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賢者リノア

敗北した男

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「・・・は?」


トマスは呆然としてリノアを見つめる。

トマスの脳裏にあったのは、かつて自分を慕ってくれていた頃のリノアの姿だった。
村で自分にだけ笑顔を見せてくれていた。
口約束でもプロポーズをしたら、頬を染め感動に目を潤ませて応じてくれた。
再会を誓い、村を離れる時は涙ながらに見送ってくれた。

トマスの記憶の中の、自分に愛情を向けてくれていた頃のリノアの姿が何度もリフレインし、そして・・・唐突に砕け散った。


「リノア・・・」


トマスは顔を青ざめさせ、はっきりとわかるほどに絶望した表情を浮かべる。
ここに来て漸く本当の意味で、リノアの気持ちが自分に全くないことに気が付いたのだ。

ゴウキという、新しい男によって。


(身も心も?既にゴウキと寝たっていうのか?僕を裏切った?寝取られた?)


トマスは自分のことを棚に上げて、リノアに対して理不尽な気持ちを抱く。
最初に裏切ったのは自分だというのに、リノアに酷く裏切られた気持ちになったのだ。

トマスが知るリノアは、はっきり言って彼女の姉達とは違い貞淑だった。だからそんなリノアが簡単なことで男を乗り換えるわけがない、と思っていた。
体の接触は無かったが、心はしっかりとトマスに向けられていた・・・そう自覚していたのに。



「あぁ、あれは辛い。辛いのぅ」


「自分の物と決めつけていたところに、あんなものを見せつけられたら死ぬしかないな」


「あれだけ熱心にアピールしてた分、反動がヤバイよな」


これまで何度かトマスがリノアに迫っているところを見たギャラリー達は、口々に言う。
トマスのあまりの有様に、ざまぁより憐みを感じている者すらいた。
それくらい、今のトマスはショックを受けているように見えた。正気を失っているかのように、虚ろな目をしてブツブツと何かを呟いている。


「お、おい・・・ちょっとお前、大丈夫か・・・?」


そのあまりの様子にゴウキですら戸惑って心配の声をかける・・・が、ぐいっとリノアに強く腕を引かれた。


「放っておきましょうゴウキ先輩」


笑顔でそう言うリノアに、ゴウキは「ああ・・・」と躊躇いがちに答えながらも、その場を去っていくのであった。

後には石化したトマスとギャラリーだけが残された。
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