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第八話
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結婚式まであと数日と迫ったある日、ユウェルはウェディングドレスの最終チェックのために王宮を訪れていた。
本来なら王太子妃となった時点で住まいを王宮へと移すところだが、あまりにも急な婚姻であった為、国王の計らいで結婚式までは家族とともに過ごすことが許されたので、週に3日ほど通って式の打ち合わせやドレスの試着・調整を重ねてきた。だが、それも今日で終わるだろう。
王太子妃としての覚悟を決めたつもりでいて、それでも抗えない波にのまれてしまったような気持ちを捨てきれずにいたが、この数ヶ月間で少しずつ、王太子妃という肩書きに自分が進む新たな道としてのやりがいを見出すことができた。夢を追いかけていたあの頃と同じとまではいかずとも、ようやく前向きになれたことが、ユウェルは嬉しかった。
それもこれも、ずっと変わらずユウェルに寄り添い支えてくれる家族の存在と、王太子妃としての心構えや執務について厳しくも丁寧に指導してくれる王妃のおかげだ。
そして、もう一人・・・
「ユウェル!」
廊下の奥から名を呼び、エーデルがこちらに駆けくるのをユウェルは笑顔で迎えた。
「エーデル様、こんにちは。今日は私のドレスの最終確認だけだと聞いておりますが、どうしてこちらに?」
「あぁ、その最終確認の後、君を散歩とお茶に誘いたくてね。少し付き合ってもらえないか?今日は執務も落ち着いていてゆっくりできそうなんだ。」
「そういうことでしたら、喜んで。」
「良かった!じゃあまた後で。使いを寄越すよ。」
「わかりました。」
この数ヶ月でいちばんの変化といえば、やはりエーデルだろう。
婚姻式の翌日、エーデルはアムスブルク家を訪れ、改めてユウェルに謝罪をしてくれた。そして、これからは王太子としての責務をしっかりと果たしていくことと、ユウェルに信頼してもらえるよう最善を尽くすことを約束してくれたのだ。
それからのエーデルは自身の言葉通り精力的に執務をこなし、街の視察や孤児院の訪問なども積極的に行い、王宮内外の評価を上げていった。
そしてユウェルのことも、忙しい合間を縫って食事や観劇に誘ってくれ、自らプレゼントを持って迎えにもきてくれた。
エーデルはユウェルの話にはどんなことでも真剣に耳を傾けてくれるので、社交を苦手としていたユウェルも自然と口数が増え、ふたりで過ごす時間を重ねていくうちにすっかり打ち解けることができた。
エーデルもまた、いつからかユウェルとの時間を心から楽しんでいた。最初は義務感もあったが、王宮専属教師になるだけあってユウェルはとても博識で、会話に困ることがない。エーデルの視察の話にも興味を持ってくれ、自分では気付かなかったような角度からの質問が飛んでくるのもまたおもしろい。エーデルはどんどんユウェルに惹かれていった。
「エーデル様、お待たせしました。」
「いや、私もいま来たところだよ。さぁ座って、お茶にしよう。」
ユウェルが王宮に来る時には、なるべく時間を作ってこうしてお茶に誘ってくれるエーデルだが、いつもと様子が違って見えるのは気のせいだろうか。どこか落ち着きがないエーデルに、ユウェルは首を傾げた。
「エーデル様?どうかなさいましたか?」
「うん?何故だ?」
「いえ、なんとなくですが・・・」
「そうか、気取られてしまうとは私もまだまだだな。」
そう苦笑したエーデルは徐に席を立ち、ユウェルへと手を差し出した。
「君に見せたい物があるんだ。」
エーデルに手を引かれ、中庭の更に奥へとやってきたユウェルの目の前には、真新しい建物が立っていた。
「これは・・・?」
「うん、まぁ、まずは中も見て欲しい。」
四阿と言うにはあまりにも大きなその建物の内部はシンプルな造りになっており、白い壁とあちこちに飾られた花々が大きな窓から差し込む陽光を浴びて輝いていた。そして、等間隔に並べられた机と椅子、壁にかけられた大きな黒板。これはまるで・・・
「教室・・・?」
ユウェルが茫然を室内を見渡す様子を見ていたエーデルは、ユウェルの前に跪き、その手を取った。
「ユウェル、君が10年かけて叶えた夢を奪ってしまったこと、改めて謝罪させてほしい。本当にすまなかった。」
「そんな、そのことはもう良いのです。」
「君はそう言ってくれるが、私はどうしても、君に償いたかったんだ。王太子妃になった以上、王宮専属教師を続けさせてやることはできない。だが、サロンの一環として教室を開くことはできるんじゃないかと思って・・・もちろん、父上と母上には許可をいただいている。王太子妃としての執務があるからそう頻繁に開くことは難しいだろうが、月に1~2回程度なら問題ないんじゃないかと言ってくださった。」
「教室・・・私の・・・?」
「そうだ、君の教室だ。生徒として招くのは、侯爵家以上の令息と令嬢。伯爵家以下の者であっても、学園での成績が優秀なら参加しても良いということになっている。授業の後には、隣の部屋でお茶会をするのも良いだろう。」
ユウェルはエーデルの言葉を半ば信じられない気持ちで聞いていた。教師を辞めざるを得なかった私が、ここで授業を・・・?
「これで全てを水に流してほしいと言っているわけではない。だが、少しでも王太子妃になってくれたことに報いることができたら・・・私と共に歩む道に少しでも生きがいを見つけてもらえたらと思ったんだ。」
「エーデル様・・・。」
「私の自己満足に過ぎないとわかっている。だが、ユウェル、私は君を心から愛しているんだ。今はまだ信じてもらえないかもしれないが、君からの信頼と愛を得られるよう生涯努力し続けることを誓う。」
いつの間に用意したのだろうか、エーデルが手に持つ箱の中で小さな宝石が連なるブレスレットが輝いていた。
「指輪は、結婚指輪があるから、ブレスレットにしてみたんだ。私と君の瞳の色で作らせた。・・・受け取ってくれるか?」
よく見ると、エーデルの手は震えているようだった。こんなにも言葉を尽くしてくれて、行動でも示してくれて、喜ばずにいられようか。ユウェルもまた、今となってはエーデルのことを愛しているのだから。
「・・・はいっ!」
ユウェルの返事にホッとした様子でエーデル自らブレスレットをつけてくれたが、手が震えてなかなか上手く金具を止められないでいる姿に愛しさが湧き上がった。
「エーデル様、ありがとうございます。素敵な教室も、このブレスレットも大切にします。それから・・・私も、エーデル様をお慕いしております。どうか末長くよろしくお願いします。」
そう言って涙を流しながらはにかむように微笑むユウェルを見て、エーデルはたまらず抱き締めた。
「あぁ、ありがとう!ユウェル、愛している、きっと幸せにする!」
骨が軋み苦しいほどの抱擁だったが、ユウェルは心の底から幸せを感じて、そっとエーデルの背に腕を回した。
本来なら王太子妃となった時点で住まいを王宮へと移すところだが、あまりにも急な婚姻であった為、国王の計らいで結婚式までは家族とともに過ごすことが許されたので、週に3日ほど通って式の打ち合わせやドレスの試着・調整を重ねてきた。だが、それも今日で終わるだろう。
王太子妃としての覚悟を決めたつもりでいて、それでも抗えない波にのまれてしまったような気持ちを捨てきれずにいたが、この数ヶ月間で少しずつ、王太子妃という肩書きに自分が進む新たな道としてのやりがいを見出すことができた。夢を追いかけていたあの頃と同じとまではいかずとも、ようやく前向きになれたことが、ユウェルは嬉しかった。
それもこれも、ずっと変わらずユウェルに寄り添い支えてくれる家族の存在と、王太子妃としての心構えや執務について厳しくも丁寧に指導してくれる王妃のおかげだ。
そして、もう一人・・・
「ユウェル!」
廊下の奥から名を呼び、エーデルがこちらに駆けくるのをユウェルは笑顔で迎えた。
「エーデル様、こんにちは。今日は私のドレスの最終確認だけだと聞いておりますが、どうしてこちらに?」
「あぁ、その最終確認の後、君を散歩とお茶に誘いたくてね。少し付き合ってもらえないか?今日は執務も落ち着いていてゆっくりできそうなんだ。」
「そういうことでしたら、喜んで。」
「良かった!じゃあまた後で。使いを寄越すよ。」
「わかりました。」
この数ヶ月でいちばんの変化といえば、やはりエーデルだろう。
婚姻式の翌日、エーデルはアムスブルク家を訪れ、改めてユウェルに謝罪をしてくれた。そして、これからは王太子としての責務をしっかりと果たしていくことと、ユウェルに信頼してもらえるよう最善を尽くすことを約束してくれたのだ。
それからのエーデルは自身の言葉通り精力的に執務をこなし、街の視察や孤児院の訪問なども積極的に行い、王宮内外の評価を上げていった。
そしてユウェルのことも、忙しい合間を縫って食事や観劇に誘ってくれ、自らプレゼントを持って迎えにもきてくれた。
エーデルはユウェルの話にはどんなことでも真剣に耳を傾けてくれるので、社交を苦手としていたユウェルも自然と口数が増え、ふたりで過ごす時間を重ねていくうちにすっかり打ち解けることができた。
エーデルもまた、いつからかユウェルとの時間を心から楽しんでいた。最初は義務感もあったが、王宮専属教師になるだけあってユウェルはとても博識で、会話に困ることがない。エーデルの視察の話にも興味を持ってくれ、自分では気付かなかったような角度からの質問が飛んでくるのもまたおもしろい。エーデルはどんどんユウェルに惹かれていった。
「エーデル様、お待たせしました。」
「いや、私もいま来たところだよ。さぁ座って、お茶にしよう。」
ユウェルが王宮に来る時には、なるべく時間を作ってこうしてお茶に誘ってくれるエーデルだが、いつもと様子が違って見えるのは気のせいだろうか。どこか落ち着きがないエーデルに、ユウェルは首を傾げた。
「エーデル様?どうかなさいましたか?」
「うん?何故だ?」
「いえ、なんとなくですが・・・」
「そうか、気取られてしまうとは私もまだまだだな。」
そう苦笑したエーデルは徐に席を立ち、ユウェルへと手を差し出した。
「君に見せたい物があるんだ。」
エーデルに手を引かれ、中庭の更に奥へとやってきたユウェルの目の前には、真新しい建物が立っていた。
「これは・・・?」
「うん、まぁ、まずは中も見て欲しい。」
四阿と言うにはあまりにも大きなその建物の内部はシンプルな造りになっており、白い壁とあちこちに飾られた花々が大きな窓から差し込む陽光を浴びて輝いていた。そして、等間隔に並べられた机と椅子、壁にかけられた大きな黒板。これはまるで・・・
「教室・・・?」
ユウェルが茫然を室内を見渡す様子を見ていたエーデルは、ユウェルの前に跪き、その手を取った。
「ユウェル、君が10年かけて叶えた夢を奪ってしまったこと、改めて謝罪させてほしい。本当にすまなかった。」
「そんな、そのことはもう良いのです。」
「君はそう言ってくれるが、私はどうしても、君に償いたかったんだ。王太子妃になった以上、王宮専属教師を続けさせてやることはできない。だが、サロンの一環として教室を開くことはできるんじゃないかと思って・・・もちろん、父上と母上には許可をいただいている。王太子妃としての執務があるからそう頻繁に開くことは難しいだろうが、月に1~2回程度なら問題ないんじゃないかと言ってくださった。」
「教室・・・私の・・・?」
「そうだ、君の教室だ。生徒として招くのは、侯爵家以上の令息と令嬢。伯爵家以下の者であっても、学園での成績が優秀なら参加しても良いということになっている。授業の後には、隣の部屋でお茶会をするのも良いだろう。」
ユウェルはエーデルの言葉を半ば信じられない気持ちで聞いていた。教師を辞めざるを得なかった私が、ここで授業を・・・?
「これで全てを水に流してほしいと言っているわけではない。だが、少しでも王太子妃になってくれたことに報いることができたら・・・私と共に歩む道に少しでも生きがいを見つけてもらえたらと思ったんだ。」
「エーデル様・・・。」
「私の自己満足に過ぎないとわかっている。だが、ユウェル、私は君を心から愛しているんだ。今はまだ信じてもらえないかもしれないが、君からの信頼と愛を得られるよう生涯努力し続けることを誓う。」
いつの間に用意したのだろうか、エーデルが手に持つ箱の中で小さな宝石が連なるブレスレットが輝いていた。
「指輪は、結婚指輪があるから、ブレスレットにしてみたんだ。私と君の瞳の色で作らせた。・・・受け取ってくれるか?」
よく見ると、エーデルの手は震えているようだった。こんなにも言葉を尽くしてくれて、行動でも示してくれて、喜ばずにいられようか。ユウェルもまた、今となってはエーデルのことを愛しているのだから。
「・・・はいっ!」
ユウェルの返事にホッとした様子でエーデル自らブレスレットをつけてくれたが、手が震えてなかなか上手く金具を止められないでいる姿に愛しさが湧き上がった。
「エーデル様、ありがとうございます。素敵な教室も、このブレスレットも大切にします。それから・・・私も、エーデル様をお慕いしております。どうか末長くよろしくお願いします。」
そう言って涙を流しながらはにかむように微笑むユウェルを見て、エーデルはたまらず抱き締めた。
「あぁ、ありがとう!ユウェル、愛している、きっと幸せにする!」
骨が軋み苦しいほどの抱擁だったが、ユウェルは心の底から幸せを感じて、そっとエーデルの背に腕を回した。
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