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現実逃避 ~騎士団長目線~

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私の名はミカエル・シューマッハ。
ルーチェ国の騎士団長であり公爵家の嫡男にして、王女アリス様の元婚約者だった男。
そして、平民である男に婚約者の座を奪われた男。

武闘会が終わってから数日が経過した。
結局、私は優勝者のレベルの高さにチキってアリス様を諦めたわけだが、そうしたことで貴族主義派のトーンは一気に下がり、概ね平民の時期国王誕生を許容する流れが出来つつあった。
それはアリス様の婚約者となったディオ様の武闘会での活躍を見てのこともあるが、想像以上にディオ様が優秀な人間であるということがわかったからだ。いや、優秀という言葉でもくくることはできないかもしれない。
あくまで剣しか能がない力自慢かと思われていたが、超絶に急なスケジュールで組まれた詰め込みで始まった王族教育に対し異様なスピードで内容を吸収し、現段階で礼儀作用に関しては既に完璧になったと聞いた。今はダンスの練習をしているそうだが、一日もかからずにマスターしそうな勢いだという。

「恐ろしい方だ。武をやれば武の、文をやれば文の頂点に立つことのできるお人なのではないか」

ディオ様の様子を間近で見ていた護衛の一人は私の親しい友人だが、彼は舌を巻いていた。

「どうなることかと思ったが、案外この国の未来は悪くないかもしれん」

これまではこの国の未来を憂えた発言をすることもあった友人だったが、その彼にここまで言わしめるとはやはりディオ様はかなり出来るお人なのだろう。少なくとも現国王よりも期待を寄せてられているのだな、とは思った。
そしてそれは決して友人一人ではなく、ディオ様と関わった人間のほとんどが同じことを考えているようだった。
能力だけではなく、カリスマ性も持っているのではないかと思われる。
まだ平民風情と敵視している人間もいるが、それでも反目していたはずの人間達を黙らせるほどの能力があり、やがては内外ともに認められるようになるのではないか。
陛下などは自分の後継ぎが極めて優秀であることを知って大変な喜びようだ。
つくづく私などが張り合えるような相手ではなかったのだなと数日で思い知らされた。


「・・・さて」


ディオ様のことばかりを考えてもいられない。
私は参謀より手渡された書類に目を通して、ふぅ、と溜め息をついた。

「足りないな、やはり」

何度見直しても数字は変わらない。書類に記された数字を見て呟いた。
それは他国からの支援物資を取りまとめた数字を記した書類だった。騎士団として必要な分の7割程度しか満たしていない数字だった。

「催促をかけますか?」

「もちろんだ。このままではふた月と持たず我が軍は干上がってしまう。そうしたらその次はそちらに降りかかる番であると伝えろ」

参謀の質問に私は少々苛立ちながらも答える。
金、食料、武具、回復アイテム、それらが我がルーチェ国には毎月他国から支援として送られてくる。それはルーチェ国が魔族との戦いの最前線で壁となって持ちこたえるために必要なものであり、我々が盾となり各国の平和を守ることの対価であった。我々が魔族と戦い食い止めなければ、魔族はこの地を通過し傍観を決め込んでいる他国へ襲いかかることだろう。
我々は世界の守り人という役割を何百年と続けてきた。そして支援も同じように送られてきた。

だが、ここ数年はその支援が減った。
20年前から訪れた長い平和が、各国の危機感を鈍らせたのだ。その間ゆっくりながらも堕落してしまった我が騎士団の体たらくを見られてしまったのも一つの原因であることは認める。
しかしここ最近は魔族が活性化しだし、決して楽観視できるような状態ではないといくら警鐘を鳴らしても中々窮状を理解してはもらえない。実際に現場を見たことすらない各国の高官は、ルーチェ国が適当なことを言って支援物資をせびろうとしようとしているだけと思っている節がある。

・・・まぁ、実際この20年、ときたまそういうことをして問題視されたことがあったので、ある程度仕方がないのだが。もちろん私が騎士団長になる前に話だ。
そのようなわけで平和な勇者がもたらした平和な20年が、皮肉にもルーチェ国をオオカミ少年にして存亡の危機に陥らせようとしている。それをどうにか耐え、延命させようとあの手この手を使ってしのぐのが私の仕事だ。

「・・・はぁ!」

どっかりと椅子の背もたれに体を預ける。
数日前、アリス様欲しさに私は冷静さを失い、この国の国王の座を狙おうとしていたが、今思えばとんだ愚行だ。当時は貴族主義派から唆されてつい熱くなってしまったが、実際頭を冷やしてみると今この国の王になるなんて針の筵以外の何物でもない。
もちろん、今の私とて決して楽な仕事ではないが、それでも国王という立場よりははるかにマシだ。
陛下とて支援物資について各国へ直接足を運び、何とか数を合わせるよう働きかけている。だが、結果はあまり芳しくない。言ってはなんだが、陛下は各国に対し大した影響力を持たない。平和だった20年、ぬくぬくと平和を満喫するばかりだったのが今になって響いている。
実際に国家存亡の危機に瀕しようとしているこの時、いまだ各国の誰もがこの状況を真剣に捉えようとはしない。これは陛下の力不足によることも要因の一つだ。
いずれ魔族の進行が更に本格化すれば、状況の深刻さに気付くかもしれない。だが、そのときには盾であったルーチェは滅んでいるだろう。
今、この国は水面下でジリ貧の状態が続き、物資も人も消耗が危険水準に達しようとしている。
かろうじて保たれている表面上の平和も、もうすぐ崩壊しようとしている。
この問題はすぐには解決しそうにない。そして、解決するための時間はきっと残されていない。劇的な手を打たない限りは。
私などが時期国王になったところで、まずどうにもならないだろう。

だが、もしかしたらーー
ディオ様が国王になればもしかしたらーー

そんな希望を抱いてしまうのは、間違いなく現実逃避と言えるだろう。馬鹿げた話だ。そんなことを考える暇があるなら、各国に追加の支援物資の要請の手紙の一つでも書くべきなのだ。
だが、ディオ様にはそんな希望を寄せてしまうだけの頼もしさを、将来性を感じてしまうのだ。

気が付けば、私はすっかりディオ様に魅了される一人になってしまっていた。

「ふむ・・・」

ふと気が付けば、すっかり夜もふけていた。
そろそろ休むとしようかーーーそう考えていたときだった。

「閣下!大変です!魔族の襲撃です」

血相を変えた伝令が私の部屋に飛び込んできた。
お休みはお預けらしい。

「場所はどこか?」

私が問うと

「ここです!」

と伝令は答えた。
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

「ここ、王城が襲撃されています!」

伝令の叫びは私の度肝を抜くものだった。
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