付けば王城を襲撃していた数十体のリトルドラゴンは全て打ち取られていた。被害もあったが、昨今弱体化していた我が軍からすると、信じられないほどの快挙だった。
「ディオ様!お怪我はありませんか!?」
私はいてもたってもいわれなくてディオ様のところへ向かった。
ディオ様は全身に返り血を浴びてはいるものの、攻撃を受けたことはなかったようで私は胸を撫でおろした。
「・・・ディオ様?」
しかし、私は気付いた。勝利に湧く兵士達とは対照的に、ディオ様の表情は暗かった。そして彼の口から信じられないことが語られることになる。
王女アリス様が魔族に攫われたと。
----------
一夜明け、昨晩の魔族の襲撃による被害状況の報告が私の元に上がってきた。
リトルドラゴンは王城にこそ多数群がっていたが、それ以外のところには数体現れた程度だったという。
しかし、一体そのものが強力なリトルドラゴンであったので、やはり各所それなりに被害は出たようだ。結局王城だけでなく、城壁外周、城下町全てを総合すると死亡は100を超え、負傷者は千に到達しようとしていた。民間人に犠牲者が出なかったことは幸いではあったが、怪我人は出ているし、何より魔族の襲撃の報が混乱を招いていた。
昨晩から一睡もしていないのもあって頭が痛い。悩ましいことばかりが報告されるが、まずどれに最初に悩めばいいかすら整理がつかない。いや、それは決まっているか、なにしろ王女が攫われたのだ。本来ならばまずそちらについて考えなければならない。
「ふぅ・・・」
この先のことを考えてつい溜め息が漏れてしまう。きっと今日この日は、私にとって一番長い日となるだろう。
私はまず自分がせねばならぬことをすることにした。
「・・・・・・」
謁見の間にて、私は上がってきた報告内容を国王陛下に告げた。
陛下は黙ってそれを聞いていた。否、言葉を放つ気力も無いといった感じだ。
理由は被害の内容によるものというより、一人娘のアリス様が攫われたことによるものだろう。
昨晩、ディオ様とアリス様は同じ部屋のバルコニーで語らっていたところ、突然リトルドラゴンの襲撃に遭った。一体はディオ様が即座に斬り伏せたが、更にやってきたもう一体のリトルドラゴンがアリス様を攫って飛び去ってしまったのだという。追おうにも相手が飛ぶ相手なのでそれが叶わず途方にくれていると、バルコニーから我々騎士団が苦戦しているのが見えたので、一先ず加勢しに来てくれたそうだ。
「なんということだ・・・」
陛下の声は憔悴しきっていた。
それを聞いて私は居た堪れない気持ちになる。これも騎士団の不甲斐なさが招いた自体なのだから。
「アリス・・・まさか攫われてしまうとは・・・」
陛下は弱弱しく呟く。
こんなときではあるが、私は「この人はつくづく王には向かない人だ」と思ってしまう。自分の娘が心配なのはわかるが、それを臣下の前で漏らしてしまうのは王としてメンタルが未熟ではないか。
「騎士団長。ディオ殿の話では、王女を攫ったリトルドラゴンは魔王山の方へ飛んでいったと聞く。救出隊を編成し、直ちに救出に向かうことは出来ぬか?」
陛下の心中を察した大臣の言葉に、私は渋面して絞り出すように答えた。
「・・・昨晩の襲撃により、騎士団にも多大な被害が出ております。王城の復旧、騎士団の再編、城下の混乱の解消など目下の課題を終わらせるにも、今しばらくの時間がかかります。速やかなる救出隊の派遣は不可能です!」
言い終えると、言いようのない沈黙が謁見の間を包んだ。
思わず叱責されると思っていたが、陛下にはその気力もなく、大臣もまた現状が理解できているようであり何も言わなかった。
今述べたこと以外にも課題はある。次に同じように襲撃があった場合を想定しての対策も立てなければならないし、魔王山へ乗り込むアリス様の捜索救出部隊の編成すら困難を極める。それらも含めると、一週間とて足りない。もしかしたらひと月でも怪しいのでは・・・
「はぁ・・・」
それを知ってか知らずか、陛下は溜め息をついた。
幻滅しているのだろうか。だが、今言った課題の一つでもおざなりにすれば、瞬時に国を転覆させかねない。
すぐに王女を救出させるためには騎士団は動けないし、現実的にその実力を持った部隊の編成も出来るはわからない。現状では手詰まりだった。
「陛下。ディオ様がお見えになっております」
針のむしろで冷や汗をかいている私の耳に、臣下が陛下にそう告げる声が聞こえた。
ディオ様が?一体どうしたというのだ。
「・・・通せ」
どこかどうでも良さそうに陛下が言った。
そうして陛下を許可を得て謁見の間に入ったディオ様は鎧を着込んでいた。すぐにでも戦場に発つというような出で立ちであった。
怪訝な目で見る私達にディオ様は言った。
ーー自分がこれからアリス様を救出に向かうと。
彼は血濡れらせたその身を翻し、茫然としていた私達の前で更に一体のリトルドラゴンをその手に持つ剣で葬った。私の持つ大剣よりも小ぶりの剣でありながら、いともたやすくリトルドラゴンの強靭な肉体を切り裂いていく。
その光景は彼自身の容姿とも相まって、言葉にならないほどの美しさを感じるものだった。この場にいる皆考えることは同じなのだろうか、誰一人言葉を発しようとしなかった。
だが、ハッとして誰より先に私は自分を取り戻す。
「ディオ様に続けぇぇぇ!」
大剣を掲げ、私は叫んだ。
憔悴していた兵が皆、弾かれたように動き出す。
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
最初に私が檄を飛ばした時とは比較にならないほど凄まじい雄叫びが轟いた。
ディオ様の雄姿にひかれるように、その場にいた全員が勇猛果敢にリトルドラゴン達に挑んでいく。
先ほどまであった増援に対しての絶望感はもうそこには無かった。自分達にはあんなに強い人がついている。負けることはないと。
私は剣を振るいながら、考えずにはいられなかった。
この人が同じ戦場にいるだけでこれなのだから、もし国王になったときどれだけ我が軍の士気は上がるのだろうかと。そして、我が国はどれだけ高みに昇ることができるのだろうかと。
私が国王になったとて、微塵もこの国は変えられなかっただろう。だが、ディオ様は違う。この人ならば我々を正しく、強く導いてくれる、この国を変えてくれるだろうと。
私はディオ様と歩むことになるだろう国の未来に思いを寄せながら剣を振り、そして、気が付けば王城を襲撃していた数十体のリトルドラゴンは全て打ち取られていた。被害もあったが、昨今弱体化していた我が軍からすると、信じられないほどの快挙だった。
「ディオ様!お怪我はありませんか!?」
私はいてもたってもいわれなくてディオ様のところへ向かった。
ディオ様は全身に返り血を浴びてはいるものの、攻撃を受けたことはなかったようで私は胸を撫でおろした。
「・・・ディオ様?」
しかし、私は気付いた。勝利に湧く兵士達とは対照的に、ディオ様の表情は暗かった。そして彼の口から信じられないことが語られることになる。
王女アリス様が魔族に攫われたと。
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一夜明け、昨晩の魔族の襲撃による被害状況の報告が私の元に上がってきた。
リトルドラゴンは王城にこそ多数群がっていたが、それ以外のところには数体現れた程度だったという。
しかし、一体そのものが強力なリトルドラゴンであったので、やはり各所それなりに被害は出たようだ。結局王城だけでなく、城壁外周、城下町全てを総合すると死亡は100を超え、負傷者は千に到達しようとしていた。民間人に犠牲者が出なかったことは幸いではあったが、怪我人は出ているし、何より魔族の襲撃の報が混乱を招いていた。
昨晩から一睡もしていないのもあって頭が痛い。悩ましいことばかりが報告されるが、まずどれに最初に悩めばいいかすら整理がつかない。いや、それは決まっているか、なにしろ王女が攫われたのだ。本来ならばまずそちらについて考えなければならない。
「ふぅ・・・」
この先のことを考えてつい溜め息が漏れてしまう。きっと今日この日は、私にとって一番長い日となるだろう。
私はまず自分がせねばならぬことをすることにした。
「・・・・・・」
謁見の間にて、私は上がってきた報告内容を国王陛下に告げた。
陛下は黙ってそれを聞いていた。否、言葉を放つ気力も無いといった感じだ。
理由は被害の内容によるものというより、一人娘のアリス様が攫われたことによるものだろう。
昨晩、ディオ様とアリス様は同じ部屋のバルコニーで語らっていたところ、突然リトルドラゴンの襲撃に遭った。一体はディオ様が即座に斬り伏せたが、更にやってきたもう一体のリトルドラゴンがアリス様を攫って飛び去ってしまったのだという。追おうにも相手が飛ぶ相手なのでそれが叶わず途方にくれていると、バルコニーから我々騎士団が苦戦しているのが見えたので、一先ず加勢しに来てくれたそうだ。
「なんということだ・・・」
陛下の声は憔悴しきっていた。
それを聞いて私は居た堪れない気持ちになる。これも騎士団の不甲斐なさが招いた自体なのだから。
「アリス・・・まさか攫われてしまうとは・・・」
陛下は弱弱しく呟く。
こんなときではあるが、私は「この人はつくづく王には向かない人だ」と思ってしまう。自分の娘が心配なのはわかるが、それを臣下の前で漏らしてしまうのは王としてメンタルが未熟ではないか。
「騎士団長。ディオ殿の話では、王女を攫ったリトルドラゴンは魔王山の方へ飛んでいったと聞く。救出隊を編成し、直ちに救出に向かうことは出来ぬか?」
陛下の心中を察した大臣の言葉に、私は渋面して絞り出すように答えた。
「・・・昨晩の襲撃により、騎士団にも多大な被害が出ております。王城の復旧、騎士団の再編、城下の混乱の解消など目下の課題を終わらせるにも、今しばらくの時間がかかります。速やかなる救出隊の派遣は不可能です!」
言い終えると、言いようのない沈黙が謁見の間を包んだ。
思わず叱責されると思っていたが、陛下にはその気力もなく、大臣もまた現状が理解できているようであり何も言わなかった。
今述べたこと以外にも課題はある。次に同じように襲撃があった場合を想定しての対策も立てなければならないし、魔王山へ乗り込むアリス様の捜索救出部隊の編成すら困難を極める。それらも含めると、一週間とて足りない。もしかしたらひと月でも怪しいのでは・・・
「はぁ・・・」
それを知ってか知らずか、陛下は溜め息をついた。
幻滅しているのだろうか。だが、今言った課題の一つでもおざなりにすれば、瞬時に国を転覆させかねない。
すぐに王女を救出させるためには騎士団は動けないし、現実的にその実力を持った部隊の編成も出来るはわからない。現状では手詰まりだった。
「陛下。ディオ様がお見えになっております」
針のむしろで冷や汗をかいている私の耳に、臣下が陛下にそう告げる声が聞こえた。
ディオ様が?一体どうしたというのだ。
「・・・通せ」
どこかどうでも良さそうに陛下が言った。
そうして陛下を許可を得て謁見の間に入ったディオ様は鎧を着込んでいた。すぐにでも戦場に発つというような出で立ちであった。
怪訝な目で見る私達にディオ様は言った。
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